19. とっておきの秘策
☆ ☆
ボロボロになりながらも、食材を城に持ち帰った私たちは、案の定ユリウスに見つかってこっぴどく叱られた。
「ティナ、お前なぁ……親衛隊は俺のものであって、俺の大切な筋肉コレクションなんだよ! それを傷つけて……この落とし前はどうつけてくれるんだ? あぁ?」
「ひぃぃ、ごめんなさい! でも、どうしても食材を手に入れないといけなくて!」
「あのミリアムとかいうクソ女にもつくづく辟易する。元はと言えばあいつのせいじゃないか!」
今にもその場で斬り捨てられそうな剣幕だったので必死に謝ると、どうやらユリウスの怒りの矛先はミリアムへ向かってくれたようだ。ひとまずほっと息をついた私。その隣でウーリが腕組みをしながら呑気に呟いた。
「しかし、あのアマゾネスの子相当な腕前だったな。また手合わせしたいものだ」
「お前も懲りてくれ! 親衛隊を失ったら俺は誰に守ってもらえばいい!?」
「ほぉう、ユリウス様はオレがあんな子どもごときに遅れをとると?」
「実際怪我しただろうが!」
「少し油断しただけです。次は負けませんぜ」
ウーリを始めとする親衛隊の二人は、年若い女の子にやられてしまったのがかなり悔しいらしく、先程からこうやって好戦的なセリフを吐いている。一方のベテランハンターのアントニウスは、私を危険に晒したことを後悔しているようで、黙りこくったままだ。
「まあなんだ、次から狩りに行く時は必ず俺の許可を取るように。──全く、どいつもこいつも領主である俺を無視して自分勝手なことばかりする。俺に力がないのがいけないんだけどな」
ユリウスは肩を竦め、自分を責め始めてしまった。でも、私がユリウスに告げずに狩りに出かけたのは、ユリウスがきっと私のことを心配して行かせてくれないに違いないと思ったからだ。そういう優しさが彼にはある。今怒っているのだって、私やウーリたちを心配してのことだろう。
優しすぎるから、心労も絶えないに違いなかった。
(なんとかこの可哀想な領主様に元気になってもらいたい!)
私の中でそんな思いが強くなり始めた。そして、私にできる一番の方法は美味しい料理を作ること。それをユリウスに食べてもらって彼を笑顔にしたい。そのためにもミリアムとの勝負は絶対に負けられなかった。
「勝負、楽しみにしていてください。必ず皆の胃袋を掴んでみせますから!」
「これだけの危険を冒したんだから、そうして貰えないと困る。──ハードルは高いぞティナ」
「わかってます」
ユリウスの言葉に私は力強く頷く。すると、ウーリやアントニウスまでもが私に期待の眼差しを向け始めた。少しこそばゆい。
私の肩を軽く叩いてその場を後にしようとするユリウスに、一つだけお願い事をしてみた。
「あ、あの、ユリウス様!」
「なんだ?」
「……商業ギルドのホラーツさんに会わせていただけますか?」
「──いいだろう。ホラーツが相手ならまた狩りに行きたいわけではないだろうからな」
少し間を置いて頷いたユリウス。まだ狩りのことを根に持っているらしかった。
☆ ☆
数日の時が流れ、ついに勝負当日になった。
私はひたすら城の厨房にこもって、勝負に向けた食材集めや料理の研究に時間を費やした。イノブタはヘルマー牛に比べるとクセのある匂いがするし、なにより硬い。加えて細菌が多いのでよく火を通さないといけないからさらに硬くなってしまう。
手に入れたのは、イノブタの肩肉と山菜、そしてアントニウスと同じくミリアムたちに不満を抱いていたホラーツに頼んで仕入れた秘密兵器。あとは手持ちの調味料でなんとかしないといけなかった。
今、城の厨房には私とミリアム、そしてユリウスと四人のギルドマスターたち、さらに親衛隊の五人がいる。私が雑然としていた広い厨房を片付けたもののこれだけの人数がいるとやはり少し手狭だった。
私とミリアムの傍らには、それぞれが用意した食材が置かれている。イノブタや山菜など、狩りで手に入れたものしか用意できなかった私に対して、ミリアムの傍らには見るからに美味しそうな高級ヘルマー牛の霜降り肉や新鮮な野菜たちが並んでいる。誰がどう見てもミリアムの作る料理の方が美味しいと思うだろう。
ミリアムは私が用意した食材を一瞥すると、クスクスと笑った。
「まあ、ティナさん。まずは逃げずにここにやってきたことを褒めてあげますわ! 勝敗は揺るぎませんけど」
「その言葉、そのままお返しします。私にも料理人として……冒険者として、意地がありますので、悪いですけど勝たせていただきます」
「……その食材で? 片腹痛いですわ! ふふふふっ♪」
いつにも増してミリアムは上機嫌だった。彼女が笑うと、グルのセリムやミッターも笑い声を上げるのでだいぶ気分が悪い。変な茶番を見せられている気分だ。
気分よく私をバカにし続けるミリアムだったが、私の表情を見て少し残念そうな顔をした。
「格の違いを見せつけられて泣くと思ってましたが……案外余裕ですのね。気に入りませんわね。なにか秘策でもおありなのでしょうか?」
「……さぁ、どうでしょう?」
実際秘策はあった。ホラーツから仕入れた秘密兵器の他にもう一つ。ミリアムを倒すためのとっておきが。
「ま、まあ、いかなる策を弄しようとわたくしの有利は覆りませんわ! わたくしに盾突いたこと、存分に悔いるがいいですわ! 泣きわめくあなたの姿が目に浮かびます」
「……弱い犬ほどよく吠えるといいますけど──」
「なんですって!?」
「ほらほらその辺にして早く始めろ。俺は楽しみで朝食を抜いてきたんだ」
(朝食を抜いてくるなんて、どんな気合いの入れようだろう……食べ放題に行くんじゃあるまいし)
しかし、ユリウスのその一言で場の空気が和んだのは事実のようだった。ミリアムは私に食ってかかるのをやめて、「オホン」と一つ咳払いをした。
「えー、それではこれからわたくしとティナさんによる料理勝負を始めますわ!」
なんでミリアムが仕切っているのか、腑に落ちない部分はあるけれど、ここは何も言わないでおく。
ミリアムは一同を見回し、反応を確かめるようにしながら続けた。
「ルールは簡単。審査員はユリウス様、ホラーツさん、アントニウスさん、セリムさん、ミッターさんの五人。美味しいと思った方に一人一票入れて、票の多かった方が勝ちとなりますわ」
ミリアムの言葉に一同は黙って頷いた。
「まあ、勝負はもう決まったようなものですけど……」
ボソッとそう呟いたミリアムは、再び「オホン」と咳払いをした。
「それでは──始めですわ!」
不意打ち気味にそう叫びながら慌ただしく料理を作り始めたミリアム。しかし、私はそんなミリアムに惑わされずに、ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着ける。
(スピード勝負じゃないんだから焦ることはないのに……)
「さてと、調理開始です!」
私がまず手をつけたのは肉でも野菜でもなく──調味料だった。