TS勇者は魅了を抑えられない
ユグドラシル大陸中央に位置するミズガルド王国。
魔法陣の光に包まれて一人の勇者が召喚された。
「……直ぐに宮廷魔術師に鑑定をさせろ」
威厳のある低い声が広間に響く。
「勇者で間違いありません。で、ですがっ、フレイヤ様の加護を持っています!」
「馬鹿な! オーディン様ではないのか!?」
「はい……魅了持ちの勇者です……」
魔王の復活にあわせ異世界より神々に選ばれた勇者を召喚するのがこの世界の常識である。主神オーディンに加護を与えられる勇者が多いのだが、稀に女神フレイヤが加護を与えることがある。その場合、確実に魅了スキルを備えた勇者が召喚されるのだ。
過去に召喚された魅了持ち勇者は、魔王は討伐したが王国に甚大な被害をもたらしたとされている。勇者に代わりはおらず、送還することもできない。魔王を討伐するまでは勇者の良心に賭けるしかない。
「(いわゆる異世界転移で、勇者召喚。しかも魅了持ちか)」
勇者は冷静だった。
「(寝取りは気が進まないから魅了は使わないとして、それよりも問題がある。息子がいないんだ。何を言っているのか僕にもわからない。女の子みたいだね! と揶揄されることはあっても、最後の砦は守っていたはずなんだ。男の尊厳が、失われてしまったのか? 現実を直視できない……)」
勇者は冷静に混乱していた。少女というには幼い見た目になっていたことも拍車をかけた。
「(さっきチラッと鏡で確認したけど、これ寧ろ自分の身が危ないやつなのでは?)」
魅了持ちの幼女が召喚されたことに、国王を始めとした面々は大いに困惑していた。「この娘を魔王と戦わせるのか?」「勇者の使命より先に学園の方がいいかもしれません」小声で話し合う声が漏れ聞こえている。
「(たすけて!)」
国王が顔を背けた。「これが魅了の力か……」「国王様そっちの趣味が?」宮廷魔術師がジト目で国王を見ている。召喚の経緯すら説明されないまま時間だけが過ぎていく。「わし孫ぐらいの娘に説明したくないんじゃが。宮廷魔術師がしてくれない?」「ちょ、私もイヤですよ!?」勇者そっちのけでワイワイ話し合う。
放置された勇者が若干涙目になっている。見かねた王女が幼じょ……勇者に話しかけた。
「突然こんなところに連れてきてしまって、ごめんなさい。私はクラリス。あなたのお名前は?」
「皐月優。ユウでいいよ」
「ユウちゃんね。ここは騒がしいから、別の部屋でお話ししましょうか」
微笑みを浮かべる王女に手を引かれ、彼女の部屋まで連れていかれる。召喚の経緯と改めて謝罪をされた。
「本当に申し訳ないことをしたわ。魔王討伐の前に学園で教育を受けられるように私も掛け合ってみるわね」
「大丈夫です。直ぐに魔王討伐に向かいます」
「ユウちゃん……」
王女に憐憫の眼差しを向けられるが、ユウとしては本気だ。
「(冗談じゃない! 王子とかいたら不可抗力で悪役令嬢モノみたいなことになりかねない!)」
ユウは魅了が漏れる心配をしているが、実は杞憂ではない。ユウに与えられた魅了は前例の無い常時発動型。女神フレイヤの悪戯なのか常に全開の魅了を放出し続けている。
その後、落ち着いた国王との謁見を済まし、学園入学を断固拒否して魔王討伐を主張した。幼女が必死に頼み込む姿を無下にできなかった国王は、せめて各地で英雄職のお供を集めて旅をするよう助言する。お小遣いは、いっぱい与えた。
王都の教会にいた聖女リリアに引率されて、剣姫に会いに行くことになった。
◇ ◇ ◇
俺はドミニク。ただの村人だ。先日、勇者が召喚された。噂によると魅了持ちらしい。先々代の勇者が魅了を使って婚約者を寝取りハーレムを形成した話は有名だ。街や村でも散々横暴をしたらしく、この村にも被害者の子孫いるぐらいだ。
今代の剣姫イレーヌは、俺の婚約者。勇者のお供に選ばれてしまった。既に、勇者は王都からこの村に向かっている……。
「ドミニク……わたし魔王討伐になんて行きたくない……っ」
すすり泣く彼女を抱きしめながら、俺は決意する。絶対に連れて行かせないと。数日後、勇者がやってきた。
「あの、勇者様はどちらに……?」
出迎えた村長は困惑している。聖女しか見えない。「ユウちゃん、ほら、挨拶して……」何やら聖女が小声で後ろに話しかけている。うん? 後ろ?
「はじめまして、勇者ユウです」
聖女の足元からひょっこり顔を出した幼女が挨拶をして、直ぐに聖女の後ろに引っ込んだ。
「(そりゃ戸惑うよね! こっちもどう振舞えば良いのかわかんないよ! 精一杯だよっ!)」
その光景を遠くから見ていたドミニクが思わず呟いてしまう。
「あれが、勇者?」
「ねぇ……ドミニク。わたし魔王討伐に行っても良いかも。いえ、行かないと駄目な気がする」
「俺も何か力になれれば良かったのにな」
魅了持ち勇者というか幼女か。この娘を送り出した国も大概だよな。純粋に勇者たちの旅路を心配した。
やる気を出したイレーヌを激励し、俺は見送った。
イレーヌからは数日おきに手紙が届く。フェシリーという名の賢者も仲間になったようだ。勇者も危なっかしくて見ていられないらしい。ほんの些細な内容を書き綴られた手紙の最後には《愛してる》と締めくくられていた。
イレーヌが魔王討伐に向かって二年が経った。
最後の四天王を倒した勇者パーティは魔王と戦う前に一度、王都に帰還することになる。道中にあるこの村にも寄るようだ。
俺は、不安だった。イレーヌからの手紙が、ここ一年途絶えていたからだ。当初は数日おきに届いていたが、いつの間にか数か月おきになった。内容も勇者様が可愛いだの勇者様を一人にできないだの勇者のことで埋め尽くされていた。いや、お前それはどうなのよ。そして、手紙が届かなくなったのだ。
勇者はともかく、他に男が出来ていないか心配だった。
「イレーヌ、おかえり」
「久しぶり、ドミニク。さあ、ユウちゃん、こっちよ~」
素っ気ない態度のイレーヌに面食らう。勇者の手を引いて足早に立ち去る姿に焦燥感に駆られた。
「待ってくれ! イレーヌ!」
「後にして」
苛立たしげに睨まれた。なんだよ、これ……。俺は呆然と立ち尽くした。
「(ドミニクさんの様子おかしかったな。うっ、それどころじゃない! 漏れる漏れる!)」
「わたしの家まであと少しだから、もうちょっと我慢してね~」
結局、俺はイレーヌと満足に話すことができなかった。怖かったのだ。真実を知ることが。
王都に向かうイレーヌの背中が遠くに感じられた。
数か月後、魔王が討伐された。歴代の勇者と比べて、かなり早い討伐だ。勇者自身の力も見た目以上なのだろうが、仲間たちの頑張りも相当だろう。そんな気がした。
勇者から手紙が届いた。王都で行われる祝勝のパレードを見に来て欲しいらしい。
どうして勇者から? イレーヌは? 考えても埒が明かない。逸る気持ちを抑え、俺は王都に向かった。
パレードの中心にいた聖女、賢者、そしてイレーヌは綺麗だった。その美貌は英雄を抜きにしても人を虜にしてやまないだろう。勇者は……ちょっとここからはよく見えないな。ちっちゃいもんな。
パレードが終わり、勇者パーティの周りには人盛りができていた。俺は居ても立っても居られず、人をかき分け近づいた。
「イレーヌ!」
「!? ……どうしてここにいるの?」
イレーヌが驚いたような顔をした。俺が来ること知らなかったのか? 少し躊躇うような仕草のあと、イレーヌは話しはじめた。
「村に一度、戻ったときに伝えようと思っていたのだけれど」
「イレーヌ?」
イレーヌの真剣な眼差しに緊張する。まさか、本当に男が!?
「ごめんなさい、わたしは村には帰らないわ」
「――ッ」
嘘……だろ……。俺たち婚約していたじゃないか……。
「ごめ、なさい……」
隣でイレーヌと手を繋いでいた勇者が嗚咽をあげていた。勇者まったく成長していないな。幼女のままだ。いやいや、そうじゃない。えっ?
「わたし、ユウちゃんから離れたくないの」
「えっ、それってどういう……」
まてまてまて、そういうことなのか!? この幼女に負けて捨てられるのか!? どういう状況だよ。そんなに勇者の魅了が凄かったのかよ。魅了持ちの勇者なんてやっぱり碌なもんじゃないのかっ!!
思わず勇者を睨みつけてしまう。
「そ、そんな……つもり、なく、て……」
「ドミニク! ユウちゃんは悪くないの!」
「いや、だってお前……っ」
「ドミニク、あなたにお願いがあるの」
もう、やめてくれよ……聞きたくない……。
「こっちに引っ越してから、結婚式をあげさせて!!」
「――え?」
「だから! 王都にわたしと引っ越して一緒に暮らして!!」
「お、おう」
んんんんんんんん? 結婚できるのか? 引っ越し?
「ほらほら、ドミニクさん困っていますよ? ユウちゃんこっちにいようね」
「あ……やめ……」
リリアがユウを強奪して抱き上げる。
「ちょっとリリア! フェシリー、抑えておいて!」
「あたしも義兄さんを王都に呼ばないと……」
「(ドミニクさん助けて! 気がついたら誰かが添い寝しているんです! そろそろ貞操も怖いんですっ! いやぁああああああああああ……)」
ユウを小脇に挟み連れ去るリリアと追いかけるイレーヌとフェシリー。
なんだあれ。まあ、これからもイレーヌと一緒に居られるんだな。魅了持ち勇者と思って警戒して悪かったよ、ユウ。お前が勇者で良かった。
ユウの魅了は常時発動型であるが、対象は女性に限定されていた。厳密には、女性の母性に絶大な効果を発揮する魅了。女神フレイヤに若返りと不老(性別は勘違い)をオマケされたことにより死角はない。
ハーレムを作ってしまうことは必然だったのである。
皐月優/ユウ:転移前は高一の男の娘で、転移後は低学年ぐらいの女の子。天使のような容姿の美幼女だが、表情が乏しく、口数は少ない。女神フレイヤの加護を持つ勇者。幻覚魔法が得意で、五感を欺き戦うスタイル。対魔王戦では世界を欺き大量の聖剣を生成し叩きつけた。魔王討伐後は勇者の力を失うが、加護は健在。寝取り願望は無いので常時発動型の魅了を抑えられず途方に暮れている。他者からの好意が魅了の影響なのか判断が付かない。勇者パーティの仲間は信頼しているが、たまに身の危険を感じることがある。リリアに対しては、自分が男だったら……と切ない気持ちを抱いている。
聖女リリア:女神フレイヤが生身の肉体で顕現した姿。過去の失敗を踏まえ、ユウを転移させる前に準備を整えて待ち構えていた。もともとお気に入りではあったが、想定以上の魅了の破壊力に完堕ち済み。数多の男神から主神オーディンに苦情が殺到している。ユウと甘い生活を送りながら、行く末を見守っている。
剣姫イレーヌ:婚約者と無事に結婚した。子育ての間はユウ離れが進むかと思われたが、子ども目当てでユウの方から遊びに来るようになった。計画通り。
賢者フェシリー:家族を呼ぶ名目で義兄を王都に呼び寄せた。外堀を着実に埋め、時にはユウを餌にしながら逃げ場を封じてゴールイン。ユウの不老の秘密を解き明かすために、こっそり研究している。のちに不滅の大賢者と呼ばれる。
王女クラリス:そもそも既婚者。学園に通う息子が女性関係でトラブルを起こしているらしく心配していたが、たまたま登城していたユウに一目惚れして余計に心配事が増えた。
国王テーセウス二十一世:ユウの身元を保証するために養子にした。お小遣いを手渡したいが、リリアと暮らしているユウが城まで殆ど来ないので寂しい思いをしている。ダンディーなおじいちゃん。