第一章 作戦会議
「────はい、これで朝のホームルームを終わる。挨拶はなしでいいぞー。」
カーテンがしっかりと締め切り電灯が生徒達を照らす教室で松原光喜は頬杖をつき考え事をして慣れ親しんだ担任教師の声を聞き流していた。
考えているのはもちろん昨日の事だ。
昨日用事があるからとすぐに帰宅した光喜は、里緒に親に愛されていることに気づかせるための策を考えるのと、実の親を探すにはどうすれば良いのかを調べていた。
策はまだ浮かばず仕舞いだが調べものの方はある程度わかった。
それと早く帰ったのはもうひとつ理由があり、里緒にできるだけ一人で悩む時間を与えたかったからだ。
もちろんそれで自分の立場に気付いて解決しているなら良いし、むしろこっちまで拒絶されるようならどうしようとも、思っていたが。
里緒は昨日の今日で学校に来ていてその表情だけでは結果は伺えはしなかった。
「なに玉城見てんの?」
ずっと眺めていたからか不信に思われて友人に声をかけられた。
光喜は動揺を顔に出さないようにしていつものトーンで答える。
「いや、なんで学校休んでたんだろうな?って思って。」
「なんだ、ずいぶんと熱心に見つめてたと思ったけど気のせいか。」
か、感が鋭いなこいつ。
バレても光喜は困らないが見た感じ取り繕っているように見えたので隠した方が良いだろう。
「お前恋とかしないの?人生損してるぞ?損。」
話題が逸れて心の中で胸を撫で下ろす。
「損って言われましても…お前みたくすぐに惚れてすぐに告る告り魔じゃないんだからむしろそっちの方がバンバンフラれるの辛くないか?その度に悲しんで損してるんじゃないのか?慰めるこっち側の気持ちになれよ。」
「そんなことはどうでも良いんだよ。隣のクラスのさ、後ろ髪まとめた可愛い子。いるじゃん?名前なんだったっけな、あの子に恋しちゃったんだよね?」
「はぁ…バカじゃねぇの?」
こいつに気取られないか不安になったのがバカみたいだ。
それからいくつか友人と会話をしていたら一時間目を告げるチャイムが鳴り響いた。
帰りのホームルームが終わりそれに合わせて生徒達が押し出されたかのように教室から出ていく。
そんな中で教室内に留まっていた里緒はひどくイラついていた。
自分は昨日散々悩んで覚悟を決めてここに来たと言うのに、あっちはまるで昨日の事がなかったかのように振る舞って過ごし、今の今まで何のコンタクトも図りに来ないからだ。
それどころか帰る準備を順調に進めている。
それが物凄く頭に来ていた。
昨日のあの言葉はなんだったのだろうか。
かといって問いただしたり睨む訳にもいかない。
友達やクラスの人にバレたくはないから。
光喜は帰りの支度を終えると里緒の机の前を通って教室に出ていってしまう。
やっぱり手伝う気なんて無かったのだ。
そう思うとわざわざ学校に来て待っていたのがバカみたいに思える。帰ろう。
ふと、リュックを持ち上げようとすると机の前に紙が落ちているのが目に入る。
どうやら光喜が落としたらしい。
折り紙程度の切られた紙が四つ折りにされていて上下どちらにも小さく『開け』と文字が書いてある。
開いてみると中には『作戦会議、今すぐに屋上に来い。』と書いてあった。
手伝う気、あったんだ…
それにひどく安心しながら里緒は屋上へと向かった。
屋上へと続く扉、普段は自殺防止のために閉められているがとある方法で開けてもらった。
扉を開くと外から涼しい風が吹き光喜の髪を優しく撫でる。
昔、心配事があればここに来ていた。
光喜はこの学校に入学して三年目になるが、一年生の頃は開いていてあまり人に知られていない秘密のスポットだったので、一人でいたい時や考え事をしたいときにはこぞってここに来ていた。
二年生に上がってからは県内で飛び降り自殺があったらしく自殺防止という事で閉鎖されてしまったがそれでも学校の中ではここが一番好きだった。
頬を吹き抜ける風、見上げればいつもより少し大きく見える青空が出迎えてくれる場所。
視界に映る緑色のフェンス、少し古びた灰色の床。代わり映えしない景色を懐かしみ。
常に移ろい行く雲と青い空を眺めまだ見ていない景色を思い出に残す。
そうして何分たっただろうか閉鎖されているはずの此処にもう一人、扉を開けて入ってる。
「学校に来て一切のコンタクトも取らずに紙だけ落として屋上行くな。手伝ってくれる気ないと思って帰る所だったじゃん!」
光喜はバツの悪そうな顔をし頭を書いたのち一言。
「すまん、バレるのも嫌だろうし、これしか思い付かなかった。」
正直内心ではとても安心していた。
里緒があった時のような状態のままで事が進むようなら色々と難しいことになると思っていたがその心配も無くなったからだ。
「まあ、取りあえず昨日実の親の探しかたについては調べてきたぞ。」
そう言って昨日調べ上げた事を書き留めたノートをリュックから取り出す。
「あ、ありがとう…」
感謝の言葉に気恥ずかしさを感じながらも光喜は言葉を続ける。
「取りあえず、実の親を探すなら捨てられ方にもよるけど戸籍の附票ってのが必要になると思う。これには今まで住んでいた住所が全部乗っていて親の名前がわからなくても自分のを請求すれば昔自分が住んでいた住所の中に引っ越してなきゃ住んでると思うから。市役所で請求できるから今度の土日開いてるなら一緒に行こう。これ、家におんなじのもう一個あるから自分で見てくれ。」
持っていた数枚の紙を手渡し、リュックのチャックを閉める。
里緒はうつ向いたままで何も話さない。
「玉城さん?どうした?」
「ごめん、私なにもしてなくてごめん。」
「別に良いけ───」
「ありがと。私のこと一生懸命に考えてくれて。これからも肩借りる!」
里緒は言い切った瞬間走り出してしまった。
よほど恥ずかしかったのだろう。
「さて、と。」
光喜はもう一度気恥ずかしさをさっきより強く覚えながら帰路に着いた。
屋上から飛び出した里緒は恥ずかしさでいっぱいの心を精一杯沈めて歩いた。
正直、今まで自分勝手なやつだと思って怒っていたが里緒が何もしていない間に光喜は実の親探しをしっかりと手伝っていてくれていたのだ。
正直に言って里緒は人に頭を下げたりするのは苦手なタイプだった。
でもそのことを忘れさせるぐらいに今週にでも実の親に会えるかも知れない希望は里緒の心を輝かせていた。
そのことを手伝ってくれる急に現れた少年をまるで救世主のように感じた。
あと少し、あと少し耐えれば、本当の絆が見つかるのだから。
作戦会議なんてバトルものじみた章の名前になりました。思ったより早く出せて安心です。今回は不穏な空気を残した終わり方となりました。さて、ここからどんなストーリーが展開されていくのか!ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました!