第二十九話 決断
「あ、あい、おまえ……」
俺の前を飛ぶ、小さいあいのスカートの中がジャージじゃなかった。
「うふふ、やっぱり見るんだね」
あいがなんか機嫌が良い。
「あのね、女の子はスカートの中を見られるのが嫌なんだよ。特にわたしはね」
「なぜだ」
「うふふ、それはねー汚いから私の下着は汚れているの、うちは貧乏だったから、下着も三枚くらいしかなくって……」
そう言うと、さっきまでの上機嫌が嘘のように暗い顔になった。
「何日も履くと洗っても真っ白にならないの。そんなの絶対に見られたくない!!」
美人で成績優秀、非の打ち所のない、あいのコンプレックスだったらしい。
「でもねー、いまは、お風呂も入ったし新品なのよ。少しなら見られてもいいかなーって思ったの。でも、恥ずかしいからもうお終い」
そう言うと、スカートの中がジャージになった。
そしてまたとびっきりの笑顔になった。
「あのね、ガド、わたし見てたの小二の時、まなちゃんがいじめられているところガドが助けてくれるところも」
あいは、俺を手探りで探し出すと、肩の上に乗っかった。
「まなちゃんと二人で、次の日もいつも通りでいようって、話しあったのよ。でも、ガドは距離を取ったわ。わたし達を巻き込まないように」
「見られていたのか……」
俺は、聞こえるか、聞こえないかわからないくらいの、小さな声でつぶやいた。
「見てたよーー。それからもずっと。皆が、訳もなく殴ってきた、そう言っていたときも、悪いのは殴られた方だって知っていたよー」
「知っていたのか……」
俺は最高に嬉しかった。
ずっと一人で抱え込んでいたものを、知っていてくれたことが嬉しかった。
「いくの?」
あいは突然聞いて来た。
俺が逃げたいと思っているのを見透かすように。
「悩んでいるのさ。でも、もし行って帰ってこられたら、あいに頼みたいことがある。それをしてくれるかどうかだな」
「言ってみて今なら何でも、きいちゃうかも」
「……」
「小二のあの日の前に戻りたい。ふふふ、仲良しに戻りたいんだ。手をつないで学校に通っていた頃の様になりたい」
「なによそれ、時計の針を小二のあの日の前の日にもどすってこと……」
あいは泣いているようだった。
「戻さなくても、わたしはあの時のままだから」
おれも泣いてしまっていた。
でも透明だからバレねえ。
だが、これで亀裂の中に入るのが確定した。
今更後に引けねえ。
「ガド、肩が揺れてるよ」
だーーーっ、あいの奴、俺が泣いてるのに気づきゃあがった。
「肩からどいてくれ。出発する。じゃあな!」
な、なんとかかっこつけて誤魔化した。
そして亀裂に向かって走り出した。




