第17話:決勝戦当日、アレクトロン王国の【魔法剣士】と試合前におしゃべりすることになった話
決勝戦に向けて、朝から晩まで訓練漬けの合宿を一週間行なった。
その結果、ダルバート王国チームの力は大きくレベルアップし、決勝戦の日を迎えた。
――ボルメルン帝国、【天武会】会場前、馬車降り場――
「おっ、来たぞ! 今大会のダークホース。ダルバート王国チームだっ!」
「取材、取材!」
「エリス王女、相変わらずなんて凛々しいんだ……」
「ねぇねぇ、あのタキシードの素敵な方って誰なの?」
「あら、ご存知ないの。ダルバート王国チームの躍進の立役者、ルシアール様よ」
私達は馬車を降りると待ち構えていた取材陣に取り囲まれた。
「うわぁ、準決勝の時もいたけど、もっと沢山集まってきたよ」
ルーシーは少し怯えていた。
「こんなこともあろうかと長めにお化粧をしていて良かったです」
マリアは微笑みながら手を振った。
「……とにかく眠い」
ターニャは目を半分閉じていた。
「はいはい、あたしが全部質問は受け入れるから。はい、そこの赤い服のあなたから、どうぞ……」
エリスは馬車を降りるなり取材陣を取り仕切っている。
こういうときに、彼女は王女なんだなってことを思い出す。
「ラミア、先にターニャ達を連れて控室に行きなさい。これはさっき馬車で書いた、個別に宛てたメモだから読ませていて。私はエリス様を待っているから」
私は【勇者候補】達をなるべくリラックスさせたかったので、ラミアに指示を出した。
「承知致しましたわ。ルシアール様」
ラミアはにっこり笑って了承した。
ラミアに連れられて、ターニャ達は控室に向かっていった。
さて、エリス様の取材は……。
まだかかりそうだな、気長に待つか。
「ルシア……先輩? ルシア先輩ですよね?」
後ろから私の本名を呼びかける声がする。
「はて、どなたかと見間違いをしてませんか? 私はルシアールですが……。あれっ君はアレクトロン王国チームの……」
私が振り返るとアレクトロン王国チームのあの【魔法剣士】の女性が立っていた。
右胸に赤い薔薇の紋章が付いている白い鎧を装備していて、赤色の長い髪をした美しい顔立ちで、身長は私と同じくらい高かった。
「ふふふ、相変わらずですね。先輩は……。私はあなたにずっと憧れて見て来ましたから、そんな変装くらいじゃ見間違えたりしませんよ。アレックス先輩のことでその格好をされているのですね?」
いや、まったくもって正解だが、あなたのことを私は知らないのだが……。
「あっ、すみません。ルシア先輩は私のことなど存じ上げませんよね。私はグレイス=アル=セイファーと申します。セイファー家の長女でして、今年のアレクトロン王国チームのリーダーです」
赤髪の女はグレイスと名乗った。
セイファー家ってあのアレクトロン王国の貴族の中でも武芸一族として有名なあそこか。
道理でこの子はこの若さで【魔法剣士】になれたわけだ。
英才教育ってやつだな。
「変幻自在の職業、自由奔放の戦術、天下無双のスキルの使い手であるルシア=ノーティス先輩に憧れて私は【勇者候補】に志願しました。今年はアレックス先輩のパーティーが我々を担当してくれると聞いて、あなたに会えることが楽しみでした……」
そこまで言うと、グレイスは哀しそうな顔をした。
まぁ、私が追放されてなきゃ、私は今頃そっちのチームの育成に邁進していただろうからな。
「あなたが居なくなったと聞いて、胸にポッカリと穴が空いた気分でした。【魔法剣士】になったのも、武芸百般のルシア先輩に一歩でも近づくためだったのに……。でも、準決勝の日、観客席でルシア先輩を見つけた時は嬉しかったです。私の戦いが見てもらえると思っただけで闘志が湧いてきました」
グレイスは真っ直ぐに私を見つめた。
まさか、ジプティア王国チームをほぼ一人で壊滅させたのって私に見せるためだったのか……。
「そして、私には夢が出来ました。【天武会】で優勝して【勇者】になり、私のパーティーにルシア先輩が入ってもらうという夢です。そして、あのクソ、じゃなかった、アレックス先輩よりも【実績】を残して目にもの見せてやるのです」
グレイスは顔を更に私に近づけた。
いや、追放された国に戻る気は無いぞ。
なんか、この子の目がちょっと怖い。
「ルシア先輩は、こんなところにいて良い人じゃないんです。みんな何でそれを知らないんだろう。そうだ、私が【勇者】になったらルシア先輩の素晴らしさを語り合う集会を開きます。週5で。ルシア先輩が好きなキラービーの幼虫の唐揚げをみんなで持ち合って、先輩が如何に凄いのか、どうやったら世界中にそれを知らしめることが出来るのか話し合い、活動していくのですよ。ルシア先輩、ずっと、ずっーと見てました。誰よりも強くて美しく、カッコいいあなたを……。絶対に取り戻します。必ず迎えにきますので、待っていてください。ウフフフフ」
グレイスは早口で話した。
「…………」
めっちゃ怖えよ、怖いよ、この子は何なんだよ。
憧れてくれてるのはいいけど、方向性間違ってるよ。
「あのバカ勇者……、じゃなかった、アレックス先輩の言うことを聞くのは屈辱ですが、必ず圧勝してみせます。そうしたら私のパーティーに来てくれますよね? 約束ですよ、ルシア先輩……」ニヤア
グレイスの歪んだ笑顔に私は呆然と見つめることしか出来なかった。
本当に知らない子なんだけど、どこから私のことを見てたんだ?
グレイスの姿が見えなくなった頃、エリスの取材も終わったようだった。
「どしたの? ルシアール、顔が青いわよ」
エリスは私を心配した。
「いえ、私が追放されたことにより、私以上に心の闇が広がった人みたものですから……」
私は絞り出すように声を出した。
「何それ? 全然わからないわよ。じゃあ、あたしはその逆ね。あんたが追放されたおかげで、心が洗われたもの。ありがとね」
エリスは優しく私の手を握りそう言った。
「あー、エリス様ぁ。わたくしの、ルシアール様に近づきすぎですのぉ」
ラミアがこちらに駆け寄ってきた。
誰が「わたくしの」だっ!
「ふふ、ごめんね。大丈夫よ、あたしは【ラミアのルシアール】を取ったりしないわ」
エリスはラミアの顔を見てそう言った。
いや、違うからね。
エリス様、微笑ましいものを見る目で私達を見ないでください。
ラミア、いい加減に離れろ!
――【天武会】、ダルバート王国チーム、控室――
「この部屋に入るのも、今日で最後だな。何度も言ったけど、よく付いてきてくれた。これは誰でも出来ることでは決してない。誇ってくれ。そして、もう一度この部屋に戻ってきて、思いっきり泣こう。もちろん嬉し泣きだ! 自分を信じて、訓練の成果を出してくれ。そうすれば必ず勝てる!」
私は【勇者候補】達に最後の声かけをした。
「はい、ルシアール先生。私は出来ることを活かして勝利に貢献してみせます」
マリアは頭をぺこりと下げた。
うん、マリアは器用な子だからきっとターニャを上手くサポート出来るさ。
「命がけの特訓の成果を見せてやる。やったるぞー」
ルーシーは底抜けに明るいムードメーカーだ。
ビビらず真っ直ぐに頑張れ!
「……まぁ、なんとかしてやる」
ターニャよ、お前はこの場でもその落ち着きっぷりは大物だな。
お前は天才だ、全世界に才能を見せつけてやれ。
「ルシアール、いえルシア。あんたがここまで連れて来てくれた。だから、あたしはもう一度、『ありがとう』って言えるために全力で勝ってくるわ」
エリスはいつも以上に凛々しい表情だった。
かくして、ダルバート王国チームは決勝戦の舞台へと足を進めた。
私は短い期間で成長した彼女達を見て、心に燃え上がる何かを感じていた。
「行こう、ラミア! 喉が千切れるまで応援しよう!」
「はいっ、ルシアール様。もちろんですわ」
私とラミアは観客席へと向かった。
次回、【天武会】編クライマックス、決勝戦開始!




