第3話:【堕天使】ラミアの天界を追放された理由を聞いた話
私が国境を出てすぐに助けた女性は天界を追放された堕天使のラミアと名乗った。
彼女のちょっと異常なアプローチに折れて、私はラミアと共に放浪の旅に出かけることになった。
「酷いですわ、そのアレックスという勇者さん。そんな理不尽な理由でルシア様ほど有能な方を追放するなんて……。あんまりです。そもそも勇者ともあろう者が色香に惑わされて判断を誤るなんて、常識を疑いますわ」
ラミアは私が追放された顛末を聞いて激高した。
「いや、あなた真っ先に色香を使って私を惑わそうとしたじゃないか」
私はラミアにツッコミを入れた。
「わたくしは、純粋な愛情だからいいんですぅ。ルシア様は悔しくないのですか? アレクトロン王国の大勇者の強さは天界まで届いてましたわ。いずれは魔王を倒して英雄になれたかもしれないのですよ」
ラミアは私以上に怒っていた。
そりゃあ、悔しくないといえば嘘になる。
転職を繰り返したのだって、半分は趣味だが私なりに強くなろうとした結果なのだから。
ただ、アレックスとは旧知の仲で昔は真面目に理想を追い求め、魔王を倒すために努力を惜しまないヤツだったことも知っているのだ。
だから、追放を言い渡されたとき、私は真っ先に自分の非を疑った。
そして、アレックスの真意を知ったとき怒りよりも失望が先に来たのだ。
私の価値はティアナやロザリアの色香以下なのだと言われたも同然なのだから。
「しばらくは、なーんにも考えたくないな。まっ、勇者のパーティーから理不尽に追放される話なんてよくあることなんだ。必ずしも不幸になるとは限らないよ。それよか、ラミアはなんで天界を追放されたんだ? そっちこそ余程の理由があるんじゃないの?」
私はラミアに質問した。
「えぇ、わたくしですか? 実はわたくしはこの前まで新米の【守護天使】だったんです。でもぉ、わたくしの【加護の力】がよっぽど良くなかったのか、担当した勇者さんたちが1年で5人連続で死んでしまって。女神様に、【守護天使】のイメージが悪くなるからって追放されちゃいました」
凄く悲惨な話なのに緊張感の欠ける口調のせいかラミアには悪いが深刻さが伝わらなかった。
要するにこういうことか。
勇者になると、必ず【守護天使】が憑くことになっていたが、コイツは勇者を守るどころか殺してしまったということか。
【守護天使】にも当たり外れがあるんだな。
しかも【守護天使】って勇者としての【実績】を積めば新しく増えるシステムだ。
アレックスのヤツは3人くらい【守護天使】が憑いている【大勇者】だが、毎回大当たりを引いたということだな、1回くらいラミアが担当すれば良かったのに……。
運がいい奴め。
というか、1年で5人って結構なハイペースだな。
それはもはや【加護】ではなくて【呪い】だろう。
「そうなんですぅ、わたくしの【加護の力】は【強大な呪いの力】なんじゃないかって、いつの間にか魔界で評判になってたみたいなんですの。だから魔界の悪魔たちはわたくしが追放されてすぐに【加護の力】を狙ってやってきたのですわ」
ラミアは悪魔に追われていた理由を話した。
あれっ、この堕天使は想像以上にヤバイやつなんじゃないか?
気軽に同行なんて許可して良かったのかな?
私は背筋が冷たくなってきた。
「あれれ。どうして、そんなに離れるのですか? 大丈夫ですわ。わたくしの【加護の力】はキチンと封印してますから。今のわたくしはただの翼の生えている人間と変わりないですわ」
ラミアは私の心の声を読んで、弁解した。
なるほど、封印ねぇ。
些か不安だが、信じてみるとしよう。
あと、ただの人間には翼なんて生えてねぇから。
私たちはアレクトロン王国の隣国であるダルバート王国領の山道を歩いている。
ここから、2つほどの町を越えて城下町を目指す。
ダルバート王国の城下町は【ウィングドラゴン料理】が珍味として有名で、いつかは食べたいと思っていたのだ。
隣国だからダルバート王国には何度か行ったことはあるが、いつも私はティアナとロザリアの反対から食べに行けなかった。
理由はアレックスの作った謎ルール、【外国では寝食は共にする】があったせいである。
つまり、食事は同じ店、宿屋は同じ宿ということがルールで決まっていたのだ。
今考えると、食事はカモフラージュで同じ宿屋の方が本命だったのかもしれない。
その結果、私は隣の部屋でアレックスたちの邪魔を盛大にやらかしたのだが……。
私は追放が決まって先ずは何しようと考えた結果、食べたい物を食べに行こうと考えた。
まあ、我ながら相当食い意地が張っていると思う。
ラミアとの旅は意外なことに中々楽しい。
話し相手がいるというのは、重要なことで、これが一人旅なら、早々に心が折れていたかもしれない。
人というのは案外孤独に耐えられないものなのだろうか。
彼女は、少しばかり抜けていて、危なっかしいところがあるが基本的にはいい子だった。
追放された私を気遣ってかいつも楽しい天界の話をしてくれて、笑わせてくれていた。
自分も追放されて辛いはずなのに……。
そのおかげで、私達は2つ目の町に着く頃には割と仲良くなっていたのである。
正直、ラミアにはちょっとだけ感謝してる。
絶対に調子に乗るから言葉にはしないけど。
――ダルバート王国領、ルーペルーンの町――
私とラミアはダルバート王国に入って2つ目の町であるルーペルーンの町に到着した。
「ルシア様、大きな町ですわね。わたくし、人間界の町にはほとんど行ったことがありませんからとても楽しいですわ」
ラミアはニコニコと笑いながら上機嫌で歩いていた。
「あんまり、大声ではしゃぐなよ。誰かに見られたら恥ずかしいよ」
私は前回の町でラミアが興奮して踊り出して恥をかいたことを思い出し、早めにストップをかけた。
「あら、申し訳ありませんですの。つい、わたくし嬉しくって……。それにしても人間界の町ってこんな時間でもう静かになるのですね」
ラミアはキョロキョロと辺りを見渡した。
確かにラミアの言うとおり、まだ夕方にも関わらず、町の中は深夜のように静まり返っていた。
店も閉まっていて、抜け殻のようになっていたのである。
「いや、静か過ぎる。何かあったのかもしれない」
私は違和感を感じて、警戒心を強めた。
どう考えたってこの静けさ、人通りの無さは異常だ。
【探偵スキル発動】
違和感の正体→消しわすれたたくさんの足跡
足跡の先→教会の内部→たくさんの人間の息づかい
【盗賊スキル発動】
教会内部に鍵を開けて潜入
というわけで、私とラミアは足跡の先にある教会内部に潜入した。
結論から言えば、町の人間の殆どが山賊によって捕まっていた。
そして潜入したのは良いが、私はラミアの気配を消すことを失念していた。
そんなわけで、あっさりと私たちの潜入は山賊たちにバレてしまったのである。
山賊たちは10人ほどで、ニヤニヤと笑って私たちを取り囲んだ。
「お頭、えれぇ美人が入ってきましたぜ」
「ああ、町に思ったよりも若い娘が居なかったから奴隷商人に売れる値段も少ねえって思ってたんだ。ラッキーだぜ」
「ケケケ、その前にもちろん俺たちで味見してもいいんですよね?」
「彼氏の方はどうしやす? 労働力にはなると思いますが……」
はぁ、どうやら奴らは人身売買をするために町の人間をまるごと誘拐しようとしてるらしい。
けしからん連中だ、お仕置きが必要だな。
あと、ラミアは彼氏という言葉に反応するな。
私たちのどこがカップルに見えると言うんだ失礼な。
「それじゃあ、先ずは男の方から痛い目に遭ってもらおうか!」
一番身長の高い山賊が指をポキポキ鳴らしながら棍棒で殴りかかってきた。
【武道家スキル発動】
正拳突き✕秒間10回
私は素早く拳を繰り出した。
山賊は腹に10発の拳を受けて白目を剥いて倒れた。
誰が男だ、それさえ言わなければ殴る回数を半分くらいにしてやったのに。
「こいつ、強えぞ。全員で一斉にやってやる」
お頭と呼ばれた山賊以外が一斉に身構えた。
まったく、可弱い乙女に向かって大の男が8人がかりって恥というものを知らんらしい。
「行くぞ! おりゃあ!!」
山賊たちが一気に襲いかかってきた。
【侍スキル発動】
居合い切り
――バシュッ
「なんだ……。今何をした……」
山賊たちは何が起こったのかわからないという表情で胸から血を流して倒れていった。
さてと、残るはお頭とやらだけか。
10人だけで1つの町を占領するということは、この男の戦闘力が高いということである。
その証拠に部下たちがやられても余裕の表情だった。
「兄ちゃん、中々やるじゃねぇか。どうだい、素直に彼女を置いていけば、命は助けてやるぜ」
髭面のゴリラみたいな男はニヤリと笑った。
「いやですわ。彼女だなんてぇ。もう、どうしましょう」
ラミアはクネクネしながら照れていた。
「沈黙か、答えはノーかい? 色男くん。そんじゃあしょうがねぇな。ハァァァァ!!」
ゴリラ男の筋肉がみるみると膨れ上がり巨大化した。
「どうだい? 兄ちゃん、これは【悪魔との契約】で手に入った【特殊スキル筋肉倍加】だ。これで俺様は常人の5倍の力を手に入れたんだ」
筋肉の達磨みたいになったゴリラ男は勝ち誇った顔をした。
「捻り潰してやらぁ、色男ぉぉぉ!!」
ゴリラ男は突進してきた。
【忍者スキル、武道家スキル同時発動】
分身の術(10人)+正拳突き✕秒間10回=百烈正拳
――ボカン、バコン、メキッ
秒間100発の拳がゴリラ男にめり込む。
何回、男って言ってるんだバカヤロー。
人のコンプレックス弄るんじゃねぇよ。
私は感情を少々爆発させて、ゴリラ男に容赦ない鉄拳制裁を突きつけた。
気がついたときには、顔の形が変形してしまった巨漢が白目を剥いて倒れていた。
いかん、やりすぎたか……。
あと、ラミアよいつまで照れてクネクネダンスを踊っている。