18話:そしてミスコンテストが開幕する。
【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】
それからのことである。
俺は教室に到着し、恒例となっている五祝成子と二回目の朝の挨拶をした。
「おはよう」
「おはよ。……なんだか浮かない顔ね?」
五祝成子が尋ねてくる。
「ああ。部活がダレてな。収集が着かなくなった」
「なにそれ?」
「上の空なんだよ。
みんなミスコンが気になっているようでさ。ちゃんと稽古できたのは東雲くらいなもんだな」
「ふーん。あの子、マイペースだもんね」
「かもな」
そんな会話をしていると授業が始まった。
ただこちらも上の空の雰囲気で、生徒たちばかりか先生たちまで、
午後のミスコンが気になっているのが見え見えだった。
そして迎えた昼休み。
俺は今日も屋上に上がった。そこにはすでに五祝成子がいた。
「全然授業にならなかったわね?」
「ああ。部活といっしょだ。……みんなそんなにミスコンが気になるのか?」
「知らないわよ」
五祝成子が俺と同じメニューのスパゲティの弁当を食べながら言う。
「……お前もマイペースだな。全然緊張とかしてないのか?」
「私? 全然」
「よっぽど心臓に毛が生えているみたいだな」
「違うわよ。私は自分が選ばれるなんて全然思ってないから……」
「そうか」
俺は今朝、東雲から聞いた言葉を思い出す。
五祝成子と東雲明香里。この二人は性格が正反対だが、共通しているところもある。
それは謙虚さかも知れない。
二人とも絶対的に美少女なのだが、二人ともそれを鼻にかけることがまったくない。
つまり、その自覚がまったくないのだ。
「なに笑ってるの?」
「あ、いや、なんでもない」
どうやら俺は笑っていたようだった。
それからも俺たちは弁当を食べ続けたが、俺が誰に投票するのかの話は出なかった。
それは俺も意図的に避けていたからもあるが、
ひょっとしたら五祝成子も同じ考えだったのかも知れない。
そして昼休みは終わった。
教室に戻った俺たちは、ただ席に着いていた。
どういう方法でミスコンが開催されるのかを知らされていないからだ。
喧噪の場と化した教室だったが、やがてそこに校内放送が入った。
「ただ今よりミスコンテストを開催します。全校生徒は体育館に集まってください」
こんなアナウンスが流れ、俺たちはぞろぞろと教室を出たのであった。
それから俺たち全校生徒が体育館に入ったときだった。
「うわっ! なんだこれ」
俺は絶句した。
体育館の中は薄暗かった。カーテンがすべて閉められていていたのだ。
そして壇上にLEDでチカチカするライトが点滅して、
前の文化祭で使用していた電光掲示板には、
ミスコン開催の文字がでかでかと表示されていたのだ。
「偉い気合い入ってんな連中」
権藤が腕組みしながら嬉しそうに言う。
「連中?」
俺が聞き返すと権藤が頷く。
「ああ、生徒会のやつらだ。それに教師も多数、有志として参加していると聞いたぞ」
「……ったく」
俺はやれやれと思いため息をついた。
なにか学園としてのパワーの方向性に疑問を感じたのだ。
「ま、そう難しい顔しなさんな。今日は大イベントなんだから楽しめよ」
権藤はお気楽なもんだった。
そして俺たちはクラス順に席に着いたのだが、体育館は割れんばかりの喧噪だった。
誰もが初めてのイベントに夢中になっているようだ。
そんな中、俺は五祝成子を見た。
ヤツはまるで自分がエントリーされていないかのような退屈そうな態度だった。
そして東雲明香里を見る。
すると東雲はクラスの女子連中に囲まれてあれこれ質問されているようだった。
「……えっ? 私、知らないですよっ」
なにを聞かれたのかわからないが、あわてて返答する東雲が見えた。
そのときだった。
「はいっ、みなさん。お待たせしました」
いきなりスポットライトが照らされたかと思うと壇上に生徒会長の姿があった。
そしてヤツはミスコンの開催と、その概要を長々と演説し始めたのだ。
会場はブーイングの嵐だった。
だが会長はそんなことを気にもせず自分の役割を終えた。
「……そしてエントリーされた美少女は二十人ですっ。
各学年、そして教職員も含まれています」
オオッとどよめきが起きた。
そして会長は次々と名前を発表していく。そのほとんどが俺は知らないヤツだった。
「五祝成子さん」
五祝成子の名前が発表された。だが会長は成子をなること呼んだ。
当たり前だ。ヤツの本名を知っているのはたぶん俺くらいだからだ。
そしてそのとき一部の男子から絶叫とも言える歓声が上がった。
な、なんだ?
と思ったのだが以前に権藤が言っていた五祝成子には熱心な信者がいると言っていたことが、
本当だったんだと言うことがわかった。
そして見るともなしに五祝成子を見る。
だが、ヤツはやっぱり無関心風に見えた。
もしかしたら本当に興味が無いのかも知れないんじゃないかと思うくらいだ。
「東雲明香里さん」
次に東雲が呼ばれた。
すると体育館全体が揺れるような激しい歓声が上がる。
ヤツは転校して間もないが、
すでにスポーツを総なめした天才少女としての知名度が抜群なのがわかる。
そして俺は東雲を見る。
するとヤツは恥ずかしいのか真っ赤になって俯いているのが見えた。
そして、そのときだった。
「おいっ、あれ見ろよっ」
権藤が俺の肩を叩いた。
そしてヤツが指し示す方角を見ると俺は唸った。
「……あれってマスコミの取材じゃないか?」
権藤の言葉に俺は頷く。
確かに背広姿で大きなプロ用カメラを構えた男たちが数人いるのが見える。
「地元の新聞社とか、スポーツ新聞とかだろうな」
なるほどと思った。
確かに東雲明香里は美とスポーツを兼ね備えた逸材だ。記事にはもって来いに違いない。
「だとすると生徒会の連中が話を付けたな」
権藤が説明する。
生徒会の中には我が校の知名度を上げようとして、
今回のミスコンをマスコミに取材してもらうべきだと主張する勢力がいたらしいのだ。
「これで東雲が選ばれたら出来レースみたいだな」
俺が皮肉を言うと権藤も苦笑いする。
「ま、そこまで生徒会もズルくはないだろう。
それにそもそも明香里ちゃんは本命で鉄板だからな。選ばれても当然だ」
俺はまたしても頷く。
権藤の言葉がたぶん本当だろうと思ったからだ。
そして壇上の生徒会長の発表はまだ続いていた。
「えーと、生徒は以上です。次は教職員です」
その言葉に場内はどよめいた。
確かに生徒だけじゃなくて教師たちの参加も認めるとは聞いているが、
実際にエントリーされるなんて、みんな思わなかったに違いない。
そして俺もそうだった。
「大沢裕美先生」
おおっ! と言う声が轟いた。
「あ、裕美ちゃん先生か」
俺は納得する。
大沢裕美とはもちろん俺たちのクラスの英語を担当する若い独身女性の先生だ。
美人なのに気さくで生徒だけじゃなくて、職員室でも人気者らしいと聞いているので、
なるほどと思ったのだ。
「あちゃー、意外な伏兵だな」
権藤がつぶやいた。
「だな。先生のこと忘れていたよ」
「俺もだ。
たぶんウチの担任辺りが推しで推薦したんだろうな」
そんな権藤の予想だがおそらく間違っていない。
で、俺は職員席の裕美ちゃん先生を見ると、先生は困った顔をしている。
たぶん無理矢理エントリーさせられたに違いない。
「これはわからなくなったな。
明香里ちゃんと五祝さんの争いだと思っていたけど、
裕美ちゃん先生が参戦したとなると票が割れるな」
権藤が評論家の様な態度で腕組みする。
「だろうな」
俺もそう思った。
先ほどあった生徒会長の説明だと、一回の投票でどの候補も過半数に達しない場合は、
決選投票に持ち込まれると言うのだ。
だから権藤の言うとおり五祝成子と東雲明香里、そして裕美ちゃん先生で、
票を分け合ってしまう可能性があることになる。
気がつくと生徒会長がうやうやしく頭を下げて退場した。
そして司会役の生徒会役員のマイクが再びアナウンスが始まる。
「ではこれから各候補の自己紹介をしてもらいます。
これはぶっつけ本番です。各候補には事前に知らせていません」
どよめきが再び起こる。
「まあ、名前だけの紹介だと肝心の顔と人柄がわからないからな」
言われてみればそうだ。
俺は有力候補の三人の顔は知っているが、それ以外はさっぱりだし、
下級生たちからすれば俺と逆の立場になる。
しかし俺は別の危惧があった。それは五祝成子だ。
ヤツは他人とのコミュニケーションが苦手なのだ。
いきなりしゃべれと言われても困るだろうと思ったのだ。
そしてそのときだった。
「ちょっといい?」
俺は背後から肩を叩かれた。
見ると五祝成子だ。
「なんだ?」
ヤツは歩きながら俺を手招きした。
俺は仕方ないので着いて行く。するとヤツは体育館の中の倉庫へと移動した。
中に跳び箱とかマットとかが仕舞われている小部屋だ。
「どうしたんだ?」
俺はいちおう尋ねた。
だが実はヤツの真意はわかっていたつもりで、そしてやっぱりその通りだった。
「……私、辞退してもいいかな?」
言葉はしっかりしているが、目には涙が浮かんでいた。
「自己紹介のことか?」
「うん。……ヤダもん」
ヤツはそう言って俺を見た。
「ヤダって言われてもな……」
俺は困った顔をしていたと思う。
なぜならば五祝成子が涙を頬に伝わらせたからだ。
「……で、でも」
「うーん」
俺は腕組みした。
確かに五祝成子がこう言い出すのも頷ける。
なんと言ってもヤツは男女を問わず他人との交渉を絶ってきたからだ。
誰かと仲良くなっても事の次第では傷つくこともある。
それならば最初から親しくならなければいい。それがヤツの処世術なのだ。
そういう性格から築かれたのが現在の五祝成子であることは、俺は現在知っている。
「お前が困るのはわかる。
……でも、今さら断ると困る人がいるぞ」
「そ、それはわかっているつもりだわ」
「そうか」
俺は正直言って五祝成子に賛成してあげたかった。
だが俺の心のどこかでそれじゃダメだと叫ぶ部分がある。
「だけど、お前を応援してくれている人たちもいるんだぞ」
「わ、私を応援してくれる人?」
「そうだ。
お前の名前が呼ばれたとき、歓声を上げた連中がいるだろ? やつらはお前を応援しているんだ」
「そ、そんな人たちのこと、知らない」
五祝成子は首をそっぽに向けた。
かなり頑なな感じだ。
どうやったらほぐれるのか俺には方法がわからないが、それでも俺は口を開く。
「俺は変わった。お前と話すようになって女嫌いから変わったと思う。
結果は良いのか悪いのかわからないが、それでも俺は以前の俺に戻ろうとは思っていない……」
「……」
「だからお前も変わるべきなんだ。
いつまでも過去の殻に閉じこもっている訳にはいかないんだ」
「か、過去の殻?」
「ああ。小学校の演劇のことだ。
シンデレラがやれなくて、いじわる継母の役になったことだ。
お前は今でもそのときのことがトラウマになってるんだ」
「そ、そうかな……?」
「ああ、そうだ。
だけどそのときのお前はいじわる継母の役を見事に演じた。
そういうことを繰り返すことで自分の殻を破れるんだと俺は思う」
「だ、だから今回もミスコンに出なくちゃダメってことかしら?」
「そうだ。
……それにお前が出ないなら、俺は誰に投票すればいいんだ?」
すると五祝成子に笑顔が戻った。
「そ、それ信じていいの?」
「……あ、ああ」
伝った涙を五祝成子は拭いた。
「わかったわ。私、出てみるから」
「そうか」
「それに、……約束忘れないで?」
「約束?」
「デ、デートのこと」
「わ、わかった」
つい返事をしてしまった。
そして安堵したと言うよりも、これで良かったんだろうか? と思った。
俺は頭のどこかで事態をただ丸く収める方法だけを模索したのであって、
五祝成子の本当の思いを考慮したのかわからなかったのだ。
「行くね」
五祝成子は倉庫のドアを開けて出て行った。
するとちょうどミスコン候補者たちを呼ぶアナウンスが会場に鳴り響くところだった。
それからミスコンは開催された。
壇上には次々と名前が呼ばれ、スポットライトの下で美少女たちが自己紹介を始めた。
順番はどうやらランダムになっているようで、
次に誰が登場するのかは俺たちにはわからなかった。
「……ううむ。こう改めて一人一人見ていると、
ウチの学校も捨てたモンじゃないな」
権藤が嬉しそうな顔で腕組みをしている。
「どういう意味だ?」
俺が尋ねた。
「やはり他人から推薦されているだけあって、
誰もが美少女だってことだ。言うなれば誰が選ばれてもおかしくないってことだな」
「なるほどな」
俺たちの手元には投票用紙があった。
そこには各候補者の簡単なプロフィールが載っていて、
そこにマークシートをかき込む方式だった。
「この投票用紙、無駄に凝っているな」
俺が感心すると権藤も頷く。
「電算室で一気に集計するんだろ。
こういうのは結果が早くわかった方がいいからな」
「なるほど」
俺は改めて壇上を見る。
壇上では二年生のテニス部の女子がいた。
髪を短く切った健康そうな少女で、
確かに廊下ですれ違ったら思わず振り返ってしまうくらいかわいい女の子だった。
会場は自己紹介する候補者たちを食い入るように見つめ、
そして話のおもしろさに盛り上がる。
「かなり楽しいイベントだな」
俺は率直な感想を言った。すると権藤は頷いた。
「だな。これからもずっとやればいい。
……もっとも俺たちは卒業しちまうがな」
「こういうイベントってのは、うまく成功すれば続くんだろ?
そのうち高等部でもやるかも知れないぞ」
「あ、それは言えるな。だったら期待できそうだ」
俺は周りを見る。
すると意外なことに楽しんでいるのは男子ばかりかと思ったが、
どうやらそうではないようで女子たちも熱心に参加していることだ。
彼女たちが手元の投票用紙にあれこれ評価をかき込むのが見えたのだ。
そして次の候補者が壇上に立った。
「お、裕美ちゃん先生だ」
大沢裕美先生だった。
先生が登場すると男子連中もだが、それ以上に職員席が盛り上がっているのが見えた。
かけ声を熱心にかけている一人は我が担任だった。間違いなく推しなんだろう。
「ウチの先生も独身だからな。
裕美ちゃん先生に思いを寄せているのかも知れないな」
「ああ、たぶんそうだろう」
俺は頷く。
そして裕美ちゃん先生の自己紹介が始まる。
「……こんな若い女の子ばかりのところに、
一人だけおばちゃんが混じっちゃていいのかな? って思います」
すると会場は大爆笑に包まれるのであった。
流石先生と思わざるを得ない。
大勢の生徒を手なずけるのはお手の物のようだった。
会場はすっかり裕美ちゃん先生の雰囲気で包まれている。
「こりゃ、先生はやっぱり決勝行きだな」
俺は周りの様子からそう判断して権藤に言う。
「だな。だが、まだ本命の二人が出ていない。
それによっちゃ決選投票になるぞ」
俺たちがそんなことを話していると裕美ちゃん先生の自己紹介が終わった。
会場を揺るがさんばかりの拍手が先生を包む。
そして次の候補者の名前が呼ばれた。
「次は東雲明香里さん」
すると会場がまたしても大歓声に包まれるのであった。
東雲が壇上に現れた。
だが緊張しているようで手足がコチコチな感じだ。
そして改めて思ったのがとにかく小柄なことだ。
他の候補の中にも小さい女子はいたが、
東雲は顔まで小さいのでより一層小柄さが強調されている感じだった。
「あれでスポーツの天才少女ってのが、本当なのかと思っちまうよな」
他クラスの男子がそう言うのが聞こえた。
もちろん事実を知っている俺もそう思わざるを得ない。
それほど東雲はスポーツっぽくなくて、美少女しているのだった。
「……東雲明香里と言いますっ。
みんなには明香里ちゃんと呼んでくださいっ、って言ってます。
だからみなさんもそう呼んでくれるとうれしいですっ」
そう東雲は言った。
するとそれは会場の生徒たちの琴線に触れたようで、すさまじい明香里ちゃんコールが起こった。
「……あれは天然でやってるんだろうけど、すごいよな」
俺が権藤に言うと権藤も頷く。
「あれが明香里ちゃんの良いとこなんだ。自然体ってのが好印象だ」
なるほど、と思った。
言われてみれば東雲は物事を考え尽くして動くタイプじゃなくて、瞬間瞬間の判断、
言うなれば出たとこ勝負で動く性格なのだろう。
そしてそれは剣道でもそう思う。
東雲は最初から試合を頭の中で組み立てて動かすのではなくて、
その場その場で臨機応変で対応しているに違いないと思えるのだ。
……それからも東雲の自己紹介は続いた。
「……今はたった一人の女子部員として剣道部で活動していますっ。
私は三年生なので夏の大会で最後ですが、みなさん応援お願いしますっ」
最後は部活動のことで終えた。
会場の盛り上がりは最高潮に達していた。
誰もがすべて感謝な態度で接する東雲に最大級の好印象を持ったようだった。
そして割れんばかりの拍手がだんだん小さくなり、
東雲はぺこりと頭を下げて去って行った。
「……明香里ちゃん、今の自己紹介でかなりの高ポイントを稼いだな」
またしても評論家気取りの権藤がそう解説した。
「そうか?」
「ああ。明香里ちゃんのかわいさだけじゃなくて、謙虚さ。
……過去の栄光を自慢することなく、あくまでお陰様的な態度にしびれた連中も多いだろう。
見た目だけじゃなくて、性格の良さもアピールできたってことだ」
「なるほどな」
言われてみればそんな感じだ。
周りを見回すと投票用紙に熱心にかき込んでいる生徒たちの姿が見えたからだ。
あの顔つきなら評価は高いだろう。
「後は誰だ?」
権藤は手元で束になっている投票用紙をめくり返して確認していた。
残るは最後のひとりだった。
それはもちろん俺がよく知っている人物だ。
「あ、……五祝さんか」
「……言われてみればそうだな」
俺は知っていたが、なんとなく知らないふりをしてしまった。
今気がついたかとでも言いたげに投票用紙をめくる。
どうにも不安な気持ちがそうさせたのだと思う。
……なんせ、あの五祝成子だからな。
教室でもまともに話をするのは俺くらいなものだ。
それなのにこんな大勢の前で、
しかも壇上でスポットライトを浴びながら気の利いた自己紹介ができるなんて思えないからだ。
「そして最後は五祝成子さん」
アナウンスが響き渡った。
俺の心臓がドクリと動いた。
俺のことじゃないのに、
まるで俺が壇上に立たなければならないような気持ちに一瞬させられたのだ。
……大丈夫か?
俺は五祝成子を気遣った。
はたで見ている俺でさえつぶされそうなプレッシャーだ。
なのにヤツはたったひとりでこんな舞台にスポットライトを浴びて立たなければならないのだ。
――会場がざわめいた。
最初は静かなざわめきだったが、やがて体育館全体に広がる程の声となったのだ。
それはアナウンスされたにもかかわらず五祝成子が現れないからだ。
「……ど、どうしたんだ?」
権藤が俺に訊く。
「し、知らん」
俺は平静を装ったが不安が一気にこみ上げる。
……ひょっとしてダメなのか? と思った。
今頃舞台裏で辞退するなど言って係員を困らせているんじゃないかと思ったのだ。
だが、やがてスポットライトが舞台袖に動いた。
そして五祝成子が姿を見せた。
「緊張しているな」
俺は遠目でもヤツがガチガチに固まっているのが見えた。
両手を胸の前で合わせて細いその身を震わせているのが痛いほどわかる。
だがしばらくすると、大きく息を吸って舞台中央に進み出るのが見えた。
すると会場のざわめきがすっと引く。
「……い、五祝成子です。……宜しくお願いします」
それだけを絞り出すように言った。
声がかすれて途切れ途切れの言葉だった。
「……私は他の人とあまり話しません。
言葉はきついし、怒っているようにしか話せません。
……つまり性格が悪くてつまんない女なんです……」
会場が再びざわめく。
「……なに言ってんだ? あいつ」
権藤がびっくりしたように言う。
しかし俺も驚く。
自分のことをPRするんじゃなくて自己否定するミスコンの自己紹介なんて、
聞いたことがなかったからだ。
よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。
私の別作品
「生忌物倶楽部」連載予定
「固茹卵は南洋でもマヨネーズによく似合う」連載中
「墓場でdabada」完結済み
「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み
「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み
「空から来たりて杖を振る」完結済み
「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み
「こころのこりエンドレス」完結済み
「沈黙のシスターとその戒律」完結済み
もよろしくお願いいたします。