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 狐を仕舞ってもらい、清麻呂にはTシャツを渡した。清仁は床に転がった。ようやく息が吐ける。その間もずっと清麻呂はTシャツを抱きしめ、時には頬ずりをしていた。堪らず、声をかける。


「着てみたらどうですか? 頬ずりはなんか絵面的に見ていたくないんで」

「着る!? 私ごときが!?」

「随分卑下したな」


 清麻呂に着方を教える。教えると言ってもただ被るだけなので、あまりの簡単さに清麻呂は瞠目した。


「なんとも、未来人は天才がおるのか。このような便利な服を発明するなんて」


 と言いつつもたもたしながらTシャツを着る。感動のし過ぎか、清麻呂がその場に崩れ落ちた。


「なッ……なんという着心地……皇族でもこんな物所持していない」

「そりゃそうでしょう」

「…………家宝にする」

「き、恐縮です」


 一枚あたり六百六十七円が家宝にされてしまった。新品なところがせめてもの救いだ。


「清仁! 散歩にでも行くか」

「その恰好で!? いやぁ、その、止めておいた方がいいと思います」

「何故だ?」

「う~~ん、好奇な目で見られる気がしないでもないかと」

「ないない五月蠅いぞ。でもそうだな。物珍しい物だ、強盗に遭うかもしれない。隠しておこう」


 そう言うと、ティッシュで出来ているのではないかと思う程慎重に脱ぎ、甚平を着て、その上に朝服、さらにその袖の中にTシャツを差し込んだ。


「情報量多い!」

「ちょっと着にくいが、いいな」

「着にくいんじゃん!」


 それでも貫くと言う。初めてのおもちゃを手にした幼児は想像以上に貪欲だった。


「甚平とやらなら、最新の下着だと言えば否定する者はいないだろうから、着て出てもいいかもしれない。実際昨日は牛車の中だったが家まで帰った」

「下着じゃダメじゃないですか」

「はッッ」


――そんな絶望顔されても。


 いくら和服に似た形でも、さすがに貴族で半ズボンは目立つだろう。農民などの庶民が住む地域なら溶け込めるかもしれないが。


「くぅッッ私が貴族なばかりに……ッ」

「落ち込むところそこですか」

「貴族が憎い」

「どうでもいいので早く出ていってください。清仁もついでに出ていけ」

「ぐぇッ」


 業を煮やした国守が二人を外へ蹴り出した。清麻呂の方が身分が上なのだが、あまりにも目についたらしい。国守は身分の割に誰も寄せ付けず暮らしているので、近くで騒がれるのに慣れていなくて癇に障ったのだろう。


 言い方は冷たいが、鞄を持たされなかったので、単なるツンデレと理解した。


 仕方ないので散歩する。清麻呂の希望通りとなった。嬉しそうに歩く横で、清仁も物珍し気に顔を動かした。無意識に手がポケットへと伸びる。取り出したものを見て、清麻呂が声を上げた。


「ややッこれまた奇妙な。未来の道具と見た。何の道具だ。鈍器か」

「怖。これはスマホと言って、え~、電話、遠い所にいる人と話が出来たり、文字が送れたり、写真が撮れます」


「魔術か!? まさか私の子孫ではなく国守の子孫であったか!」

「いや、未来はほぼ全員持っている発明品です」

「な、なるほど……?」


 顔中ハテナを貼り付かせた顔でとりあえず頷かれた。やはり全然分かっていなさそうだ。実際にやってみせた方が早い。相手やネットワークが必要なサービスは無理だが、写真なら写すことが出来る。


 パシャ。


「あはは。面白い」


 試しに清麻呂を撮ったら、シャッター音に驚いた清麻呂が動かなくなった。その顔がみるみる色を失くす。


「な、なな何をした! 敵襲か!」

「違いますって! ごめんなさい、説明しますから」


 とうとう泣き出したので素直に謝る。


「画面を見てください。ほら、清麻呂さんが写ってるでしょ。写真っていうのは、写したものを残しておける便利な発明なんです」

「えっこの気品溢れる美丈夫が私?」

「めちゃめちゃ余裕あるじゃん」


 元気そうなのでほっとした。写真は魂を抜かれると言い出したら、フォローするのに説明が面倒だと思っていたからだ。思った以上に写真が気に入ったらしく、ずっと自分の顔を食い入るように見つめている。


「他も撮ってみます?」

「私が撮りたい! お願いします!」

「いいですけど、絶対落とさないでくださいね」

「落としたらどうなるんだ?」


 精密機械を知らない清麻呂は三歳児のまなこで質問した。清仁は真顔で応えた。


「壊れます」

「え!」


 途端、スマートフォンを持つ清麻呂の手がガタガタ震え始めた。これでは本当に落としてしまう。慌ててその上からスマホを掴み、清麻呂の指をケースに付いているリングに通した。


「ここに指嵌めていれば落ちませんから」

「おお……なんとまた画期的な」

「単純ですけど、便利ですよね。未来はこんな発明品で溢れています」

「溢れて……ほぉ……」


 当たり前だが、清麻呂がどんなに望んでも、百五十年生きようが、清仁の生まれ育った世界を見ることは一生来ない。撮り方を知ってあちこちを写す清麻呂の背中に声をかける。

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