第14話:決勝戦進出を喜んでいたら、泥棒を捕まえることになった話
【天武会】準決勝、ボルメルン帝国チームの猛攻に大苦戦を強いられた、ダルバート王国チームは一瞬の勝機を見逃さずにサークレットの破壊に成功した。
ダルバート王国チームは見事に決勝戦に進出したのである。
――【天武会】、観客席――
「うおっしゃぁぁ!」
私は思わずガッツポーズした。
「うーん、見事だねぇ。やったな、ダルバート王国チーム、最高だ」パチン
隣の男と私はハイタッチした。
「皆様、とってもお強くて素敵ですわ。本当におめでとうございます。ふぇーん」
ラミアはボロボロ泣きながら喜んだ。
「凄いのを見たなぁ、完全に総合力はボルメルン帝国が上だったのにねぇ。特に今回の殊勲賞はターニャちゃんだろうなぁ。最後の攻撃は仲間の技が決まる瞬間を読んでなきゃクリーンヒットしなかっただろうからねぇ」
隣の男の言うとおり、あの一撃には私も驚かされた。
というか、この人は本当に【天武会】を楽しんでいるな。
「ラミア、お前が泣いてどうする。早く皆を褒めに行くぞ。あっ、お茶をどうもありがとうございました」
私は隣の男に会釈して、泣いているラミアの手を引いて控室に行った。
――【天武会】、ダルバート王国チーム、控室――
「決勝戦進出したぞー! みんな、ほんっとうに良くやってくれた!」
私は満面の笑みで、皆をねぎらった。
「やったわ、ルシアール。あたし達の国が決勝戦なんて20年振りくらいかしら。とにかく大ニュースよ。あー本当に感慨深いわ」
エリスは少し涙ぐんでいた。
「ボルメルン帝国チームはめっちゃ強かったから、怖かったよ。頭に当てる練習頑張っといてよかったー」
ルーシーはホッと胸を撫で下ろした。
そうだな、お前が当ててなかったら流れが変わらなかったもんな。
私はルーシーに殊勲賞をあげたい。
何気に体を張ってマリアの【大声砲弾】を当てるスキも作ってくれてたし。
「喉がイガイガします。この技は連発は無理そうですよ」
マリアはラミアから水を受け取りながらそう言った。
まぁ、喉って中々鍛えられないし私でも連発すると痛いからね。
最後の一撃は見事だった。
決勝戦でもこの技が活躍する場面はきっとある。
「…………ルシアール先生、クッキー買ってきていいか?」
ターニャは傷の手当をしながらそう言った。
さっきも隣の男と話してたけど、あの技のタイミングは凄かった。
この子の伸び代は本当に果てしない。
クッキーはもうちょっと後でな。
「みんな、本当にお疲れ様。私とラミアは1時間後の準決勝の第二試合を偵察したら戻ってくるから、それまでは自由に休んでいてくれ。それじゃ…………」
私は解散と言おうとした。
「きゃああああ、泥棒ぉぉぉぉよ!!」
控室の外で叫び声が聞こえた。
――がたっ、ダッダッダ
更にすぐ近くで誰かが物音を立てて走り出した音が聞こえた。
「ルシアール、捕まえなさい!」
エリスの命令と同時に、私は扉の外に飛び出した。
白いシャツを着た黒髪の人が走ってどこかに行こうとしている。
小脇に何か袋を抱えているみたいだ。
私から逃げられると思うなよ。
【仙人スキル発動】
流水乱舞
私はスピードに乗って、流れるような動きで鋭い打撃を白シャツにお見舞いしようとした。
――バシュ、スッ、スカッ
私の連打は一撃だけ頬を掠っただけで、あとは全て躱されてしまった。
嘘だろ?
【勇者】アレックスでさえ、私の後ろからの攻撃をここまで完璧には避けられないぞ。
――バシッ
避けられた上に、掴まれた?
なんてことだ、ただの泥棒じゃないのか?
「あれっ、君はさっきの?」
白いシャツを着た人がこちらを見た。
先程みた無精髭で前髪の長い男性に私の腕は掴まれていた。
「あっ、隣に座っていた……」
私は自分の技が決まらなかったことと、さっきの隣の男が目の前にいることの二つに驚いた。
「いやぁ、【天武会】の施設内で泥棒をする不届き者が出たと聞いたからさ。コートを脱いで追いかけていたんだけどねぇ、まさか君からこんなに鋭い打撃を受けるなんて驚いたよ」
隣の男も泥棒を探していたようだ。
「早とちりして、攻撃してごめんなさい。もう一人近くで走っている人の気配がします。泥棒はその走っている人かもしれません」
私は全神経を集中して、場所を特定しようとした。
【探偵スキル発動】
形跡追跡→心拍数の異常に高い人間を察知。
「あっちです」
「あそこがあやしいねぇ」
私と隣の男は同時に同じ方向を指さした。
この人、探査能力もあるんだ。
「いてぇよ、わかったから。盗んだものは返すよ。だから、助けてくれぃ……」
やれやれ、お前のせいで名前も知らない人に殴りかかってしまったんだぞ。
私達の勘はビンゴで【天武会】の運営者達の部屋から盗みを働いた【不届き者】を捕まえることができた。
「本当に、先程はごめんなさい。危うく、無実の人を気絶させるところでした」
私は隣の男に謝罪した。
「ああ、別にいいよ。間違えるのも無理ないし。でも、あれは僕じゃあなかったら絶対的に意識を飛ばされただろうなぁ」
隣の男は頬が切れて血が少し出ていた。
「あっ、血が出てる。今、回復魔法を使います」
私は隣の男の治療をしようとした。
「はっはっは、そんなのいらないよ。この
傷は記念品さ、滅多に受けられないくらいの素晴らしい連打だったからねぇ」
隣の男は上機嫌そうに笑っていた。
「変わってますね。私も人のことは言えませんが。ところで何故、控室の近くに居たのですか?」
私は一番気になることを質問した。
「えっ、ちょっと言いにくいなぁ。……実はさ、出待ちをしていたんだ。どうしても、ダルバート王国チームのサインが欲しかったからねぇ」
隣の男は頬を赤らめて頭をボリボリ掻きながらそう言った。
「へっ、出待ちですか? 彼女たちの?」
私は素っ頓狂な声が出た。
「いや、だってファンになっちゃったからさ。なんとかお願いできないかい?」
隣の男は手を合わせて頭を下げた。
「まぁ、私は彼女たちの指導者ですから、出来ますけど……」
私はこれで無礼が許されるならと、了承した。
「あー、恩に着るよー。ジェノスさんへって書いてもらってくださいな。やっぱり君が指導者だったか、ターニャちゃんと同じ技を使ってくれたからすぐに分かったよ。男装は趣味なのかい? ルシアールちゃん」
隣の男はジェノスと名乗り、抱えていた袋から色紙を渡してきた。
って、私の男装まで見破るって何者だ、この人。
「ジェノスさんですね。男装ってよくわかりましたね。まぁ、ちょっとした理由があるのですよ。本名はルシア=ノーティスです」
私は女だとひと目で見破られたのが嬉しかったからなのかつい本名を言ってしまった。
「ふーん、ルシアちゃんか。君のチームにも驚いたけど、君から感じる戦闘力には更に驚いてる。どこのパーティーに所属してるんだい?」
ジェノスの眼光が一瞬だけ鋭くなった気がした。
「あははは、ちょっと前に追放処分を受けちゃって、今は冒険者は引退しちゃいました。だから指導者だけしかやってないですね。もう、魔王討伐の冒険に戻ることはないでしょう」
私は笑いながら話した。
「ええー。君ほどの実力者が勿体無いよぉ。せっかく僕ぁルシアちゃんのファンにもなったのにさあ。うわぁ、残念だなぁ。いや、絶対に他のパーティーに入ってでも現役に復帰したほうがいいよ」
ジェノスは顔に手を当てて残念がった。
私のファンって、変な人だなぁ。
「まっ、今の仕事はやり甲斐があるんですよ。彼女たちの成長を見るのは実に楽しいです。だから、ジェノスさんも決勝戦は楽しみにしておいてください」
私はジェノスという男に少し好感をもった。
「ははっ、そこまで言うなら残念だけど君の現役復帰は諦めるよ。絶対に決勝戦は見に行くから、また会おう」
ジェノスは私に握手を求めてきた。
「はい、是非ともまた。ところで、次の試合は見に行かないのですか?」
私はジェノスと握手をしながらそう言った。
「それなんだよぉ。僕ぁ、すっごく見たかったのにさぁ、部下から急な呼び出しがあって地元に戻んなきゃならなくなったんだよ。可哀想だろ? まぁ、第一試合が面白かったからまだマシなんだけどさ。だから、決勝戦の日にサインを受け取ってもいいかい?」
ジェノスは少し涙目だった。
「ああ、そうなんですか。サインの件は良いですよ。ジェノスさんって何をしてる方なんですか?」
私は疑問に思って聞いてみた。
だって、私の攻撃が効かない人間なんて只者のはずがないからな。
「うーん。それは、秘密にしとこっかな。お互いのために。とりあえず、今は君の友人兼ダルバート王国チームのファンってことで……」
ジェノスはウィンクしてはぐらかした。
そして、私の返事も待たずに歩いて行ってしまった。
「本当に何なんだあの人……まっいいか」
私は疑問で頭がいっぱいだったが、とりあえず次の試合の偵察に行くことにした。
私の友人か……、悪い気はしないな。




