02話:そして俺は弁当を渡された。
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
翌朝。目を覚ました俺は飛び起きた。
時計を見るとすでに六時近くになっている。
「いかん、遅刻だ」
俺は寝巻き代わりの甚平をかなぐり捨ててすぐに制服に着替える。
そして竹刀袋と通学バッグを手にすると階段を駆け下りた。
「おはようございます」
するとシゲさんはすでに起きていて朝食の用意をしてくれていた。
「ごめんなさい。シゲさん。
俺、朝練があるんで食べられません。寝坊したんですっ」
それだけ言うと俺は玄関に向かい通学用の革靴に足を入れる。
「なんども起こしたんですけど……」
シゲさんが見送りに来てくれていた。
「すみません。
俺、寝起き悪いんで目覚まし三個かけないと起きられないんです」
そう。
俺は昨夜眠かったので、どうやら時計のセットを忘れたみたいなのだ。
「行ってきますっ!」
俺はそう言い残すとダッシュした。
駅まで走れば十分で着ける。
そして計算通りの時間に着いた。
俺は改札を通ってプラットホームに滑り込んできた各駅停車の電車に乗ることができた。
「ま、間に合った」
乗った電車は毎朝乗っているものだ。
とりあえず部活に遅刻することだけはまぬがれたらしい。
そしてようやく息が整った頃だった。
「あ、やべえ……」
俺は朝食だけでなく弁当も忘れたことに気がついた。
朝飯は抜きにしても激しい稽古をして授業を受けた昼飯までなしというのはさすがにきつい。
「……購買部で弁当を買うか」
学校に着いた。私立文武学園中等部と言うのが正式な名称だ。
歴史は古く開校は百年以上昔だ。
そしてその名が示すとおり学業だけでなく体育も重視している。
本当なら俺もここの高等部に進学できればいいのだが、苦手科目があるので担任には厳しいと言われている。 で、不得手なのは英語だ。
「副将、おはようございます」
俺が部室に入るとすでに一年生や二年生の全員が顔をそろえて挨拶してくれた。
「おはよう。……ん? 主将は?」
俺は辺りを見回す。
いつもなら主将は俺よりも先に来ているからだ。
「まあ、いないのなら仕方ない。いつも通り始めるか」
俺が宣言すると一同は、はいと返事をする。
そして道着に着替えて防具を持ち、部室から道場へ向かおうとしたときだった。
――ルルルルル。
スマホの着信音がした。
俺は自分のバッグに手を入れた。着信音からして自分のだと思ったからだ。そしてそれは正解だった。
『剣崎か?』
主将だった。
名前は権藤太一と言って俺の親友でもありクラスメートでもあるやつだ。
剣道の腕前はなかなかで俺と実力はほぼ互角と言っても良いが、対戦成績は俺の方が上だった。
なのに権藤が主将を務めているのは理由がある。
それは俺よりも人望があり、みんなをまとめるのが得意だからだ。
主将をやるにはどうしても他の部活の部長たちと会合を行ったりする必要がある。
女子が苦手な俺にはそれは不向きだが、陽気で人当たりの良い権藤は女子だけでなく教師たちにも評判が良い。
「ああ。どうしたんだ? 元気がないな。もしかして風邪でも引いたか?」
俺は思わず尋ねた。
いつも快活な権藤には似合わない張りがない声だったからだ。
『風邪じゃないんだが……。
ちょっと部活する気分になれないんだ』
「そうか。
……じゃあ朝練は休むんだな?」
『そうさせてもらう。すまないが頼む』
「わかった。
……ちなみに学校も休むのか?」
すると権藤はしばらく黙った。
俺は仕方なく返事を待つ。
『……いや、学校は行くよ』
「わかった」
そこで電話は切れた。
俺はすでに誰もいなくなった部室でしばらく思案にふけった。
……考えてみれば権藤が部活を休むのは珍しい。
確か忌引きで休んだことがあるくらいしか記憶にない。
もちろん学校も休んだことはない。
……しかも風邪ではないらしいとすると、なにが原因で元気がないのか検討もつかない。
……ま、学校には来るって言ってたしな。
俺は気を取り直して道場へ向かった。
道場ではすでに俺と同輩の三年生の指揮の下に準備運動も兼ねた素振りが行われていた。
「すまん」
俺は朝練の列に加わった。
そのときの俺は朝飯抜きなことはすっかり忘れていて、権藤のことを気にしながら竹刀を振っていたのであった。
やがて稽古は終わった。
そして部員一同制服に着替えて、校舎へと向かったのだった。
「……腹減ったな」
稽古の最中はまったく意識していなかったが、こうして解放されると途端にひもじくなる。
だが買い食いしようにも購買部はまだ開いていない。
俺は仕方なしに教室へ向かった。
「……よお」
席に着くと権藤が声をかけてきた。
やはり元気がない。
「お前、やっぱり風邪じゃないのか?
なんだか顔色が悪いぞ」
「……風邪じゃない。実は一睡もしてないんだ」
「どうして?」
俺は尋ねた。
だがそのときチャイムが鳴り、担任の須藤先生が入って来た。
須藤先生は花の独身三十才。
社会科の教師で野球部の顧問をしている。
体格がいいのでよく外部の人には体育科の教員と間違われるナイスガイだ。
そしてホームルームは間もなく終わった。
一時間目までたいした時間はないが、俺は権藤に話しかける。
「どうして徹夜なんかしたんだ?」
すると権藤は頭がふらふらするのかしきりに目をこすったまま答える。
「……言って置くがゲームじゃないぞ。……ましてや勉強のためでもない」
権藤はゲーム好きで寝不足にすることが多い。
そして勉強もそれなりにがんばっているので夜遅くまで起きていることもある。
だが違うと言う。
「ああ。じゃあいったいなにが原因なんだ?」
「ちょっと言いづらい。
二時間目が終わった時にして欲しい」
そう言うのだ。
確かに二時間目が終了したときの休み時間は他の休み時間よりも長い。
ちょっとした話なら十分にできる時間はある。
「ああ、わかった」
俺はそう答えた。
だが本心は興味津々で一時間目の数学も二時間目の国語もあまり身に入らなかった。
やがて来た休み時間。
すると権藤は俺を屋上へと連れて行った。
空は青く気持ちの良い五月晴れだ。
「……実はお前にも内緒にしてきたことがあるんだ」
外柵に背を持たれながら権藤は言った。
「内緒?」
俺は驚きの声を出した。
「ああ。……お前はきっと笑い飛ばすだろうしな」
「笑う? 真面目な話なら笑わないぜ」
俺はなんのことかわからなかった。
権藤と俺は肝胆相照らす仲だ。たいがいのことは知っているつもりだ。
だが、そんな俺にも内緒にしている話があるとは思わなかった。
「好きな女ができた。……それで振られた」
「はいっ?」
俺は驚嘆の声を出してしまった。
頭をハンマーでがつんとやられたくらいの衝撃があったのだ。
「……権藤。お前……いつから? 誰? ……どうして?」
なにから訊いたらいいのかわからず、俺はしどろもどろの変な問いかけをしてしまう。
「好きになったのはちょっと前だな。
前からいいなとは思っていたけどさ……」
風が吹いた。
俺たちの間を五月の爽やかな空気が流れる。
だが俺にはその心地よさを感じる気持ちの余裕がない。
「……で、誰なんだ?」
「……ああ。同じクラスの、い……」
権藤は口を開きかけた。
だがそこで再び黙りこくってしまう。
「……や、やっぱいい。恥ずかしくなってきた」
そう言うのだ。
「おいおい、それはないだろう?」
「いや、いいんだ。また今度にしよう」
そう答えた権藤は俺を置いて、さっさと校舎の中へと向かってしまう。
俺は仕方なく後を追う。
だが会話はまったくなく教室へと戻ってしまった。
そこでチャイムが鳴り休み時間は終了してしまう。
「……いったい誰なんだろう?」
俺は始まった三時間目の理科の授業を受けながらも、教室の中を見回す。
元々同じクラスというヒントだけなので該当者は十五人はいるのだからわかるはずもない。
そのときだった。
「……じゃあ、この答えは、そうだな剣崎。お前だ」
いきなり教師に指命されてしまったのだ。
辺りをキョロキョロしていたので目立ってしまったらしい。
……まずい。
俺は必死に黒板や教科書に目を配る。
だが話をまったく聞いていなかったので答えられる訳がない。
「すみません。わかりません」
俺は素直に謝った。
「ちゃんと授業に集中しろ。今日の授業はテストにも出るからな。
……じゃあ、五祝、お前はどうだ?」
五祝成子が指された。
「はい」
五祝成子が艶のある黒い長髪を揺らして立ち上がる。
途端に教室の中の空気がぴりりと引きしまる。
彼女は独特のオーラをまとっていて、圧倒的に存在感があるのだ。
そしてその五祝成子だが、ちゃんと教師の話を聞いていたみたいでしっかりと化学式を回答する。
俺は五祝成子を見てシゲさんがかわいい女の子と言っていたのを思いだした。
確かに見た目は美少女に間違いない。
おそらく学年でも一、二を争うくらいだろう。
あくまでも見た目だが……。
そしてその後はなにごともなく理科の時間が終わり、四時間目も終了した。
その間の休み時間も俺は権藤と会話をしたが、権藤の恋愛話は話してもらえずじまいだった。
そして教室の中が騒がしくなった。
昼休みになったのだ。
そこで仲が良い同士が机を移動させてめいめい席に着き始めたのだ。
「さあ、飯にするか」
権藤が俺に話しかけてきた。
「すまない。
俺、購買部にひとっ走りしてくる」
「ん? 弁当、どうしたんだ?」
「忘れた。家政婦さんが作ってくれたんだけど、今朝、寝坊したからな。
慌てていたんで持ってくるのを忘れてしまったんだ」
俺はバッグから財布を取り出した。
そしてそのときだった。
「――ちょっと剣崎くん」
俺は声の方角へと振り返る。
女子の声だった。
走り出そうとしていたところを急停止したから妙な格好になっていたはずだ。
「……っ……」
俺は瞬間に固まった。
そこに立っていたのは、誰あろう、五祝成子だったのだ。
「な、なんでしょうか?」
俺が返答すると、五祝成子はつかつかと歩み寄ってきた。
辺りはいつのまにかしーんとしていた。
ただ事ではないとみんな判断したのだろう。
俺はいくつもの視線が自分に向けられているのを感じていた。
……な、なんだ?
俺がいったいなにかしたのか?
あ、あれか? 理科の授業中にキョロキョロしていて先生の質問に答えられなかったことへの注文か?
俺は額に汗が浮かぶのを感じた。
開いていた窓から五月の風が吹き抜けた。
その風が五祝成子の長い髪をしなやかに揺らす。
「どこに行くの?」
言葉はやさしいが声色は冷たい。
「い、いや。べ、弁当忘れたから買おうと思って……」
しどろもどろに俺は返答する。
そしてそのときだった。
「はい、これ」
五祝成子が手にしていたものを目の高さまで掲げる。
するとそれはチェック柄のナフキンで包まれた弁当箱だった。
「はいっ……?」
俺は妙なトーンの声を出したいたと思う。
そしてそのときウオーっというどよめきが起こったのだ。
「な、なんで、……お、俺に?」
俺はカチンコチンになりながら五祝成子が手渡す弁当箱を受け取った。
「こ、これを俺に? ……手作りの弁当?」
俺がそれを口にしたときだった。
「か、勘違いしないでよねっ!
……別にあんたのために作った訳じゃないんだからねっ!」
きつーい言葉が返ってきた。
すげー、ツンデレっ! いや、デレはないからツンだけか。
「シゲさんって人に頼まれたのよっ! あんた弁当忘れたんでしょっ!」
「あ、ああ。そう言えばそうです」
俺はうなだれるように頷いた。
すると一同からため息とも侮蔑ともとれる息づかいが漏れた。
「シゲさんが持ってきてくれたのか?」
「そうよ。学校の前で頼まれたのよっ」
そう答えた五祝成子はプイとそっぽを向くとつかつかと歩き去った。
俺にはそれがまるで嵐が去ったような感覚に思えた。
「べ、弁当、食おうか」
俺は権藤に話しかけた。
すると権藤は呆然と立ち尽くしている。
「ん、どうしたんだ?」
「……良い」
「へ?」
俺は立ち尽くしている権藤の目の前を手のひらでひらひらしてみた。
だけど反応がない。
「……権藤。弁当、食おうや」
俺は権藤を押さえつけるように座らせた。
「……ひょっとして、ヤツなのか?」
すると権藤は我に返ったようで、ひとつ頷いた。
「ああ」
権藤は振り返りため息をつく。
ちなみにヤツとは無論、五祝成子のことだ。
「……きれいだよな?」
「そうだな」
「あんな人といっしょに暮らせたら幸せだろうな」
「そうかな?」
俺は淡々と答えているが、実は心は会話にはない。
なんせ朝食が抜きだったのだ。一刻も早く食べ物にありつきたいと思っても罪にはなるまい。
「お。さすがシゲさん」
俺はフタを開けて思わず唸った。
いちばんのおかずは昨夜のハンバーグだが、それ以外にも黄金に輝く卵焼きとコロッケが入っていた。
俺はコロッケから順に食べることにした。
「うまいっ」
感嘆の声が出た。
てっきり冷凍食品かと思ったら手作りだ。
味はプレーンのジャガイモだけなのだが、イモの食感がたまらない。
「……なあ、そのシゲさんて誰だ?」
俺が弁当をぱくついていると権藤が話しかけてきた。
「家政婦さんだ。
昨日からウチに住み込みで仕事してくれている」
「美人なのか?」
俺は箸を止めた。
「おばさんだよ。疲れた感じのおばさん。……でも料理は上手いな」
「へえ。
まあ、それじゃときめきはないだろうが、それはそれでなによりだな」
「ああ。
……それよりもお前よく平気だな」
俺が尋ねると権藤は目をぱちくりさせた。
「なんのことだ?」
「五祝さんだよ。
よくまあ振られたのに熱い視線で見ていられるなって感心してたところだ」
これは俺の本心だ。
俺は恋愛をしたことがないからあくまで想像だが、振られた相手が同じクラスにいて、そんな場所で毎日を過ごすなんて地獄に思えたからだ。
「……平気って訳じゃないぜ。
だから一睡もできなくて部活も休んだんだからな」
「そうか」
「でも、俺は俄然燃えたね。
いや萌えたね。またチャレンジする気になったぜ」
すげー根性だと思った。
相手は男子なんかまったく眼中にないって感じの五祝成子様だ。
同性の女子だって気安く声をかけるやつを見たことがない孤高の存在だからだ。
「五祝さんは、まあ俺に言わせれば妖術使いだな」
「妖術使い?」
俺は思わず聞き返した。
権藤がなにを言いたいのかわからなかったからだ。
「ああ、だって俺がメールを送ろうとしたら先に返事が来たんだぜ」
「ああ、そうか。……って、なんだそれっ?」
さらりと聞き流すつもりだった俺はいきなり冷や水をぶっかけられたかのように反応してしまった。
「そ、それってどういう意味だ?」
俺は問い返す。
「言葉の通りだ。
俺が昨日の夜、さんざん迷ってメールを送ろうとしたら先に五祝さんの方から返事が来たんだ」
「意味わからん。
って言うか、そもそもお前はどうやって五祝さんのメールアドレスを知ったんだ?」
俺は権藤を問い詰める。
するとそれまでの経緯がだんだんわかってきた。
俺はもちろん権藤もメールアドレスは知っている。もちろんソーシャル・ネットワークもだ。
互いに親しいのだから当然教え合っているので知っている訳だ。
ところが権藤は五祝成子の連絡先を知らない。
そこで権藤は一芝居打った訳だ。
権藤は剣道部の主将なので当然生徒会にも顔が利く。
そこで書記を務めている他クラスのやつからある名簿を手に入れたらしいのだ。
その名簿は部活の部長や生徒会、そして各委員の個人情報が列記してあった。
そしてそこに載っているこのクラスの図書委員を務めている五祝成子のアドレスや電話番号なんかを不正入手した訳だ。
だがそこまではわかる。
やり方は不純だが手順としては正攻法だからだ。
しかしである……。
「でもなんで、お前が告白メールを送ろうとしたことがわかったんだ?」
「……それが謎だ。
だから妖術使いだと言っている」
それは予知能力とか魔法とかそっち方面の力であって、妖術と言うのは正しいのか俺にはわからない。
だが五祝成子は権藤の行動を先に察知して事前に手を打ったのだけは確からしいのである。
「謎はそれだけじゃないぜ。
……なんで五祝さんが俺のメールアドレスを知ってるんだ?」
「あ、そうか? そう言えばそうだな」
俺も言われて不思議に思った。
個人のメールアドレスはクラス名簿にも載ってない。
だから例え権藤が告白のメールをこれから送るのをなんらかの方法で知っていたとしても、権藤にメールを送るのは不可能だからだ。
「うーん……」
もはや俺は権藤の失恋よりもメールの謎の方に興味がそそられていた。
腕組みして考え込むが検討がまったくつかない。
「……だから妖術使いか」
「ああ。……ちなみに俺が送ろうとしたメールはこれだ」
権藤はスマホを操作すると下書き文書を見せてくれた。
俺はどれどれと画面を覗き込む。
「麗しの姫君。ぜひぜひお近づきになりたい。あなたのしもべより」
俺は小声で読み上げた。
権藤はどうだとばかりに俺の顔を見つめている。
「……俺はよく知らんのだが、これはシェークスピアかなにかの文章の引用か?」
「そうか、俺はそんなに文才があったのか」
権藤は得意気な顔を見せた。
俺はなんて答えたらいいのかわからなくなり、ううん、と咳払いをひとつする。
「まあ、いい。……で、どんな内容のメールが届いたんだ?」
「五祝さんからか?」
「もちろん」
すると権藤は少しためらった。
やはり傷心のメールだけに見せたくないのだろう。だが、やがて観念したように画面を俺に見せた。
「……あなたの私に対する気持ちはわかります。うれしいけどお断りさせてください」
簡単な一行だった。
明らかに告白を断る内容だ。
だがこれが権藤が送ったメールに対する返信なら、権藤の気持ちに対しては別としても意味はわかる。
「だけどこのメールは事前に届いたんだよな?」
「ああ。俺が送ろうとした矢先だったよ」
謎だった。
俺は弁当のご飯を箸で口に運びながら考える。
「俺以外に誰か知ってるのか?」
「メールのことか?」
「メールのこともだが、お前の五祝さんに対する気持ちもだ」
すると権藤は強く首を振る。
「いや、剣崎以外には誰も知らせてない。
だから妖術使いだって思ったんだ」
「なるほどな」
その後俺たちは昼休みが続く限りこの謎を解こうと試みた。
だが納得がいく答えは見つからない。
「いっそ本人に訊いてみたらどうなんだ?」
俺は権藤に言ってみる。
「ダメだ。
麗しの姫君にそんなことを尋ねられるくらいなら直接コクってるさ」
「だよな」
すると権藤はいきなり俺の手を握った。
「な、なんなんだ?」
俺はなんだか嫌な予感がした。
男に手を握られるなんて気持ちのいいもんじゃない。
「剣崎、お前が訊いてみてくれよ。
さっき会話したから大丈夫だろ?」
冗談じゃない。さっきのは会話と言えるもんじゃない。
「断固、断る。俺は女嫌いなんだ」
俺が女嫌いなのはクラスでは有名だ。
用件がない限り女子と言葉を交わしたことはないのだ。
そのときだった。
チャイムが鳴り昼休み終了の時刻が来たのだ。
俺は他のクラスメートたち同様に位置をずらした机を元に戻し、自分の席に着く。
そして事件は再び起こるのである。
「――お弁当、どうだった?」
上から声がした。
見上げるとそこにはなんと五祝成子が立っていた。
彼女は自分の席に戻ろうとして俺の横を通過したようだ。
「へ? ……まあ、うまかったけど」
俺は再び冷や汗をかいている。
俺は注目を浴びているのだ。周りの視線が痛い。
「それってどういう意味?
ちゃんと百点満点中何点かはっきりしてよね。せっかく私が届けたお弁当なんだからねっ」
俺は居住まいを正す。
なんて答えればいいのかすぐに頭に浮かばなかったし、だいいちあれはシゲさんが作ったのだ。
だから、この女があれこれ言う道理がわからない。
「……ええと、七十五点くらいかな?」
俺は適当に答える。
あんまり高すぎてもダメで低すぎてもまずい気がなんとなくしたからだ。
すると俺の回りからホオッと感嘆の声がもれる。
俺は自分に対する視線を否が応でも意識せざるを得ないようだ。
「……七十五点。
それって一応は合格点よね? シゲさんって人にまた会ったら伝えておくわ」
五祝成子が斜め上に視線をそらして答える。
そして今度は俺に向き直ると、細い顎にこれまた細い人差し指を沿えて口を開く。
「七十点はわかる。
そして八十点もね。……でも五点はなんなのかしら?」
「へ?」
「五点の意味よ。なんだか気になるじゃない?」
「あ、ああ」
俺は辛さを感じ始めていた。
これじゃまるで詰問だ。
「……ええと、コロッケの具がジャガイモだけってところかな? 例えばひき肉とか……」
「それとタマネギとかも入っていたらいいのかしら?」
「あ、ああ」
なんだかめんどくさくなってきた。
こんなことになるならいっそ百点と答えた方が良いのかも知れなかった。
……いや、たぶん満点なら満点でも突っ込まれそうな気もする。
「べ、別にいいだろ。お前が作ったんじゃないんだし……」
発言した瞬間、自分でもやばいと思った。
だけどつい口から出てしまったのだ。
すると案の定、五祝成子は目を細めた。
そしてぐいと俺に指を突きつけたのだ。
俺はなにかで刺される気がしたので思わず身を引いてしまう。
「作った人の苦労を考えてみなさいよっ。
あんたはただ食べただけでしょ。なによ偉そうにっ!」
空気が凍り付いたような気がした。
キンとした冷気が俺を包んでいる。周りからは息をのむ音が聞こえる。
「……す、すみませんでした」
自分でも訳がわからなかった。
なぜ俺は目の前の他人に謝らなくちゃならないのだ。
だけどこうでもしなきゃ許されない、つまり解放される気がしなかったのだ。
すると五祝成子は俺の誠意が、通じたみたいで、フンっと鼻を鳴らしてくるりと方向を変えた。
俺は安堵のため息をつく。
「はあ……」
するとそばから同じくため息が聞こえた。
見ると権藤だった。
こいつの場合は憧れのため息というべきか。
それからの教室の一日は特筆すべきことは起こらなかった。
俺も腹が満たされたし、権藤も失恋の苦しみなどないようで陽気に振る舞っていた。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「墓場でdabada」連載中
「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み
「空から来たりて杖を振る」完結済み
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
もよろしくお願いいたします。




