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 聞いたことがなかった。世界史専攻は伊達ではない。寺の名前なんぞ、授業で習った有名どころしか知らないのだ。


「法隆寺とか東大寺レベルじゃないと分からないな。あれ、これって両方奈良だっけ?」


 残念、ここは京都だ。せっかく昔に来たのだから、いつか奈良にも行ってみたい。


「おじゃましま~す……」


 勝手に入っていいものか、参拝料はいらないのか。受付らしいところが無くて不安になりつつ、清仁は声をかけて門をくぐった。


 神頼みをするなら神社だから、一般人が寺に来るのは珍しいのかもしれない。


「おお、立派」


 誰もいないから寂れたところかと思っていたら、随分と目を瞠るものがあった。


「結構、新しくないか? 建てたばっかりとか?」


 聞き覚えの無い寺だが、こんなに立派なものなら自分が知らないだけで有名なのかもしれない。パンフレットを開いてみる。


「えーと、乙訓乙訓……あった。へ~、聖徳太子が開いたんだ。すごいお寺だ。聖徳太子ってことは建立自体はかなり昔か」


 読み進めると、長岡京に移って大増築されたとあった。簡単な紹介なので詳しくは分からないが、ここまで有名どころが関係しているならば、令和でももっと持ち上げられたらいいのにと清仁は感じた。その次の文字を見るまでは。


「げ」


 顔を上げ、無言の競歩で寺を出る。背後に気配を感じないか研ぎ澄ませながら、出来る限り息をせず、足がもつれるまで歩き続けた。


「……ッぜはぁ! はぁ!」


 息を止めていたので、変な咳が出る。これは呪いでも何でもない。普段の運動不足と酸素不足が祟っただけだ。自分自身の所為だ。アラサーの所為だ。決してあの男が原因ではないのだ。


──早良親王ゆかりの寺だったなんて!


 彼にバレなくてよかった。あんな所にいたら、生気を吸い取られそうだ。


「普段はあそこに住んでるのかな。いや、住んでるとかないか。死んでるわけだから」


 ちなみに、あの寺が長岡京の京内七大寺筆頭とされているらしい。あな恐ろしや。


 呼吸を整えていたら、農民らしき人たちに不思議そうな瞳で見つめられてしまった。いちおう、向こうからは貴族の誰かしらだと思われているはず。清麻呂の縁者だとは知られていなくても、どこから何が漏れるか分からない。彼の名誉のために、清仁は背筋を伸ばし、上品に歩き出した。


「ふう、今日は散々な目に遭った。俺に平穏の地は無いのか……」


 気が付いたら碁盤の目を外れ、林が多いところまで歩いてきていた。都の中心を外れたら急に寂しい気分になる。


 都には住んでいない役人たちは、ここを毎日歩いて通勤しているのだろうか。電車もバスも無いここで。雨の日はどうしているのだろう。しかし、満員電車に揺られず、自由に歩いているのは、ある意味羨ましくもある。


「あれ」


 道の端に窪みがあり、そこをもぞもぞと動く塊があった。なんだろう。清仁が近づくと、黒い毛玉だった。動物が挟まって出られなくなったらしい。


「大丈夫?」


 怖くないよう、声をかけてからそっと抱き上げる。姿が全部見えると、それは黒い兎だった。お腹のところだけ白い、とても可愛らしい兎だ。

 いきなり体を持ち上げられても暴れることのない大人しい兎は、そっと下ろしてもその場を去らずにいた。


「もう嵌らないように気を付けてね」


 清仁がしゃがんで頭を優しく撫でると、ようやく兎は林の奥に消えていった。


「可愛いなぁ。ああいう野生動物いっぱいいるんだろうな」


 どうせなら飼ってみたいと思ったが、自分が居候の身だったことを思い出し、仕方なく元来た道を戻っていった。

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