にじのコウタロウ
むかしむかし、『桜の地』の一つの村に大雨がふりました。
雨があがり、雲のすきまから太陽がかおを出し、間もなく虹がかかりました。
おじいさんとおばあさんは虹に見とれました。
「おお、虹じゃ!」
「うんうん、虹はいつ見てもきれいじゃのう。見ていてあきぬわい。」
「うむ。」
二人がかたっていると、虹の向こうから男の子の赤ん坊が七色にかがやく槍と共にまいおりてきました。
「おや、この子は……?」
「見知らぬ子じゃのう……。とりあえず、親が見つかるまでわしらで面倒見てやるかのう……。」
「それにはまず名前が必要じゃな。虹と共にやって来たんだから、『コウタロウ』で良いかの?」
「『コウタロウ』……、良き名じゃ。さあコウタロウ、しばらくはおじいさんとおばあさんがあんたのお世話してやるからの。安心せいよ。」
おばあさんがコウタロウをだっこするとコウタロウはよろこびました。
こうしてコウタロウはおじいさんおばあさんのもとでくらすことになりました。
コウタロウは物心ついた時から毎日槍のけいこにはげみ、齢十三にして村一番の槍の使い手となり、おじいさんおばあさんを看取ったころには齢十九に成長していました。
コウタロウがいつものように槍の鍛錬にはげんでいる中、真っ黒い身体に大きな真っ白模様の一頭の雄のバクがやってきました。
「おや……、この七色の槍は……?おお……、あなたが英雄さんですね……?」
「せっしゃが『英雄』……?『七色の槍』……?たしかに槍は七色に光るがそんな大したものでは……。」
バクの突然の言葉にコウタロウはとまどいました。
「……申し遅れました。ぼくは『青の世界』からきたバクです。」
「せっしゃはコウタロウと申す……。バクよ……、せっしゃにいかなるご用件か……?」
「青の世界の女神様が突然雷を浴びて破裂してしまったんです。彼女の心臓を水にもどしても元にもどらないんです。心臓が黒くなってるから虹の力で青い光を取り戻せば元にもどると聞いて虹の力を持つ英雄さんをあちこち探してきたんです。」
「この槍に……虹の力があるとおおせか……?」
「はい、七色の光は虹の光……。邪な力にあらがうには虹の力が必要なんです。」
「うむ……、どうやらせっしゃも旅立つ刻が来たようだな……。」
「ありがとうございます。さあ、ぼくの背中にお乗り下さい。」
バクの背中にまたがったコウタロウは青の世界へと旅立ちました。
青の世界はいつになくくもり空で太陽が見えません。
湖のほとりでは生き物たちが大きな黒い球をながめては落ち込んでいました。
「皆の者……、いかがなされた……?」
コウタロウは落ち込んでいる生き物たちにたずねました。
「お姉さんが雷にやられてから元にもどらないんだ~!ほら!」
生き物たちは大きな黒い球を指さしました。黒い球には雫の形をした紋章が彫られています。
「これが青の世界の女神の心臓か……。!……槍が光りだした……。……そうか……、そういう事か……。」
コウタロウは自分の槍がより強い光を放つ様にとまどいましたが、何かに気付きました。
「槍よ、女神の心臓をおおう邪の力を払いのけよ!」
コウタロウが唱えると槍はさらに強い光を放ち、黒い球を七色の光がおおいました。
そして、球は青い光を放ちました。
「この球を湖にお戻し下さい。」
「うむ……。」
バクに促されたコウタロウは青い光を放つ球を湖に戻しました。
すると、湖から身体が水で出来たきわめて美しい巨大な女神があらわれました。
「わ~い!お姉さんが元に戻った~!」
生き物たちはみんなよろこびました。
「はじめまして、わたくしは青の世界の女神にて『水の女王グウレイア』と申します。わたくしを邪の力から救って下さったのはあなたですね?」
グウレイアはコウタロウのたずさえている七色に光る槍から彼が自分を救ってくれたのかとたずねました。
「はい……。せっしゃはコウタロウ……、桜の地より参りました……。」
コウタロウもグウレイアに名乗りました。
「わたくしをお救いいただいたお礼として、あなたに『雫の紋章』をさずけます。お護りとして大事になさい。」
グウレイアは自分の左胸から青い雫の形をした紋章を取り出し、コウタロウに渡しました。
「感謝いたします……。」
コウタロウはグウレイアにお礼を述べました。
それからまもなく、南の方から鳥達がやって来ました。
いつになく、どこかあわただしい様子です。
「グウレイアお姉さん、『緑の世界』が大変なんだ~!」
「森に雷が落ちてきて燃えてるんだ~!」
「グウレイアお姉さんの水の力で火を消し止めてほしいんだ~!」
火災からのがれた鳥達は皆、水の力を持つグウレイアに助けを求めました。
「わかったわ……。緑の世界の危機は青の世界の危機。水と生命を司るわたしの出番ね。」
「グウレイアお姉さん、ありがとう!」
「ふふっ……。」
グウレイアは鳥達の申し出をこころよく受けました。
「グウレイア様、せっしゃも参ります……。」
「コウタロウ……、火に包まれた森は危険です……。あなたを危険な目に遭わせるわけにはいきません……。」
コウタロウはグウレイアに同行を申し出ましたが、グウレイアはこばみました。
「せっしゃも危険は承知しております……。せっしゃにも何か出来る事があるはずです……。どうかせっしゃもお連れ下さい!」
コウタロウはグウレイアに頭を下げて同行してもらうようたのみました。
「ぼくもお連れ下さい。」
バクがコウタロウに続きました。
「足手まといになるかもしれないけどぼくもお連れ下さい。」
一匹の雄のカエルも続きました。
「小さきカエルがそこまで申すなら大きい身体のわれも申し出ぬわけには参らぬな……。」
一頭の雄のニシキヘビも続きました。
「ふふっ……、わかりました……。あなた達もお連れしましょう。ただし、危険な場所には立ち入らないようにね。」
グウレイアはコウタロウたちの申し出を受け、危険な場所に立ち入らないようくぎをさし、コウタロウたちはうなずきました。
「では、緑の世界に行きましょう。」
「はっ!」
「はい!」
「うん。」
「うむ……。」
コウタロウ達は緑の世界に向かいました。
緑の世界では多くの火が森を焼きつくし、生き物たちは逃げまどっています。
「わたくしは、炎へ向かいます。あなた達は生き物たちの安全を確保なさい。」
「承知しましたが……、グウレイア様は炎に向かわれて大丈夫なのですか?」
コウタロウはグウレイアの指示は理解するも、彼女自ら危険な場所におもむく事が気になりました。
「ふふっ……、大丈夫です。わたくしの身体は水で出来ています。炎などおそれはしません。」
気がかりなコウタロウにグウレイアはほほえみ返しました。
「わかりました……。グウレイア様に『マチムラ』様の加護がありますように……。」
「あなた達にも水の加護を。……では……、参ります……。」
コウタロウはグウレイアに桜の地の守護神『マチムラ』の加護を願い、彼女の連れと共に生き物たちの安全の確保に向かう一方、グウレイアは炎に向かいました。
「森を侵せる焔どもよ、わたくしを焼きつくしてごらんなさい!わたくしならいくらでも焼きつくしてもかまいませんが、生命をおびやかす事はこの水の女王がゆるしません!」
グウレイアが森を焼く炎に言い放つと、炎はいっせいに彼女におそいかかり、グウレイアはみるみる炎に包まれました。
「グウレイア様……、いくら水で出来たあなたでもこればかりは……。」
「大丈夫だ……。われよりもはるかに強い女王だ……。見よ……、笑っておるではないか……。」
コウタロウは炎に包まれたグウレイアを案じるもニシキヘビはコウタロウに彼女の笑顔から大丈夫と語りました。
「……ああ……、そうだな……。」
コウタロウは生き物たちの安全の確保を続けました。
しばらくして、グウレイアを包み込んだ炎が弱まり、しまいには消えていきました。
グウレイアはやけどを負う事なく火を消し止めたのです。
そして、生き物たちは森の火が消えた事をよろこびました。
それから間もなく、羽衣をまとい、緑色の肌をした巨大な天女があらわれました。
「『水の女王』よ、わたくしの世界の森をお救いいただき感謝します。」
「『インドラ』、お礼ならわたしの連れにしてあげて。彼らのおかげで多くの生き物が助かったのだから。」
「ええ、わかりました。わたくしは『風の女王インドラ』です。わたくしの世界の生き物をお救い下さったあなた方にお礼として『四つ葉の紋章』を授けます。」
インドラは羽衣から緑色の四つ葉のクローバーの形をした紋章を四つ生み出し、コウタロウ、バク、カエル、ニシキヘビにそれぞれ渡しました。
「インドラ様、感謝いたします。ところでですが、グウレイア様には良いのですか?」
コウタロウはグウレイアの分が無い事が気になりました。
「わたくしならすでに持っております。」
グウレイアは自分の左胸の中から四つ葉の紋章を取り出してコウタロウに示し、コウタロウは納得しました。
「インドラお姉さん、ありがとうございます。」
「インドラお姉さん、ぼく、四つ葉の紋章を大事にします。」
「風の女王よ……、感謝いたす……。」
バクもカエルもニシキヘビもインドラに感謝しました。
「グウレイア様……、インドラ様……。せっしゃ……、一つ気になった事が……。」
「何ですか?」
「青の世界でグウレイア様が雷で破裂してしまった件といい……、この緑の世界で雷から森が燃えた件といい……、『雷』が原因なら……、やはりその雷を何とかせねばならないと思うんです……。」
コウタロウは雷をそのままにしておくとこれからも同じような災厄が起こるだろうと考え、雷を何とかしようと二体の女神に持ちかけました。
「……わかりました……。雷なら目星がついています。英雄方よ、わたくしと共に空に向かいましょう。」
インドラはコウタロウとバクとカエルとニシキヘビに空に向かうよう持ちかけました。
「わかりましたが……、グウレイア様は良いのですか?」
コウタロウはインドラがグウレイアを同行しない事が気になりました。
「わたくしの身体は水で出来ているので雷には弱いのです。そもそもわたくしには青の世界を守る役目があるので戻らねばなりません。」
グウレイアは自分には自分の役目がある事をコウタロウに伝えました。
「わかりました。それでは行って参ります。」
「グウレイアお姉さん、行って参ります。」
「グウレイアお姉さん、ぼく、みんなの足手まといにならないようがんばります。」
「水の女王よ……、われらは必ずや戻って参る……。」
「それでは、出発いたします。」
「あなた達に水の加護を。」
インドラはコウタロウ達を抱きかかえて上空へ飛びました。
上空では、一つの黒っぽい雲の上にとりでが建っていました。
雲の下はびりびりと雷をおびており、異様な雰囲気です。
「向こうのとりでが建っている黒い雲が『イカズチグモ』です。」
「そのとりでには誰がいすわっておいでなのでしょうか……?」
コウタロウはとりでにいる何とかすべき相手の事が気になりました。
「『雷の巨人』が住まうと聞きます。さあ、もうすぐ着きます。」
インドラのおかげでイカズチグモに着いたコウタロウ達はとりでに向かいました。
「わたくしはここで待っております。では、あなた達に風の加護を。」
「インドラ様、行って参ります。」
「インドラお姉さん、行って参ります。」
「インドラお姉さん……。ぼく……、こわいけど……、がんばります……。」
「風の女王よ……、われらは必ず戻って参る……。この雫と四つ葉の紋章にかけて……。」
コウタロウ達がとりでに入ると、多くの太鼓を肩にかけ、金棒をたずさえた一体の巨人の男性が立ちふさがりました。
「何だ何だみんなして!そろいもそろってこのイカズチグモを侵そうって腹か!」
「せっしゃ共にその気は毛頭ない……。ただ……、このイカズチグモから発せられる雷が地上を害しておるからその雷を何とかしたいだけだ……。」
コウタロウは巨人に槍を向けて雷を何とかしたいだけだとのべました。
「そのためにわがはいを下そうってのか!面白い!返り討ちにしてくれるわ!」
コウタロウは巨人と勝負する事になりました。
十数分後、音を上げたのはコウタロウの方でした。
(くっ……、まだまだ槍の鍛錬が足りなかったか……。)
「身の程知らずにも小さな身体でわがはいに勝負をいどんだのがうぬの命取りだな!せめてもの情けだ!楽にしてやろう!」
巨人は疲弊したコウタロウにとどめをさすべく、金棒を振り下ろそうとしましたが……
「!……なっ……、何だ……!何がどうなっておる!」
「コウタロウ兄さんをやらせはしない!」
何と巨人の顔にカエルがはりついていました。
巨人は周りが見えずうろたえる一方です。
「くっ……、こしゃくな……!ええい、こうなったら引きはがして……!なっ……!」
「……水の女王すら物ともせぬわれの巻き付き……、うぬはたえられるか……!?」
巨人は引きはがそうとしましたがニシキヘビが巨人に巻き付きました。
「ぐっ……!何だこのしめつけは……!」
ニシキヘビのしめつけに巨人はこたえました。
「だが……、しめつけもゆるみ始めたな……!わわっ!」
「ぼくだってみんなのためならたたかえるんだ!」
ニシキヘビの体力も巨人ほどではないためかしめつけがゆるみましたが、バクが巨人に突進して体当たりでたおしました。
たおれている巨人の首にコウタロウは槍を突き付けました。
「これで勝負あったな!」
「くっ……、わがはいの負けだ……!」
巨人は負けをみとめました。
「ならば今後一切……、雷を落とすのはおやめいただきたい!その雷で苦しむ者がおるのだ!」
コウタロウは巨人に地上に雷を落とすのをやめるよう言い放ちました。
「……うう……、わがはいどもとて地上の者を苦しめるつもりはさらさらないのだ……。わがはいどもは雨のたびに身体のびりびりが増幅されるのだ……。そのびりびりを放出しないとわがはい共は生きていけぬのだ……。」
「そのびりびりが……、雷となっているんだな……。そのびりびりを皆の迷惑にならぬ場所に落とせぬか!?」
巨人は自分の身体の事と雷に関する事情をコウタロウに話しましたが、コウタロウは迷惑のかからない場所に雷を落とせないかたずねました。
「……うっ……、わがはい共でもどこに落ちるかわからぬ……。どうかご堪忍を……。」
巨人は雷がどこに落ちるのか自分でもわからないと返し、ゆるしをこいました。
「どうしても落とすというならば……、せっしゃはおぬしを……、決してゆるしは……!」
「おやめなさい!」
コウタロウが巨人を裁こうとすると七色にかがやく甲冑に身を包み、七色の槍をたずさえた女性騎士が虹と共に現れました。
「……あなたは……マチムラ様……。」
コウタロウは女性騎士に見覚えがありました。
「このイカズチグモに住まう『ヨトゥール族』は雷をおびているがために人々に忌みきらわれこの天空の地におわれたのです。数少ないヨトゥール族をしいたげる事はわたくしがゆるしません。」
「しかしマチムラ様……。彼らヨトゥール族の雷は地上の者を害します……。」
「確かにヨトゥール族の雷は破壊をもたらします。同時に再生ももたらすのです。そう、焼け野原に草が生いしげるように……。」
「ならばマチムラ様は……、ヨトゥール族の破壊をゆるすとおおせですか……?」
「いいえ、破壊による害はわたくしとて見過ごせません。しかし、破壊の根絶も出来ません。ならば……。」
マチムラはヨトゥール族の方を向きました。
「ヨトゥール族よ、雷を落とすならば生き物がほとんどいない砂漠や岩山にされてはいかがですか?そこならば好きなだけ雷を落とせると思いますが。」
「承知した、『戦女王』よ。」
ヨトゥール族はマチムラの提案を受け入れました。
「では、これで交渉成立ですね。」
マチムラはコウタロウの方を向きました。
「うむ……。」
コウタロウはうなずきました。
こうしてコウタロウ達とヨトゥール族が和解する形でたたかいは終わり、コウタロウ達は地上に戻りました。
それ以来、青の世界や緑の世界に雷が落ちることはなくなりましたとさ。
めでたしめでたし。