第11話:準決勝で勝つために、【勇者候補】達に個別にスキルの指導をする話
ダルバート王国チームは2回戦を危なげなく勝ち上がった。
準決勝の相手、ボルメルン帝国チームはパーティーに賢者が2人いる強敵である。
――ダルバート宮殿、鍛練場――
エリス達は訓練前の鍛練場350周をこなしていた。
その間に私は訓練の準備をした。
「ルシア様ぁ、こんなもの何につかうんですかぁ?」
ラミアは高さ1メートル、幅が50センチメートルくらいのガラスの板を幾つも運んできた。
「おっ、ご苦労さん。壁際に立て掛けて置いてもらえるか」
私はラミアに指示を出した。
「わかりましたわ。ふぅ……」
ラミアはよろけながらガラスの板を壁際に設置する。
これで、最初の訓練の準備が出来たぞ。
エリスはもう350周終わったのか、早いな。
その次はターニャか、そしてルーシーとマリアが同着だな。
「はぁ、はぁ、ルシア先生……、これって何周まで増えるのですか?」
マリアは息を切らせながら私に話しかけた。
あーそろそろ、少しずつ走る距離を伸ばしていることにツッコミが入ったか。
「うーん。とりあえず500周までを予定してるよ。大丈夫、マリアも確実に体力ついているからさ。もう少しだけ、頑張れるかい?」
私はマリアに尋ねた。
流石にギブアップでも仕方がないか。
まぁ、それでも十分他国の【勇者候補】の平均以上はあるからな。
「よかったです。てっきり、1000周以上まで永久に増え続けるかと思ってました」
マリアはほっとした表情になった。
いやいや、私だって馬鹿じゃないんだから、限度は心得てるって。
でも、怖かったんだな、説明不足の私が悪いな。
「じゃあ、今日の訓練内容を説明するよ。あのガラスの板を見てくれ」
私はラミアに立て掛けてもらった、ガラスの板を指さした。
【武闘家スキル発動】
大声砲弾
「ダァァァァァァッッッッ!!!!!!!」
私は声帯を筋力で最大限に震わせて声を出した。
大声による音の波動が一直線にガラスに向かった。
――バリーン
立て掛けられていたガラスの板は粉々に吹き飛んだ。
「ふぅ、じゃあこれを今からみんなに……」
私はエリス達に声をかけようとした。
「なに? 何も聞こえないわよ。キーンとして」
エリスが私にそう訴えた。
しまった、加減を間違えて大声の範囲を広げ過ぎた。
10分後……
「いや、すまない。まぁ、要するにだ、ただの声でもこれだけの威力が出せるんだ」
私はみんなの耳が回復したのを確認して話し始めた。
「でも先生、これじゃサークレットは割れないし、殺傷能力も低いんじゃないの? 耳を塞げば防げるし」
ルーシーは手を上げて発言する。
「うん、もちろんこれは敵を倒すのに適した技ではないよ。でも、使いどころを間違えなければ便利なんだ。じゃあルーシー、今度は君にこの耳栓をつけてもらって、そこに立ってもらおうか」
私は見てもらうことが一番早いと思い、ルーシーに耳栓を渡した。
「それじゃあ、もう一度。ダァァァァァァッッッッ!!」
私はルーシーに向かって大声砲弾を放った。
「あばばばばば……」
ルーシーは小刻みに振動して目を白黒させた。
「かっから……たが……ちびれて……うこげない」
ルーシーは一歩も身動きが取れなくなった。
「実は体の中の60パーセントは水なんだ。私の大声砲弾は大きな声と言うより、声の波による振動を最大限に増幅させて放っている。体内の水分が大きく揺らされるとしばらく動けなくなるからね」
私は技の説明をした。
「そして、動きの止まった敵はこの通り……。やりたい放題さ」
私は墨でルーシーの顔に落書きをした。
「「「おおー」」」パチパチ
エリス達は拍手をした。
「なるほど、賢者対策というより、格上相手の奇襲のための戦術を考えたのね。確かに相手の動きを止めることが出来れば有利だわ」
エリスは頷きながらそう言った。
「でも私は駆け出しの【武闘家】ですが、とても出来る気がしませんわ」
マリアは頭を振った。
「うーん。簡単じゃないけど、マリアにはこの半分くらいの威力は目指して欲しいな。他のみんなは別の技の習得があるから、一瞬動きを止める程度で合格だ」
私はマリアには【武闘家】としての極意まで覚えて欲しかった。
「そうね。【武闘家】の技を本気で私達全員が覚えるのはむずかしいわ。マリア以外は嗜む程度でと言うことね」
エリスが概要を理解した。
「……ルシア先生。もしかして、他の技も相手の動きを止めるものか?」
ターニャは更に先を理解しているみたいだ。
「おっ、鋭いなーターニャ。大正解だ。準決勝は【状態異常】狙いで徹底的に攻める。私も昔苦しめられたんだ。完全に格下のモンスター達にパーティー全員の動きが封じられちゃってさ、危うく全滅するところだったんだよ」
私はニヤリと笑った。
「ねぇ、先生。顔洗ってもいい?」
ルーシーはようやく動けるようになって、不機嫌そうな声を出した。
結構上手な髭を書いたんだけどな。
やっぱり気に入らないか。
【大声砲弾】習得のための訓練が始まった。
私は何度も実演し、コツを教えた。
おかげで私の喉はカスカスになってしまった。
特訓の甲斐があり、マリアは初日にガラスの板にヒビを入れるまで成長した。
さあて、マリアにはこのまま頑張ってもらって、他の子達にも技を教えなくては。
「じゃあ、エリス様にはこの技を覚えてもらいます」
私は木刀を構えた。
【剣士スキル発動】
スリーパーソード
私は木刀をゆっくりと動かし、切っ先に注意を向ける。
そして、意識が切っ先に完全に集中させた瞬間を見切って、高速で刃を回転させた。
「えっ、なによこれ……。そんなことで…………。あた…………し………………zzzz」バタン
エリスは眠りに落ちて倒れてしまった。
「…………はっ。えっ、あたし寝てた?」
エリスはビックリしていた。
「寝てましたよ。少しだけですが……」
私はエリスにそう言った。
「あんたの動きを追ってる内に、意識が飛んじゃって……。恐ろしい技ね」
エリスは技を受けて感心していた。
「まぁ、戦闘中は興奮状態にありますし、成功率は低いですけどね。でも、一瞬でも意識を奪えたら儲けものです」
私は木刀の動きを見せながら説明をした。
「そうね。やってみる価値はあるわ。最初から教えてちょうだい」
エリスは特訓を始めた。
【魔法使い】のルーシーにはこれを教える。
【魔法使いスキル発動】
意識混乱魔法
私はルーシーの頭を狙って、手をかざして魔法を使った。
「うーん。あれぇ、ボクはどこ、ここはダレだーい? うふふふふ」
ルーシーは酔っ払ったような感覚になった。
「はい!」パチン
私は指を鳴らした。
「はっ、あれぇ。ボクは何を……」
ルーシーは正気に戻った。
「この魔法は相手の頭を正確に狙う必要がある。格上相手に頭を狙うのは至難だが、決まると同士討ちも期待できる。ある意味、攻撃魔法よりも強力だ」
私はルーシーに魔法の使い方を指南する。
「ねぇ、先生。なんで、ボクだけ2回も攻撃を受けてるの? 【大声砲弾】はマリアが受けたほうが良かったんじゃないかな……」
ルーシーは私をじっと見ながらそう言った。
「…………ごめん」
私は言い訳せずに謝った。
ルーシーは魔法自体はすぐに習得したが、頭を狙って当てるという行為に苦戦していた。
最後はターニャだ。
とりあえず、組手をしようか。
うん、やっぱり体術のスジがいい。
4人の中で私の攻撃をたとえ手加減したものでも避けたことがあるのはターニャだけだった。
うぉっ、後頭部からフェイントを入れて顎を狙うか……、合理的に人体を破壊しようとしているな。
さあて、そろそろ技を教えるとしようか。
【仙人スキル発動】
秘孔束縛
私は人差し指に力を集中させて、ターニャの四肢を止めるツボを正確に射抜いた。
「…………!!」
ターニャはダランと手を下ろして、動けなくなった。
「これも、当てるのは大変だけど、上手く行けば長時間敵を無力化できる。まあ、普通の力だと30秒くらい止められるかな。手加減したからもうすぐ動けるようになるよ」
私はターニャにツボの場所を教えながら、技を当てるコツを伝授した。
「ビリビリする……。…………zzzzzz」
おい、こらスキあらば寝るな。
まったく、デキがいいけどこういうところがなぁ。
叩き起こして、少し他の3人よりも厳しく特訓した。
特訓の甲斐があって、ターニャの秘孔束縛は並の人間なら一撃で1分は動きが止められる威力にまで成長した。
この子はもう少しガツガツした性格だったら神に選ばれてもおかしくなかったな。
間違いなく戦いの才能は勇者レベルだと思う。
こうして、4人にはそれぞれ、相手の動きを止めるスキルを教えた。
大声砲弾だけは全員がある程度使えるように、特に念入りに指導した。
おかげで毎日喉の薬を飲む羽目になったが……。
特訓の甲斐があってか、一週間で彼女達は実践レベルにまでスキルを磨いたのである。
そして、いよいよ【天武会】の準決勝の日がおとずれた。




