第2話:空から降ってきた【堕天使】ラミアとの馴れ初めの話
「きゃはん。――本当に、大怪我しちゃうところでしたわ。何とお礼を言えばいいのか――。あっ、申し遅れました。わたくしは、ラ、ミ、ア、ラミアと申しますの。あなた様のお名前をぜひ教えてくださいまし」
ラミアと名乗った彼女は上目遣いで私の名前を聞く。なんか、あざとい感じの娘だな。翼がバサバサ動いてるし……。
「私はルシア=ノーティス。それで、君はいったい何者なんだい……?」
とりあえず、名前を名乗った私は、ラミアとやらに最初の質問を繰り返した。黒い翼をもつ女――多分人間じゃないと思うんだけど……。
「あぁ、ルシア様ですかぁ。見た目も名前もとぉってもカッコイイですわぁ。しかも、わたくしの体をしっかりと受け止めてくれた逞しい剛腕……。わたくしはもう――一目惚れしましたわ」
ラミアは目をキラキラさせて、私を見つめていた。
駄目だ――ラミアは話を聞かないタイプだ。
やっ、やめろ、抱きついてくるな! だから、お前はなんなんだ?
「ふぇっ……、わたくしですか? ちょっと天界で色々あって追放された天使ですの〜」
ラミアはあっけらかんとした表情でやっと私の質問に答えた。
こいつも追放されたのか、今日は追放に縁があるなあ。
「ふーん、君はいわゆる【堕天使】ってことか。なんか、【堕天使】ってこう、もっと恐ろしい存在ってイメージだけど……。ていうか、そろそろ離れてくれないか」
私はラミアを無理やり引き離す。腕を首に絡めてくるから、暑苦しかった。
「えー。わたくし、もっとルシア様とくっついていたかったですのにぃ。――あっ、あと、大事なお話を忘れてましたの。聞いてくださいまし……」
ラミアは私に近づいて耳打ちした。まるで、ヒソヒソ話でもしようとするように……。
何だ? 大事な話って? もしかしてあれか? 今空から降ってきている化物たちのことを言っているのか?
尖った耳に紫色の肌、黒い翼。あれは、悪魔って奴だな……。
うわっ、やたらとデカイ体のやつも居るじゃないか。
「実は、わたくし悪魔の集団に追いかけられてまして、もうすぐここにやってきますの。だから、早く逃げたほうがよろしいですわ〜」
ラミアはゆっくりとした口調で私に話した。
もう手遅れだよ、上を見ろ上を! いや、首を傾げても可愛くないから、
あれだろ? あなたを追いかけてきた悪魔って。私は指を上に向けて、ラミアに状況を伝えた。
「あっ、もう悪魔たちが来ちゃってました〜。ルシア様、申し訳ありません。わたくしが囮になりますので、お逃げくださいまし。大丈夫です、少しなら時間を稼げますから。死ぬ前にルシア様みたいな方に出会えて幸せでした〜」
ラミアは涙目で目をウルウルさせながら、精一杯真剣な表情でそう言った。
なんか、『愛する者のために命を懸けるわたくし』、みたいな演出だしてる感じだけど、悪魔の狙いって最初からあなただけだからね!
私は部外者で、そもそも関係ないし……。
「早くお逃げくださいっ! ルシア様ぁ……」
ラミアのやつ、ホントに真剣な顔をしてるな……。
まったく、関係ないとはいえ、こういうのは見逃せないんだよね。性格的に――。
一番先頭の悪魔がラミアをサーベルで切り裂こうとした。
「はっ! とりゃあっ!」
私はジャンプしながら廻し蹴りを悪魔の顔面に直撃させた。悪魔は吹き飛ばされて地面に激突した。
「ふわぁー、ルシア様、すごいですわぁ」
ラミアが歓声を上げて熱烈な視線を送ってくる。気の抜ける声は少しだけ控えてもらうとありがたい……。
本来、並のモンスターならこれで倒せるのだが、この悪魔相手にはそうはいかないらしい。
蹴った感触で肌が鉄並みに硬いことがわかった。やっぱりダメージは少ないみたいで、すぐに立ち上がった。
実は私はほとんど丸腰だ。国境を出るとき、勇者からの通達で武器と防具がほとんど没収されたからだ。
アレックスにこんな嫌がらせされるなんて……、まったく女関係を拗らせるとこうなるのか……。
こういう時に役立つのは今までの職業の経験だ。私は即座に暖房用の練炭を袋から出した。
【錬金術師スキル発動】
練炭→ダイヤモンド
【鍛冶屋スキル発動】
ダイヤモンド→ダイヤモンドの剣
これで、即席の武器は手に入った。
柄の部分の装飾が少しばかり気に食わないし、ダイヤモンドは衝撃に弱いのが難点だが……、時間が無いので仕方がないよな。
悪魔は、全部で4体居るみたいだな。
【剣士スキル、魔法使いスキル同時発動】
胴体斬り+初級雷系魔法=雷帝斬り
私は中段に剣を構えて、雷撃魔法を剣に纏わせて悪魔たちを胴切りにする――。
「「げぎゃぁぁぁっ!」」
悪魔たちは剣撃と雷撃を同時に受けて絶命してしまった。
「ルシア様ぁ、とってもお強いんですね。わたくし、決めましたの。ルシア様に一生付いていきますわ。おそらく、名のあるパーティーに所属していると思いますが……。お供させてくださいまし」
ラミアは私に抱きついて、そんなことを嘯いていた。名のあるパーティーねぇ……。
「断る。私は勇者のパーティーを追放されたんだ。適当に放浪するだけだから一緒に来てもつまらないよ」
冗談じゃないよ、こんなトラブルメーカーに付いてこられてたまるか――。
まぁ、私がただの追放者だと知れば、興味もなくすだろう。
「ええー。ルシア様って追放者なんですか」
ラミアはオーバーなリアクションと共に驚いた顔をした。
そうだ、私はならず者だ。失望したろ、さっさと立ち去るがよい。
「わたくしと一緒ですわぁ。わたくしたち追放仲間ですね〜♪ これって運命じゃないですか?」
「はぁ?」
瞳をキラキラさせながら、心底嬉しそうな顔をしたラミアを見て、私は心の中で盛大にズッコケた。
――というか、追放仲間ってなんかムカつくな。
「だから、ダメだって。大体、そんな真っ黒な翼が丸見えの【堕天使】に付いてこられたら大騒ぎだよ。私は静かに旅をしたいんだ。わかったら、どこかに行きなさい」
私は迷惑そうな表情を全面に出して再びはっきりと断る。最初からキッパリと言えばよかった……。
「ああ、翼でしたらほらっ、簡単に消せますよ。ねぇ、お願いします。わたくし、ルシア様に一生尽くしたいのですわぁ」
ラミアはぎゅーっと私の腕に胸を押し付けてくる。そして、上目遣いでゆっくりとこう言った。
「何でもしますわぁ……。本当になんでも……」
艷やかな表情で甘美な声を響かせた。
なんで、彼女はこんなことをするのだろうか? ダメだと何度も言っているし、頭が悪いのだろうか?
「あれぇ、ルシア様ってなんか変ですよ。わたくしが手に入れた情報によれば、男の人はこうすれば言うことを聞いてくれるって教えてもらったのに〜。むぅ〜」
ラミアはほっぺを膨らませてそう言った。
なるほど、確かにアレックスなら簡単に言うこと聞きそうだな。それで、さっきからやたらとベタベタとスキンシップをとっていたのか。
天使とはそういうものだと勘違いするところだった。早い話、色香で私を釣ろうとしていたのだな。
おい、アホ堕天使、君の作戦は根本から間違っているぞ。私は気が進まないが、ため息をついてこう言った。
「私は、女だ……」
ああ、腹が立つ……。何が楽しくてこんな宣言をせねばならんのだ――。
「へっ、ルシア様が女――。えぇっっっ! 嘘ぉぉぉっ!」
絶叫するラミアの声が荒野の中を木霊する。
いやいや、そんなに驚かなくたっていいだろう。確かに髪は戦いの邪魔になるから短くしてるし、身長も180センチ超えてるし、化粧なんて面倒なことは普段からしない。
まぁ、さらに言えば、地声が低いうえに胸もないし、口調もこの通りだ。
だからといって、そんなに絶叫しないでくれ。ちょっと傷付くじゃないか……。
まぁいいや、私が女だとわかればさすがに彼女の関心もなくなるだろう。悪かったな、いい男ならどこかにいるさ――。
「まぁいいかぁ。愛のかたちは色々ですし。ルシア様に一目惚れしちゃったのは紛れもない事実ですもの」
ラミアは唇に人差し指を付けながら呟いた。
おいおい、なんて恐ろしいことを呟いているんだ。
天使っていうのは、見境ないのか? はたまた、見境ないから彼女は【堕天使】なのか?
「ルシア様、天界を追い出されて本当に行くところがないんです〜。お願いします、お供させてくださいまし。変なことは致しませんから」
ラミアは涙目で懇願した。
いやいや、変なことってなんだ? 確かに私と同様行くところがないのは同情するが、彼女を連れていった結果、私の貞操が危うくなるのは御免だぞ。
本当に何もしないのだな? 絶対だぞ、フリじゃないからな。
「――はぁ、わかったよ。とりあえず、飽きるまで付いてくればいいさ。よく考えると私も独りは寂しいからな」
私は根負けして、ラミアの同行を許可した。
「ありがとうございます! わたくし、精一杯ご奉仕させていただきますわ」
ラミアは再び遠慮なく私に飛び付いた。
「だから、くっつくな! そういうことは男にやれ!」
「嫌ですわ! わたくし、浮気はしませんの!」
このアホ堕天使! 浮気ってなんだ? どうして既に彼女気取りなんだ?
もしかして、私は選択を間違えたのか?
かくして、非常に遺憾ではあるが、勇者のパーティーを追放された私と天界を追放された【堕天使】ラミアの追放コンビの放浪の旅が始まった――。