大怪獣クラーケンは、転生した世界を胃袋から支配しようとしているようです。
――俺様は、深海の支配者。
水深六千メートル以上の海溝の奥の更に奥――超深層と呼ばれるフィールド全てが俺様の城。
光も無く、水温も低く、水圧はとてつもなく高い。そのような場所では、生きるものは少なく、その全ては俺様の下僕。
逆らうものはことごとく食らいつくし、敵対するものは完膚なきまでに絞め落とす。
暴力を育み、暴力を愛し、暴力を駆使して、暴力で治める。暴力こそが正義であり、暴力こそが全て。
七つの海に住まうものに恐れられ、忌み嫌われる俺様の名前は――。
大海の暴君、大怪獣クラーケン。
常闇の世界を悠々自適に泳ぎ回り、俺様の目の前を横切ろうとするものは、問答無用で締め上げる。
腹が減ったら触手を伸ばし、サメや鯨や人魚であっても満たされるまで喰い尽くす。
――俺様の野望は、生きとし生ける者の頂点に立つことだ。
七つの海は、すでに手中におさめた。次は、人間のはびこる地上を制圧する番だ。
そう考えた俺様は、人間の力を知るために何度か浮上し、航行する船を破壊した。
――つまらん。こんなものなのか……人間の力とは。
かなりの文明と、国をも滅ぼす兵器を持つと聞いていただけに、はっきり言って興ざめだ。まだ、シロナガスクジラを相手にしている方が、手応えがあるというものだ。
最初の浮上から三百年。地上の情報も、あらかた手に入れた。頃合い――と思った俺様は、いよいよ地上を制覇するべく、ゆっくりと浮上を開始しする。
超深層から海上までは、約一万メートル。水圧の関係上、時間を掛けて浮上しなければ、例え俺様とて目ン玉や内蔵が飛び出してしまう。
――慎重に……時間を掛け……
水深二千メートルまで浮上した時だった。水圧が緩み、内側からの膨張と頭痛に耐えていた俺様は、底引き漁の網に巻き込まれてしまったのだ。
この辺りは、タラバガニの生息地。人間にとっては宝の漁場。気分が悪かった――とはいえ、こんなところに迷い込んだのは一生の不覚。
網から逃れようとしても、一緒に巻き込まれた大量のタラバガニが身体に食い込んで、激痛が走る。胴体は割かれ、耳は削げ落ち、触手がブチブチとちぎれ始める。
何より、俺様を苦しめたものがある。それは、身動きの出来ない俺様を、高速で巻き上る漁網だ。
さっきも言ったが、海底からの浮上は慎重にやらなければならない。水圧に身体を慣れさせないと全身が膨張してしまう。
なのに、この漁網は一切速度を落とさない。一定のスピードを保ったまま、グングン――
グングン――と巻き上げられていく。
耳鳴りが酷く、視界はかすむ。全身に付いた傷口からは、体液が吹き出す。
――くっ……これまでか……
身体が膨張を始め、頭痛が酷くなっていく。意識がもうろうとするなか、走馬灯のように、俺様の生き様が脳裏に浮かび上がってくる。
暗闇の中で目覚め、殻を破って外に出た途端に、アンコウに食われそうになった。その後、あのピカピカに、何度騙されそうになったことか。
事なきを得て、始めて口のしたのがグソクムシ。そこそこイケたが、他の魚を食ってからは、手を出してない。
徐々に身体が大きくなり、俺様を食おうとしたアンコウを食らってやった時の高揚感は、未だに忘れられねぇ。
その後は、さらに獲物を食らい巨大化していった俺様は、いつしか七つの海を制することになる。
暴君――と呼ばれた俺様が、ちょっとして気の緩みでこのザマだ。いや、これも神の粛清か。
はっ! ザマァねぇな。願わくば、地上を制覇したかったが……無念だ
全身の膨張が、限界に達した。全ての感覚が無くなり、意識が薄れ、視界が真っ白になった――その時だった。
『…………生きなさい…………生きなさい』
どこからともなく声が聞こえた――次の瞬間、俺様の意識は弾け飛んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
春、三月、卒業や転勤。月末には、待ちに待った開花宣言――満開の桜。
花見シーズンの到来だ。
「親方ぁ! こっちの準備は出来ましたぜぇ」
「おう! ご苦労だったな、マサ」
「師匠! 仕込み、終わりやした」
「そうか! タカシも、ずいぶんと手際が良くなってきたじゃねぇか」
早朝の花見会場。方々に散って作業をしていた奴らが段取りを終え、俺のところに集まってくる。
俺の名前は”倉亜健。
祭り事での、屋台の元締めをやっている。今日は、県内最大の花見会場である、中央公園での営業だ。
「いいか! 今日は、週末で快晴。絶好の花見日和、書き入れ時だ! しっかり働きやがれっ!」
「「「おぉぉぉっ!!!」」」
「「「おぉぉぉっ!!!」」」
俺には、どうしても叶えたい野望がある。この世界で頂点に上り詰め、地上を支配することだ。
――前の世界でやれなかったことを、だ。
あの時、意識が吹っ飛んだ次の瞬間に目覚め、産声を上げる。成長する中で、徐々に昔の記憶を取り戻していった。
人として心身ともに成長する中で、俺は悟った。この世界を支配するには、まずは人間どもの胃袋を掴むことだ――と。
美味いものを食わせ腹を満たし、油断したところで一網打尽。誰にも気づかれること無く、世界を支配する。
――我ながら完璧な作戦だ。
前回は力任せに支配しようとして、暴力をふるうことなく失敗した。同じ轍は踏まない。この俺も、成長したというものだ。
花見会場のど真ん中にある、俺の屋台に入り焼き場に立つ。前の日に、仕込んでおいたイカを並べて火を点けた。
火加減を調節しながら焼き進め、頃合いを見極めタレに突っ込む。再び戻して火にかける。その工程を何度か繰り返し、ようやく俺の”イカ焼き”の完成だ。
「さすがは師匠っス! 俺もこんな世界一美味いイカ焼き職人になりてぇっス! どうやったらこんな美味いイカ焼きができるんっスか? 教えてくだせぇっ!」
「そんなに知りてぇのか? タカシ。極めるのは命がけだ。お前ぇに、そんな覚悟があんのか?」
「もちろんっスっ! 覚悟は出来てるっスっ!」
「そうか……だったら、教えてやるぜ。世界一のイカ焼きを作りてぇならば……」
「へ……へいっ!」
「世界一強い、イカになることだ。イカの気持ちが分からねぇヤツに、本物の”イカ焼き”は作れねぇよ」
俺様の名前は倉亜健。かつては、暴君と呼ばれた伝説の存在。いつかは、この世界を統べる者。
――だが……
今はもう、それも後進に譲ってもいいと思っている。齢六十も過ぎ、年に一度の健康診断の数値も悪い。
――よる年波には、やっぱり勝てねぇな。
「うぉぉぉっ! やるっスよ、俺っ! 絶対に、世界最強のイカになってやるっス!!!」
こんなバカを放っておくわけにもいかねぇし。それに、こいつの成長も見たくなっちまった。
さすがに、イカになることは無理だろう。だが、コイツなら大物になれるかもしれねぇ。
――こんなヤツに付き合ってやるのも……悪くねぇ。
「すみませぇん! イカ焼き、三本くださぁい」
「へい、らっしゃいっ! うちの師匠の焼いたイカは、世界一っスよぉ」
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