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勇者が街にやってきた  作者: 覧都
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第三十一話 絶望する人々

黒勇者は見えない敵に気が付いた。

だが、今までそんな敵と戦ったことが無いのだろう。

全く戦えていない。


俺の剣は一度も受けられることも無く、全員を倒した。

俺と戦うのは、目隠しをして気配で戦えるような、達人でなければ無理ということなのだろう。


黒勇者を倒しても村人は固まったまま動かなかった。


「おい、何をしている。逃げるんだ!」


俺は恐怖した。

ここにいる人達は恐らく絶望しているのだろう。

表情が無い。

こんな表情の人間が大勢いると、恐ろしい。

今まで生きてきた中での一番の恐怖だ。

俺まで動けずに固まってしまっている


きっと明日へつながるものがなにも無いのだろう。

ひょっとすると死にたいとさえ思っているのかも。




だめだ、だめだ、俺はとことん駄目だ、駄目な男だ。

最初はまなだ、いじめられるまなを助けるかどうかの選択。

はい、いいえ

俺の選択ははいだった。


まな以外のいじめられている子を助けますか。

はい、いいえ

これも、はい。


勇者に殺される日本人を助けますか。

はい、いいえ

これもはいだ。


黒勇者に殺される勇者を助けますか。

はい、いいえ

これもはいだ。


暴君に殺される勇者を助けますか。

はい、いいえ

これもはいだ。


そして黒勇者に殺される村人を助けますか。

はい、いいえ


いま、これもはいにしようとしている。

そもそも関わる必要があるのか。

いいえの選択があるんだ。


俺は、表情も変えず動かない人々を見ながら座り込んだ。

少し異変を感じていた。

自分の魔力が少し増えている感じがわかるのだ。

ばあさんの魔力が少なくなって、俺まで回ってこなかったのだろう。

ずっと魔力なんて感じていなかったが、増えているのがわかる。


今気が付いたのだが、まわりの黒い霧が俺のまわりから少し無くなっている。

これは、霧の魔力を俺自身が吸い込んでいるのか。

ばあさんは、腹を壊すと言っていたが、俺はなんともねえ。


これなら、いけるのか。

俺は頭の中で、田んぼを思い出した。

そして、緑色の苗、そして田植え、風による受粉、秋の黄金色の実り。

そして精米、炊くのはかまどだ、できあがりは、つやつやのご飯だ。

そして塩、これは海の塩を乾燥させよう。


俺は両手を前に出して、その手のひらの上に、ほかほかの塩結びをイメージした。


「やった、できた。まずは味見だ。うん、うまい」


あとは水。

これは、いつも飲んでいるペットボトルの水。

これもうまく出来た。

水は百本ぐらい出しとくか。

どうせ無料だしな。


俺は村人を見た。

汚い顔をしているが、女性が何人かいる。

その中でまあ余り可愛くないけど、年が近そうな人の手を、引っ張り水の入ったペットボトルの蓋をあけて渡した。


それと同じものを飲んで見せた。

女性はごくごく喉をならし飲みほした。

その女性の手を取り、手のひらを上に向けて、その上に塩結びを二つ乗せた。

一つを俺が食べて、手でどうぞとやってみた。


女性は口に運ぶと、涙ぐんで、


「おいしい」


つぶやくように小さな声を出した。

俺はまた、はいを選択したようだ。

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