宇宙一犯人がバレバレな、桜の木の下盗難窃盗強奪略奪事件
……桜の花びら一枚ない、新緑の葉生い茂る木々の下で、いたましい事件が発生した。
おにぎり12個、ジャンボミートボール15個、甘い玉子焼き8切れ、焼売16個、プチトマト24個、まんまるハンバーグ10個、特製チキンナゲット24個、ブロッコリーのベーコン巻き8個、コーンのスコーン4個、自家製チャーシュー10切れ、イチゴサンド8個、バナナチョコサンド8個……、オールスターの勢揃いする宴会場から、白昼堂々と、人攫い事件が勃発したのである!!!
お手洗いに行って戻ってきた私の目の前には……、おにぎり8個、ジャンボミートボール10個、甘い玉子焼き2切れ、焼売6個、プチトマト24個、まんまるハンバーグ1個、特製チキンナゲット6個、ブロッコリーのベーコン巻き2個、コーンのスコーン4個、イチゴサンド8個、バナナチョコサンド8個。
連れ去られたものの数、およそ58…ものの数分の間に、どれほどの凄腕の犯罪者がこのクソ田舎の公園に現れたというのか!!!特製チャーシューに至っては、そこに確かに存在していたはずだという、濃厚なタレしか残っていないではないか!!なんという横暴、なんという遺憾、なんという欲の深い…犯人は…どいつだ!!!
「ちょっと!!!何でこんなになくなってんの?!私の分がないじゃん!!誰だ根こそぎ肉食った奴!!!」
怒り心頭で容疑者の面々を睨み付ける。
「もぐ…モグ!!知らないよー!!なんかね、桜の精が出てきて、美味しそうなもん食べてるねって言って持ってった!!!」
容疑者①は…こちらには目もくれずに握り飯に齧り付いている。左手にはフォークに刺さったミートボール…垂れるトマトソースには全く気が付かず、豪快に咀嚼を続け!!!
「お父さん何言ってんの?!食べ物の皆さんが公園内を散歩するために旅立って行ったんだって!!制作者であるお母さんはさ、皆の旅立ちを祝ってあげるべきだよ!!」
容疑者②は…こちらにニヤニヤとした顔を向け、バナナチョコサンドに手を伸ばして一口かじって…くっ!!めっちゃいい笑顔だな!!なんでこの人はこんなにもおいしそうに食べものを食べるんだ!!!
「おにぎりおいしい!」
容疑者③は…にっこり笑って両手でおにぎりを掴み、可愛らしくむぐむぐやっているが…ほっぺたにはやけに濃厚なソースらしき証拠がこびりついている!!だが、誤魔化そうとしない態度は情状酌量の余地ありだ!!
くそう、こんな長閑な公園で、こうもド派手に事件が勃発してしまおうとは!!
やはり豪華絢爛メンバーは、気軽に町中に連れ出してはいけなかったのだ…。
丁寧に優しく、厳重かつ慎重に連れ出さねば、あっという間に貪欲な輩にさらわれてしまうのだ……。
意気消沈しながら、狭苦しいブルーシートの上に乗りこみ…自分のリュックのふたを、開ける……。
……ぐふふ!!!
こんな事もあろうかと、自分用の小さなお弁当箱を持ってきたんだよね!!!
毎回毎回いつも自分一人が食べられなくなる悲劇に遭っておりますのでね、いい加減こちらも学びましてよ!!!
一番おいしい部分のチャーシューに、大好きな玉子焼きの端っこ部分、中にチーズを仕込んだハンバーグにアスパラベーコン、あと海苔醤油のおむすび!!自分の好きなものだけ詰まった、特製弁当だい!!!
今日こそ礼儀知らずの本能丸出し食欲魔人どもに目にもの見せてやるわと手を突っ込んで!!!
お弁当箱の入ったランチバッグを…うん?!
「ちょ!!!何これ?!誰だ勝手に人の弁当食った奴!!!」
重みのないランチバッグの中には、すっからかんになった弁当箱!!!いつの間に?!まさか家を出る前に食べた?!いや、確かに車にリュックを積んだ時には重みを感じた、ドライブ中に食べた?!息子は助手席でナビをしていたから、容疑者からは外れる、犯人は…デカすぎるおっさん、もしくはダイナマイトボディの女子!!!
「なんかドライブ中に車の精が腹減ったっていうからさあ、もぐもぐ!!分けてあげたんだよ!!!朝ごはん抜きで来たからおなか空いてたんだってー!」
容疑者①が最後のナゲットを手でつまんで口にいれながら証言をする。見えない存在に罪を擦り付けようとする魂胆が丸見えで、いっそ気持ちがいい…いや、良いわけない!!!
「そもそもさあ、朝一のおなか空いてる時にこんなに良い匂いさせてたらそれだけで重罪じゃん!!罪人は胃袋流しの刑に処さないとダメじゃん!なるべくしてなった事件だね!これは!!!」
容疑者②が手をひらひらさせながら陽気に事件の背景を語っている。なぜ罪を人に擦り付けようとするのか…恐ろしき父娘よ…、どう考えても旦那の血を引いている、98%くらい受け継いでんじゃないの!!!
「お母さん、怒る前に食べた方が良い!」
息子の声にはっと我に返って、役者たちが勢揃いしていた舞台の上を顧みると……おにぎり1個、ジャンボミートボール1個、プチトマト14個、コーンのスコーン1個、イチゴサンド1個しか残ってないやんけ!!!!
「べふー!うーん、おなかいっぱーい!!もういらないから好きなだけ食べていいよ!!」
「ごちそうさまー!ねーねーあたしバトミントンやりたい!!」
「やろう!!」
容疑者の面々は、己の罪を認めることなく、現場をあとにした。
恐ろしい事件の跡が、目に染みる。
タレにまみれたおにぎりの、どことなく悲しみを帯びた姿。一人残されてしまった現実に打ちひしがれるミートボールの心の叫び。半分に割れたスコーンの、からっからに乾ききった情熱。生クリームが涙のように流れ始めた、誰にも愛されなかった薄幸のイチゴサンド。主力役者の抜けた舞台の上に申し訳なさそうに佇んでいるのは、彩を添えるためにのせられた赤い果実たち。
なんという、凄惨な…事件だ。
生々しい事件現場を目の前に、私はプチトマトを食み食み、悲しみと怒りとむなしさと…いろんな感情がごった返してきてね?!
人気の看板俳優たちを奪い合い、散々舞台を穢して後片付けもせずに野原へ駆け出してゆくなど…言語道断!!!
この暴挙は許されるものでは…ない!!!
娘のお弁当は虐待弁当に決定だな!!!
旦那の嫌いなトムヤンクン作ったろ!!!
息子に今晩の酒のアテめっちゃ作ってもらお!!!
怒り心頭で空になったパーティーセットを片付けていると、どこからともなく、一枚の桜の花びらが飛んできた。
ムム、ほとんど桜なんて残ってないのに、いったいどこから飛んできたんだ……?
……もしかしたら、桜の精が事件に関与していた可能性も、あったのかも?ひょっとしたら、帰りの運転はやけにエンジンの調子が良いやもしれんぞう!
宇宙一犯人がバレバレだったはずの、桜の木の下で起きた盗難事件は…、一部犯人未確定のまま、その物語を閉じたのであった。