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剣は振るえないけどその代わりにフライパンを振るってもいいですか? 〜貧乏領地に追放された最弱冒険者は胃袋を掴むのだけは得意のようです〜  作者: 早見 羽流
episode1 意地悪な先輩を黙らせろ!

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18. めちゃくちゃ強い君の名は

「……!?」


 背後の木に何かが突き刺さる。見なくてもそれが矢のようなものだと分かった。それも、大型のモンスターを狩るためのかなり大ぶりのものだ。

 スーッと背筋が寒くなる。あと少し私が前にいたら今頃串刺しになっていただろう。


「ティナ!」


 ウーリが叫び、私の腕を抜けそうなくらい強く引っ張る。


「痛っ!」


 体勢を崩した私のすぐ横を再び矢が通り過ぎた。ウーリはそのまま私を背中の後ろに庇ってくれた。そして、前方に向けて剣を大きく振るう。

 適当に振ったような一撃だったが、ウーリの剣は飛んできた三本目の矢を斬り払ったようだった。


「な、何事ですか!?」

「分からんのか? 原住民(アマゾネス)どもだ!」

「アマゾネス?」


 アントニウスの声に私は首を傾げる。ユリウスたちが嘆いていた狩りの邪魔をするという原住民のことだろうか。

 私が頭の整理をしているうちに、矢による攻撃は止んだ。


「来るぞ、構えろ!」


 そうアントニウスが警告するや否や、周囲の樹木や茂みの葉がガサガサと音を立てて揺れ始める。私はその揺れから何とか敵の位置を見極めようとしたが、そこかしこで葉が揺れているのでとても特定できない。もしかしたら敵は複数いるのかもしれない。



 と、その時、アントニウスが私のすぐ横の茂みに向けて矢を放った。すると、矢は乾いた音を立てて何かに弾かれ、切断されて茂みの後方に飛んでいった。あそこに誰かがいることは確かだろう。


「オラァァァッ!」


 ウーリがすぐさま茂みに剣を振り下ろした。が、それよりも速く何かがウーリの足元を風のごとく駆け抜けていった。ウーリの剣は空を斬り、代わりに彼の脇腹から真っ赤な鮮血が噴き出す。


「グァァァッ!」

「隊長ぉぉぉっ!」


 ウーリが吠え、もう一人の筋肉マッチョが悲痛な叫び声を上げる。ウーリは脇腹を押さえながらその場にしゃがみこんでしまった。


 私はフライパンを構えながら敵を探した。するとちょうどその時、叫び声を上げた筋肉マッチョの肩の上に肩車のような形で何かが乗っていた。小柄な──といっても私よりは大きいが──人間のようだ。


「ふぁぁぁっ!?」


 敵に足で首を絞められたのか、筋肉マッチョは呆気なく気絶した。ドサッと地面に伏した筋肉マッチョの傍らに軽々と着地した敵。その時私はやっとその全身を確認することができた。

 茶色いマントのようなものを羽織って大きな弓を背負った人影、顔は木製と思われる白い仮面で覆われ、なによりも特徴的なのは褐色の肌と、頭の上に乗っている猫のような耳、尻から生えているふさふさの尻尾だった。


 アントニウスが再び放った矢を軽く頭を振ってかわすと、人影は再び消える。

 一瞬で二人の仲間を戦闘不能にされた私は、必死に敵の姿を追おうとした。が、辺りの草が揺れるだけでとても追いつけない。


(ダメだ……私の目じゃまるで敵の姿が見えない!)


 次の瞬間、私は手首に凄まじい衝撃を受け、フライパンを手放してしまった。痺れる手首に顔をしかめるよりも前に、足を払われる。世界がグルっと回って、私は尻もちをついた。



「ふぐっ……!」


 息が詰まる。私の身体の上に人影がのしかかってきた。そのしなやかな肢体は、人影が若い女性であることを物語っていた。


(女の子が大の男数人をいとも簡単に倒してしまうなんて……アマゾネスって何者なの……?)


 そう思ったのもつかの間、女の子は私の首元にナイフを突きつけてきた。そのナイフはウーリのものと思われる血で赤く塗れていた。

 魔導士相手なら多少はやり返すこともできるが、相手が魔法を使わないのであれば私に打つ手はない。身体は金縛りをかけられたように恐怖でピクリとも動かなくなった。


「あ……あぁ……」


 なにか言おうとしても情けない声しか出ない。女の子にホールドされた下半身が小刻みに震えた。

 女の子はナイフを持っていない手で仮面を頭の上にずらす。緑色の髪をツインテールで結んだ可愛らしい顔が現れた。──若い。私よりも歳下かもしれない。


「セムア・ロス・デアーゼ・ベルク・サムラコ?」

「……は、はい?」

「ロス・デアーゼ・ベルク!」


 女の子の喉から美しい声が発せられたが私にはイマイチ理解できなかったので首を傾げると、女の子を怒らせてしまったようだ。ナイフを持っていない手で私の胸ぐらを掴んで凄まじい力で引き寄せてくる。ナイフの刃が首に擦れて鈍い痛みが走った。



「ご、ごめんなさい!」

「セムア・ナル・エルディム……あっ」

「あっ?」

「お前、セイファート王国民か」


 今度は女の子の喉から流暢なセイファート公用語が流れてきた。私はナイフに触れないように気をつけながらゆっくり頷く。


「珍しい髪色だったから勘違いした。──そうか、お前がヘルマー領に派遣された冒険者ってやつね。要するにこのパーティーのリーダーってわけだ」

「そ、そうですけど……」

「なんで森の中に入った? ここはあたしたちの領域(テリトリー)なの。死にたいわけ?」

「ごめんなさい、あの……ちょっと食料を調達したくて……」


 私は少し離れたところに倒れているイノブタに視線を送って女の子に説明した。すると女の子はため息をついた。


「はぁ……あれはあたしが追っていた獲物なんだけど」

「そうだったんですか!? 失礼しました!」

「ほんとなら殺してたところだけど、お前弱っちいし、生かしておいても害にならなそうだから見逃してやるよ。イノブタを仕留める手間が省けたし」


 女の子は私の上から退くと、ブツブツ言いながらイノブタに歩み寄る。


「ほんとはあたしたちも無用な殺生はしないのが掟なんだよ。だけどセイファート王国民が勝手にあたしたちの領域を侵してくるからさ……仕方なく戦ってるの」

「そ、そうなんですね……」

「でも、こんなに弱っちくて、ちょっと脅かしただけでおしっこ漏らしそうな顔してる子どもは、殺す気が失せちゃう」


 イノブタを器用にナイフで解体していく女の子。流石に「あなたも子どもでしょうが!」と言い返したくなるのはグッと堪えた。


 やがて、イノブタの脚を数本肩に担いだ女の子は私を振り返ってこんなことを言ってきた。


「残りはお前にあげる。殺したからにはちゃんと美味しく食べてあげて」

「は、はい……」

「あと、帰って領主に伝えて。『お前たちが侵略してこなければ、あたしたちはお前たちには干渉しない』って」

「はい……」


 私の様子を見て、女の子は「ふっ」と笑った。



「お前、名前は?」

「ティナ。ティナ・フィルチュです」

「あたしはリア。リア・パウエル。縁があったらまた会うかもね」


 リアと名乗った少女は、謎めいたセリフを放って風のように去っていってしまった。

 しばらくして金縛りが解けた私は、その場で大の字になって天を仰ぎ、深呼吸を繰り返した。私が平常心を取り戻すのに数分の時間を要した。

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