第5話:よく分からないうちにトントン拍子で王女様に仕えることになった話
ダルバート王国の城下町についた私は目当てのランチを食べるために店に向かったが、その途中で茶髪の女性にぶつかってしまう。
彼女はこちらに走ってきている屈強な2人組に誘拐されそうだから助けてくれと私に懇願し、私は不本意ながら了承した。
「ラミア、少し下がっていてくれ」
私は腹が減っていたので、できるだけ体力を消耗したくなかった。
だから蹴ったり殴ったりはせずに、そのうえで手早く終わらせたい。
しかも相手は普通の人間だし、多少は手加減せねばな。
うん、あれが良さそうだ。
【忍者スキル発動】
風遁の術
私から猛烈な突風が放たれた。
突風は2人の男を吹き飛ばし、壁に激突させた。
うまいこと2人とも気絶したので、私は手早くロープでぐるぐる巻きにして、憲兵隊に引き渡す準備をした。
「それじゃ、私は急ぐから。憲兵隊には上手く言っておいてください」
私のお腹は限界を軽く超えてきて、自然に早口になる。
「待ちなさい、あなた合格よ。すぐにお城に来なさい」
茶髪の女性は助けてやったにもかかわらず、やたら上から目線で話していた。
「いや、でもあの連中を憲兵隊に突き出さないと。誘拐未遂犯ですよ。あと、私には今から予定が……」
私は開店時間に間に合わなくなるので、必死だった。
っていうか、合格ってなんだ?
面倒な気配がするぞ。
「ああ、彼らはいいのよ。お城の兵士なんだから。早く来なさい、お城まで案内してあげる」
茶髪の女性はとんでもないことをサラリと言った。
えっ、私は入国早々にダルバート王国の兵士を気絶させちゃったの?
この女、何考えているんだ?
くそっ、ランチを食べたら早くこの国を出なければ。
大体、お城に案内って君は何者なんだ?
「えっ、あたし? あたしはこの国の王女エリスよ。こんな格好だから分からなかったでしょ」
エリスと名乗った女性は自らをダルバート王国の王女と称した。
あぁ、確かこの国の王女はよく城を抜け出して騒ぎを起こしてるって聞いたことがある。
王女様の暇つぶしに付き合ってられるか、冗談じゃない。
「あら、来てくれないの? あなたたち、お昼まだでしょ? お城に来てくれたら、最高級の【ウィングドラゴン料理】をご馳走するわよ」
エリスは両手を腰に当てながらそう言った。
「王女様の用件とあれば聞かないわけにはいかないな。行くぞ、ラミア」
そうだ、私にも最低限の礼儀というものがある。
王女様が何かお困りというからには、ついていかない理由がないのだ。
食欲に負けたわけではないぞ。
そんなわけで、私とラミアはダルバート宮殿にエリスに連れられて足を運んだ。
エリスは約束通り、宮殿に到着するなり【ウィングドラゴン料理】を振る舞ってくれた。
おお、これは肉の独特の臭みが、野生の臭みと混じり合い、そしてソースに使われているドラゴンの血の臭みと融合することで、奇跡的な臭みを生み出している。
好き嫌いは分かれそうだが、私は断然好き派だ。
この臭いが癖になる人が多いのは頷ける。
おや、ラミアは半分以上残しているな。
何、私にくれるのか、やっぱりラミアはいい子だ。
とりあえず、この国に来た目的は果たした。
しかし、さすがに食べるだけ食べてさようならとはいかないので、エリスに私を連れてきた目的を教えてもらうことにした。
「単刀直入に言うわ、もうすぐ開催される【天武会】に出てほしいの」
エリスは私の目を見てそう告げた。
【天武会】、それは女神の主催する各国の【勇者候補】たちが4人組のパーティーで参加する年に一度の武術大会。
神に選ばれる以外で勇者になれる唯一の機会なのである。
優勝した【勇者候補】は【守護天使】の【加護の力】を受け取って晴れて勇者になれるのだ。
神に選ばれた勇者は天才コースならば、天武会出身の勇者は秀才コースといったところか。
ダルバート王国には勇者はいないという現状だ。
確かに、一番手っ取り早く解決する方法は次の【天武会】で優勝することである。
なるほど、エリスは【天武会】で優勝できそうな強者を探していたのか。
「エリス様、申し訳ございませんがそれはできません。私には資格がないのです」
そう、私は【天武会】にそもそも出場することができないのだ。
「えっ、どうしてよ?」
当然の質問をエリスはした。
「私は先日勇者のパーティーを追放されました。【天武会】の規定では一度でも勇者のパーティーに属したことのある者は出場資格がないのはご存じですよね?」
私は自分が追放者だということを伝えた。
【天武会】は新たな勇者を誕生させるという性質上、他の勇者と一度でもパーティーを組んだ者は出ることができないのだ。
「あっ、そうだったの。どこかで見た顔だったと思ったけど。勇者のパーティーに居たからなのね」
エリスは露骨にがっかりした顔をした。
「でもでも、ルシア様は凄いんですよ。色んな職業のスキルが使えますし、追放されたのだって、不当な理由でルシア様には否はありませんわ!!」
ラミアはいきなり大声を出した。
余計なことを言うな。
恥ずかしいし、惨めになるだけだ。
エリスも私に興味を持たないでくれ。
ああ、確かに88個の職業のスキルは全部使えて多少腕には自信があるが、出場資格のない私など要らないだろ?
「ねぇ、それじゃあさ、この国の【勇者候補】たちの指導者をやってよ。あなたの力で優勝に導いてくれない?」
エリスは名案を思い付いた顔をした。
そうか、そういうことか。
基本的に【天武会】の出場者はその国の勇者の指導を受けている。
しかし、ダルバート王国には勇者が居ない。
つまり指導者が居ないのだ。
指導者か……。
確かに今までの職業経験にはないな。
そもそも、そんな職業のギルドはないし。
初めてのことってなんて面白そうに見えるんだろうか。
無職のままっていうのも不安だし、ラミアを養うのもお金がかかるしな。
「わかりました。引き受けましょう。なんとか優勝できるように、鍛えてみますよ」
私はエリスにオッケーの返事をした。
「おっ、物分かりがいいねぇ。そういう人、あたしは好きよ。それじゃあヨロシク。ルシア」
エリスはイタズラっぽく笑って手を差し出した。
「よろしくお願いします」
私はエリスと握手して契約を結んだ。
「ルシア様、お仕事が決まって良かったですね。わたくしも嬉しいですわ」
ラミアが私に抱きついて喜んだ。
おいっ、抱きつくな、何度言ったらわかるんだ。
だけど、ラミアの一言で私は幸運にも仕事にありつけた。
そこだけは、ありがとう。
でも、そろそろ離れろ、いい加減にしないと怒るぞ。
「そんじゃ、今から挨拶に行こうか? っていっても、まだ、3人しか居ないんだけどね」
エリスに促されて、私は【勇者候補】たちに会いに行くことにした。
【勇者候補】達は宮殿内の宿泊施設で共同生活を送っているらしい。
うん、これは良い試みなんじゃないか。
普段の生活でチームワークを作るのは大事だしね。
「ここが、【勇者候補】たちの部屋よ」
エリスは大きな部屋を指さして言った。
さてさて、どんな連中が【勇者候補】なのか、まぁ3人しか居ないのなら選りすぐりの精鋭なんだろう。
――ガチャ
扉を開けて目に入ったのは、紅茶とケーキを楽しんでいるの普通の女の子3人組だった。
ふーむ、見たところ全員戦士タイプではなさそうだ。
【魔法使い】、【神官】といったところかな。
強さは実際に見なくてはなんとも言えないが、ダルバートは人材不足なのか?
「彼女たちが【勇者候補】ですか? 失礼ですがどうやって決めたのです?」
私はエリスに質問した。
「あはは、やっぱりそう言うよね。でも、あの子たち、結構やるのよ。この国で大型のウィングドラゴンを倒した唯一のパーティーなんだから。3人組だったのが残念だけど」
エリスは腕を組んでそう言った。
大型のウィングドラゴンを、彼女たちがねぇ。
それが本当なら確かに見所のある素材だ。
「あっ、エリス様だ。こんにちは、今日はどうされたのですか」
一番背の高い黒髪の癖毛の女性がエリスに気づいた。
「今日はあなたたちを指導する先生を連れてきたのよ。紹介するわ、ルシア=ノーティス先生よ。ご挨拶なさい」
エリスは私を紹介した。
「こっこんにちは。私はマリアと申します。【神官】をしています。よろしくお願いします」
背の高い黒髪の癖毛の子はマリアというらしい。
「ボクはルーシーだよ。一応、【魔法使い】やってる。先生、カッコいいね」
一番小さい茶髪のショートカットの女性はルーシーと名乗った。
「私はターニャだ。【仙人】をやっている」
眠そうな顔の青髪のロングヘアーの女性はターニャと名乗った。
【仙人】とは珍しい。
「先程、エリス様から紹介してもらったルシアだ。【天武会】までの間、君たちを指導する。そして、こっちが私の助手のラミアだ」
エリスにラミアの処遇を聞いたら、とりあえず私の助手として雇ってくれると言われたのでそうした。
「ラミアですわ。よろしくお願いいたしますの」
ラミアはぺこりと頭を下げた。
「自己紹介は終わったわね。それじゃあ、何か質問のある人」
エリスは司会進行のようなことをしていた。
「はい、質問でーす」
ルーシーが元気よく手を上げた。
「ルシアさんとラミアさんは付き合ってるんですかー」
「あーそれ私も聞きたかったです」
あー、君達に教える最初のことが決まったな。
それは私の性別だ。
はぁ、どうしていつもこうなんだ?
「みんな何を言っている? ルシア先生は女だぞ。どう見ても……」
ターニャがボソリと呟いた。
おおっ、ターニャよ。
君は優秀だ、リーダーに任命しよう。
ターニャのおかげで無事に私の性別は伝わった。
しかし、一番驚いていたのがエリスだったのは少々傷ついた。
あと、ラミアよ、『付き合ってるかどうかは想像におまかせします』とか言うな。
こうして、私はダルバート王国の【勇者候補】の指導者という職にありつけたのであった。