第三十二話 生きる希望
村人全員に水を配り、手の平の上におむすびを三個ずつのっけた。
驚いたことにこれだけの物を出しても、魔力は減った感じがしない。
食べ物を出すのは魔力をほとんど消費しないというのは、こういうことなのかと理解した。
食事をする村人には少し笑顔が戻っていた
その姿を見ながら、おれは建物に背中を預け座っていた。
この世界には地震は無かったらしい。
建物が崩れずに残っている。
「透明の方――」
俺の事か?
「ここにいる、俺の名はガドだ」
「ガド様」
「なんだ?」
「水と食べ物をありがとうございます。生き返りました」
村の代表だろうか、俺に話しかけてきた。
「生き返ったのなら逃げるんだ。ここにいたら、じきに黒勇者が来る」
「はい。ガド様は一緒に来てはいただけないのですか?」
「俺はここに残る。奴らを退治しないとな」
「我々は、森に逃げます」
「うん、わかった。食料は大丈夫か?」
「これをもらっても、よろしいですか」
村の代表が指さしたのは黒勇者だった。
「構わない」
俺の言葉を聞くと黒勇者の鎧を剥ぎ取り、荷車に積み出した。
全身黒い毛に覆われた体は、背中から見れば熊とかわらねえ。
荷車は、家の中から物資をかき集め積み込まれ結局四台分になっていた。
何処に隠れていたのか子供が大勢集まって来る。
どの子供も死んだような顔をしている。
子供達にも水とおむすびを出してやった。
そして村人の中でも屈強な者が鎧を着け、荷車四台で森の中に落ち延びていった。
こんな地獄の様な世界でも村人の顔に笑顔が戻っていた。
俺はその姿を手伝うわけでも無くボーッと見つめていた。
「……行っちまったか。やっぱりか、結局一人だ」
俺の選択は結局一人になる。
「あのー」
「!!」
「何だ、お前?」
驚いた、後ろを見たら一人の少女がいたのだ。
「いまならまだ間に合う。早く仲間のところへ急げ!」
「行きません。ガド様がさみしそうですから」
「はーー」
「さっきまでは、恐くてずっと逃げ出したくて、震えていました。でも、ガド様がさみしそうに、つぶやくのを聞いて安心しました」
俺は、その姿をじっと見た。
顔が垢まみれで、服も他の村人より粗末だった。
そして、ガタガタ震えている。
「まだ、震えているじゃねえか」
「しかたがないです。恐いのですから。私の名はメイです、ガド様」
ガタガタ震える体で、そして汚い顔でにこりと笑った。
「おい、おかしいぞ。見張りがいねー!」
「村人もいねーぞ」
斥候が来たらしい。
俺はメイを抱き寄せた。
「か、勘違いするなよ、メイ。こうすれば、お前も見えなくなる」
「はい」
黒勇者が来たのに、メイの震えは止まっていた。




