プロローグ
公園の木々が赤く染まり、近頃は日が落ちるのも少しずつはやくなってきた。
暑かった夏も過ぎ去り、あっという間に秋だ。
高校生ながらもバイトに精を出している俺は、いつものように帰りのホームルームが終わって放課後になったのでバイト先へと向かっていた。
バイト先へと向かうこの道を歩くときはとても憂鬱だ。
飲食店でバイトをしている俺は、丁度夕食時とかぶる放課後に働くことになるので、なかなかに忙しい。
自分から始めたバイトではあるのだが、面倒だ。
働きたくない。
うん、この一言に尽きる。
働かないでお金貰うことって出来ないのかね。
うん、無理だ。
だから、バイトしてるんだったわ。ははっ
バイト先が近づくにつれて、どんどんと鬱屈した気分になってくる。面倒ではあるが、サボるわけにもいかない。
そんなことをしたら、2コ上の由美先輩に迷惑を掛けてしまう。
俺のバイト生活の唯一の癒しだ。
近くの女子校に通っているらしく、俺と同じく放課後に働くことが多いのでよくシフトがかぶっている。
由美先輩は優しい上にとても美人だ。
常連のお客さんは先輩目当てで来ている人も少なくない。
バイトを始めたばかりの頃、何もわからない俺に対してとても優しく教えてくれた。
先輩には感謝しかない。
たしか、今日も先輩とシフトが同じだったはずだ。もしも、俺がサボったら先輩にとても迷惑を掛けてしまう。
絶対にサボる訳にはいかない。
そう自分を奮い立たせて、バイト先へと歩を進める。
そんなときだ。
足元で一匹の蛙が跳ねていた。
夏に田んぼなどでよく目にするアマガエルだ。
その蛙は、俺の前をよぎると、そのまま真っ直ぐ車道へと跳ねて行った。
ここら辺は、元々田んぼだった場所を開発して道路にした所なので田んぼから蛙が出てくることがたまにある。
近くに飲食店があったり、近くに駅があったりするのでここの道路は交通量が多い。
このまま行けば、あの蛙は車に轢かれてぺしゃんこになることであろう。
たまに、ひっくり返って潰れた蛙を目にすることがある。なんともグロテスクだ。
それを目にする度になんとも言えない気持ちになる。
毎日のようにバイトをしているから、この道を通るのもほぼ毎日だ。その光景にも慣れつつある。
あの蛙も、彼らと同じ道を歩むのだろう。
あんな蛙のことなんて気にしていないで、俺は由美先輩の元へと向かわなければならない。
いつもなら、気にせずバイト先に向かうはずなんだけどな。
そのはずなのに。
今日はなぜかあの蛙のことが放っておけない。気になってしまう。
なんとなく、助けようと思っている自分がいる。
本当になんとなくだ。
助けないといけないような気がしてしまった。
これから車に轢かれて一生を終えるであろうあの蛙を助けなくちゃいけないと感じたんだ。
何故なのかわからないが、強くそう感じたんだ。
俺にも、蛙を助けるぐらいの良心が存在しているということかもしれな。
道路を確認すると、車通りが少ない。いまなら行けるだろう。
その衝動に突き動かされるまま、俺は車道を悠々と進む蛙のもとへと急いだ。
蛙は運良く車に轢かれることなく、生きている。
普段は車通りの多い道路だが、今日はたまたま車の通りが少ない。
まったく、運のいい蛙だ。
蛙の進みはゆっくりとしたものだったので意外と簡単に蛙を捕まえることが出来た。これでよく轢かれなかったものだ。
先ずは一安心。
早く歩道に戻ろう。
そう思ったのだが、それは叶わないことを悟ってしまった。
耳を劈くようなブレーキ音が辺りに響き渡る。
蛙を手のひらに乗せて、顔を上げると大型のトラックが眼前に迫っていたからだ。
トラックの運転手のおっさんがなにかを叫んでいたが、よく聞こえなかった。
おかしい。
いつの間にこんなにトラックが近づいていたんだろう。
さっき確認したときには全然車が通ってなかったじゃないか。
おいおい、そんなにスピード出すんじゃないよ。スピード違反だろ。
俺自身、車に轢かれないように気をつけて蛙のもとまで来たつもりだったが、気付かない内にトラックはこんなに近く来ていたらしい。
大型トラックなんてものに衝突してしまったら、一瞬であの世行きだろう。
今、俺の目の前にそれが迫っているから笑えないんだが。
俺の死因、蛙を助けてトラックに轢かれるってそんな馬鹿な話があるかよ。
だけど、このままだと手のひらの蛙まで一緒に死ぬことになるかもしれない。
それはダメだ。
俺はもう、逃げることは出来ない。
逃たくないわけじゃない。
逃げたくても逃げれない。
脚が震えて動かないんだ。
トラックに轢かれるかも知れない恐怖で脚がすくんでしまっている。
でも、このまま死んだら俺は何のために死んだんだよ。
蛙を助けようとしてこうなってるのに、蛙すら助けられずに死ぬのかよ。
それだけは、いやだ。
せめて、この蛙だけでも。
死ぬかもしれないという焦燥の中で、手のひらの上で俺を見上げていた蛙を歩道へと放り投げた俺は、トラックが自分を吹き飛ばす衝撃に意識を手放した。
◇ ◇ ◇
放り投げられた蛙は、無事に歩道へと着地すると自分を助けて動かなくなった人間のことをじっと見つめていた。




