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「不可思議な恰好をしている。この辺りの人間ではないな。農民の恰好と似てはいるが、随分上等な布だ」

「あ、ええと」


 甚平の袖を優しく掴まれた。なんとなく良い人そうに見える。勝手に触られても、嫌な感じはしない。これで盗賊だったら泣きながら淀川めがけて走る。


「この布はどこで誂えた? どうだ、私のと交換してくれないか?」

「ここ、交換? 私の服と、貴方の服を」

「そうだ。もっと別の物が欲しいか?」

「いえ! 交換させて頂きます!」


 全然、全くもっと理解出来ていないが、目の前の中年男性が服を交換してくれるらしい。珍しい物を集めるのが趣味なのか、金持ちの気まぐれか。彼は清仁が甚平を渡したら、甚平を着て帰るのだろうか。疑問が尽きないものの、今このピンチを救ってくれるのならばなんでもいい。


「ここで脱ぎますか」

「いやそれは」


 すぐさま却下された。当たり前だ。細道に入ったとしても、往来の目が完全に遮断されるわけではない。男性は持っていた扇子をちょいちょいと振った。近くにいた牛車が動き出し、二人の横で停まった。


――うわッ牛だ! すごい。本当にこの人お金持ちなんだ。


 招き入れられ、牛車の中で着替えさせてもらった。しかも、着方が分からずもたもたしていたら、男性の従者が着付けてくれた。何から何まで有難い。甚平を渡すと嬉しそうに着始めた。こちらは清仁が着方を説明する。にこにこするまま、着終えてそこに座る。やはり、甚平で帰るらしい。図太い。と思ったら、従者が別の着物を出していた。着替えがあるのなら安心だ。


「略装ですまぬ」

「いえ、こんな大層なお召し物を頂いてしまって、こちらこそ恐縮です」

「私の方こそ大層な物をもらったよ。おまけだ、これも持っていきなさい」

「え、は、はい。有難う御座います!」


 そう言って、男性は持っていた扇子と小さな巾着を渡してきた。両手で受け取る。中身を見られない。


「清麻呂様、そろそろお時間で御座います」

「そうか。では、楽しいひと時をありがとう」

「はい! 有難う御座います!」


 九十度に頭を下げ、牛車が見えなくなるまでお辞儀をする。急な幸運が降ってきた。いや、その前に起きた出来事を考えればまだマイナスもマイナスであるが、ひとまず通報案件を避けることが出来た。これは大きい。


「あとは、どうしてこの時代に来たのか分かれば」


 というより、今がどの時代かすら分からない。江戸時代よりは昔な気がする。うんうん唸って歩いていたら石に躓いた。寸でのところで地面と接吻を免れる。


「あぶね……ッこの石か。クソッ」


 石を蹴ろうとして、止めた。俯いてそれを観察する。薄っすら青白い、四角い石だった。なんとはなしに拾い上げる。懐へ仕舞い込んだ。


「そうだ。カバン」


 鞄を細道に置き忘れたままだった。戻ろうとしたところで、また服を掴まれた。先ほどとは違う、強い力だ。


「なんでしょうか」


 振り向いたことを後悔した。会社の一億円する機材を破壊してしまった社員みたいな顔をした男だった。逃げたい。


「助言を頼む!」


 逃げたい。

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