第四章 独り
里緒は市役所へと続く並木道をうつ向いたまま歩いていた。
実際に行動に移すとやっぱり勇気が出なかった。
実の親はどんな人なのだろうか?
それを考えると塞いでいたはずの心の蓋が中から出てくる不安を押さえきれなくなって溢れだしてしまう。
里緒にかかっていた魔法は解けてしまった。
一人だとこんなにも弱い。
市役所の中に入り受付で手続きを進める。
必要事項を記入して一枚の紙を手にする。
見るのは自分が捨てられて児童養護施設に入る前。
住所がずらりと並んでいる中一つだけ知らない住所が書いてあった。
スマホを取り出し電源を点け、画面を見るとその通知の多さに驚く。
十数件にも及ぶ言葉や不在着信その全てが光喜によって送られていた物だった。
電源を消して鞄にし舞い込んで居たから気付かなかったが、通知は今もなお十秒起きくらいに届いてくる。
例えば、大丈夫か?今どこにいる?家に帰っていないけどどうした?など。
そんな里緒を心配する言葉の数々に胸が痛んだ。
送られてくる言葉のその全てに元気付けられ同時にその言葉が心を蝕む傷となる。
自分はこんなに心配されるに値する人間じゃない。
そんな悲しい自己否定が彼女の心の奥深くの基盤だった。
増え続ける通知への動揺を抑えもう一度紙に目を通し検索エンジンを用いてその場所へのルートを調べる。
どうやら電車に乗るのが早いらしい。
里緒は今度は足早に駅へと向かった。
里緒が家に居ないとわかった光喜は市役所に向かっているだろうと予想して市役所に向かって走っていた。
学校から歩いて二十分ほどかかる里緒の家を全力で走ったためそのスピードは目に見えて遅かった。
市役所は学校から見て里緒の家と反対方向にあるためもし里緒が光喜が下駄箱に着くよりも早く学校を出ていたのならまず急いでも間に合わない。
光喜が里緒の家に着いた時点で彼女は市役所に着いているはずである。
それでも足を止められない。
万が一、億が一でも間に合う可能性があるなら賭けたかった。
だが走るだけではその可能性を広げられない。
だから走りながらも彼女に会うための手段を考える。
ふと、ポケットの中にあるスマホの存在に気がつき、すぐさま通話をかける。
しかし、一向に繋がらない。
辛うじて走りを保っていた足も縺れ倒れこむ。
自分はこんなにも無力だったのだろうか。
彼女がこんな行動に出たのは間違いなく自分のせいだ。
自分が言ったあの言葉がなければこんなことにはならなかった。
考えもせずに話してしまった光喜の怠慢が今になって弱った彼の心に突き刺さる。
その痛みがじわじわと体の角から角まで広がっていって繰り返す過呼吸すら気にならない。
あの言葉以外にも、光喜が失敗した選択は幾つもあった。
例えば屋上から飛び出して行った時、確かに言葉を伝えなくちゃならないのは自分だ。
だが、なぜ友人の手を借りなかった?
信頼できるやつなら沢山いるし、助けを求めれば人手を増やして先に市役所に友人を向かわすことも出来たはずだ。
例えば里緒の家に着いた時、なぜ彼女の親に助けを求めなかった?
家に車があるのが見えたから今頃こんなところで倒れこむ事なんて無かっただろうし。
今より断然早くたどり着けただろう。
きっと、心のどこかで自分一人で何とかなるだろう。
他人に何が出来るんだと勝手な線引きをしてここまで来たんじゃないのか?
そんな疑問が頭に浮かぶ。
自分がもっと上手く出来ていれば。
自分がもっと早く気付いていれば。
こんなに焦ることなんて無かったし、里緒がこんな行動に出ることもなかったはずだ。
こんな事になったのは光喜が自分を誰に手を貸されずとも人を助けられるヒーローか何かだと勘違いしていたからではないか?
それがただただ悔しかった。
自分が今独りで、誰かを助ける力が無いことを思い知った。
その瞬間、今まで抑えていた弱音が浮かび出す。
今から向かったところで間に合わない。
自分は里緒とちゃんと出会ってまだ5日しか経っていない、そんな関係になぜそこまで必死になるんだ。
自分は必死にここまで頑張った、だけど間に合わなかったのは運が悪かっただけだ。仕方がなかったんだ。
そんな弱音を否定できない。
いつまでも倒れているわけにはいかない。
光喜は立ち上がった。
だが、今から自分が向かったところで間に合うことなんて不可能だ。
誰かに探して貰った方がずっと早く見つかるだろう。
だから足が止まった。
でも、今までの彼のように里緒を助けたいと思っている人は一人ではない。
少し荒い運転をした車が光喜の前を急ブレーキで停車する。
車の扉を開き出てきたのは…
「見つけた!里緒に何があったんですか!ちゃんと話してください。どこに向かってるんですか!親の私があの子に何かあったかも知れないのに家で大人しく待ってられませんよ!」
里緒の母親だった。
彼女は光喜が家に来てそのまま飛び出して行った後を車で追っていていたのだ。
「すいません。俺が───」
「目的地は!」
「し、市役所です。」
「車に乗って、話は乗りながら聞く!」
促されるまま光喜は後部座席に乗る。
とても心強かった。
自分が勝手に見切ったものはこんなにも力強いのだ。
自分は独りじゃない。
そう思うと今まで消えかけていた思いが溢れ出てきた。
思わずスマホに手をやる。
一番伝えたい言葉を言うのは今じゃない。
けれど、心配してることなら今すぐにでも伝えなくてはならない。
指を進めながら光喜は今までの経緯を話し始める。
それと同時に車のアクセルが目一杯踏み込まれた。
今回は主人公の光喜やヒロインの里緒だけではなく里緒の母親の気持ちも感じ取れる回となりました。次はいよいよ里緒が実の親と再開することになります。果たして実の親との再開はこの騒動に良いものをもたらしてくれるのか!?ここまで読んで下さりありがとうございます。またこの続きでお会いしましょう。