第1話:88回の転職を繰り返したら勇者に追放と言われた話
「今日呼ばれた理由はわかってるよね?」
部屋に入ってから、勇者から開口一番に言われたこのセリフ。いやぁ、全く身に覚えが無いんだが……。
私が黙っていると、彼は察しが悪いといった表情で今度ははっきりと言われた。
「率直に言うよ、このパーティーを出ていってほしい。君の行動は秩序を乱す。悪影響なんだよ、栄光のアレクトロン王国の勇者のパーティーには、ね」
勇者である、アレックスは青色の長髪をかき上げながら私に追放を宣告する。
私の行動が秩序を乱す――か、もしかして転職を繰り返していたことだろうか?
確かに私は少々飽き性だ。実際、このパーティーに入ってから実に88回の転職をした。
【戦士】、【武道家】、【魔法使い】から始まって、【錬金術師】、【踊り子】、【盗賊】、あー、【羊飼い】なんかもやったなぁ。
ただし、誤解の無いように言いたいのは、私はこれらの職業は必ず最高ランクまで極めてから次の職業に移っている。
転職は趣味だが、趣味にも誇りを持っていて中途半端にしたことは一度もないのだ。
しかも、今まで経験した職業のスキルは一つ足りとも忘れていない。
「というわけだ、幼馴染みの君を切るのは些か心苦しい。でも、苦情があまりに多かったのでね。まっ、これから大変だと思うけど頑張ってくれ。もう会うことはないかもな、ルシア」
アレックスは淡々とした口調で、私の脱退手続きを進めていた。心苦しいと言ってる割には、妙に顔がにやけて嬉しそうだということは見なかったことにしよう。
こんなに嬉しそうな彼は見たことないし……。
仕事が迅速で正確な彼のおかげで、転職を繰り返した私はその日のうちに晴れて無職。
なぜなら、勇者のパーティーを脱退するってことはこの国のギルドに所属できないのだから。
それだけ追放処分のペナルティは重い。つまりパーティーからの追放は国からの追放に等しい。
そんなわけで、私ことルシア=ノーティスは大国アレクトロン王国から出ていくこととなった。
冷静になって、考えてみると私とパーティーの他の者とは温度差があった。【勇者】である、アレックスは神に選ばれし者、戦闘の才能もずば抜けていたうえに【守護天使】たちの加護により【勇者のみが使える魔術】を多く使用できた。
【賢者】ティアナも、【大魔道士】ロザリアも彼を尊敬を通り越して崇拝し、技を磨き、率先して彼をサポートしていた。
私は真面目にパーティーに貢献したと自負していたが、崇拝までの感情は持ち合わせてはいなかった。
そして思い出したのが、半年ほど前の魔王軍の幹部との戦いだ……。今までで最大の難敵との戦い……。
最高峰の剣技と魔術が飛び交う総力戦が戦闘前から予測されていた。
私はその時【聖戦士】に飽きて、【羊飼い】に転職したところだった。
勇者のパーティーは、【勇者】、【賢者】、【大魔道士】、【羊飼い】……。
うーん、客観的に見ると私は、少々浮いていたのかもしれない。
ティアナもロザリアも私と羊たちに冷ややかな視線を送っていた。別に戦いの時だけ召喚するのだから邪魔にはならないはずなのに……。かわいいし……。
しかも、魔王の幹部にトドメを刺したのが私の手塩にかけて育てた【戦闘用の羊たち】の突撃だった。いやぁ、破壊力抜群だったな、あれは……。
あの勝利以来、ちょっとだけアレックスたちと距離を感じてしまっていた――。
そう考えると何だか私も悪かったような気がしてきて、今の状況を受け入れる気持ちになってきた。まぁ、無職だけど手に職はある。
放浪の旅に出ていって、適当に観光しながら隠居する場所を探すのも良いだろう。
さすがに黙って出ていくのは礼節に欠けると思ったので、仲間だった2人にも挨拶ぐらいはしていこうと思った。
とはいえ、彼女たちは私を追い出したい張本人なのだから、迷惑な話かもしれないが……。
「やぁーっと、出ていってくれるのね。アンタの嫌がらせに耐える日々が終わると思うと清々するわ」
ティアナはウェーブがかった黒髪をなびかせて、冷たい目で私を睨んだ。
嫌がらせだって?
私は予想外の一言に衝撃を受けた。
とりあえず、「もう出ていくのだから」を枕詞に私のした「嫌がらせ」とやらをご教授いただいた。
その一例とやらがこちらである。
私が【吟遊詩人】だったときのこと、宿屋でティアナはアレックスと私の隣の部屋で一夜を過ごしていたとのことだ。
私は隣は空き部屋だと聞かされて居たんだけど、ティアナとアレックスはカモフラージュ用にもう一部屋余分に取っていたらしい。
二人がそういう関係だったなんて知らなかった。
確かに、その頃から今にかけてやたら胸を強調したドレスを着ているなあとは思ったが、あれは巨乳好きのアレックスのヤツの気を引くためだったのか。
私は隣が空き部屋だと思っていたので、ちょうど良いからということで、歌の練習をしていた。
その日は【演歌】と呼ばれるムラサメ王国の民族音楽にハマっていて、魂を込めて熱唱していた。そりゃあもう、震えるほどに……。
隣の部屋にいた彼女らはムードが壊れてしまったらしく、結局致せなかったとのことだ。
それ以来、二人きりになると私の歌声が頭に流れてしまっていい雰囲気に持っていけないらしい。
でも待ってくれ、隣に人が居ることも知らなかったし、この血の滲む練習があったからこそ【一度死んでもすぐに蘇生する奇跡の演歌】を編み出すことができたんだぞ。
それで、君はその後の戦闘で私の熱唱によって命を救われたよね? あの歌は、喉が千切れるくらい頑張って修得したんだよ? そんなことを言っても無駄だと思っていたので、ここはグッとこらえて罵詈雑言を聞き流す作業に徹した。
「ロザリアの監視下を出し抜いて、せっかく既成事実を作るチャンスだったのに……。あなたさえ居なければ今頃……。でも、あなたがどこかに行くなら私たちはきっと前に進めるはずよ!」
ティアナは吐き捨てるように恨み節を呟いた。
反論をしても無駄だと悟った、私は素直に頭を下げて、逃げるようにティアナの部屋から出ていった。
そして、私は嫌な予感がしつつもロザリアの部屋にも別れの挨拶をするために足を踏み入れた。
「今日はなんという吉日でしょうか。ルシアさんのお顔をもう見なくて良くなるなんて。私、涙が出そうです。もちろん、嬉し涙ですよ」
ロザリアはエルフ一族特有の長い耳をビクつかせ、今まで見たことのない笑顔を私に向けた。長い金髪からは妖艶な香りが漂っていた。
薄々気がついていたが、私は距離を置かれているどころか完全に嫌われていたらしい。
一応、今後の参考のために私の至らなかった点について尋ねてみた。
あれは私が【蛇使い】だった時のこと、宿屋でロザリアとアレックスが私の隣の部屋で一夜を過ごしたらしい――。デジャヴかな?
ええ、私はもちろん隣は空き部屋だと聞いてましたよ。妙に隣が空き部屋の日が多いなとか、思ってましたよ。
確かにあの頃からロザリアの露出度が極端に上がった気がする。暑い日が続いたからと思ったが、気づけば冬になっていた。
私がその日、部屋で何をしていたのかとあらゆる蛇を召喚する練習をしていた。
そして、その時を同じくして、隣の部屋では暗い中でロザリアはアレックスのナニを触っているつもりだったらしい。
しかし、感触がおかしい……、妙に冷たく柔らかい。そして、何よりも異常にデカイ。これは興奮したそうだけど、そんなことはどうでもいい。
察しの良い方ならお気付きだろう。
ロザリアの握っていたナニは私が召喚して逃がしてしまった【アオダイショウ】だった。
気が付いた後のムードはもちろんダメ。結局、何もしないで終わったらしい。
しかし、その後の戦闘で解毒魔法で除去できない猛毒を受けた貴女のために素早く血清を作ることができたのは、特訓の末に召喚できるようになった大蛇、エリザベスちゃんのお陰じゃないか。
あと、話から察するにティアナよりは先に進んでるからマシじゃないか。
私はそんな言葉が喉まで出そうになったが、なんとか引っ込めて、話が終わることを待った。
「私が、せっかくティアナさんに眠り薬を使ってまで作った千載一遇のチャンスを……。許せませんわ……」
ロザリアの鬼のような形相に堪えきれなくなった私は素早く部屋を出た。
なるほど、気付かないうちに色々とやらかしていたパターンか。そもそも、それならば何故私の隣の部屋をアレックスとの逢引き用の部屋にする?
2人の話を聞いて、先程のアレックスの嬉しそうな顔の意味がわかった。
ヤツにとっても、ティアナやロザリアとイチャつけなかったことはさぞかし残念だっただろう。あの色男は肉欲の発散できないストレスを私の追放という形でぶつけやがったのだ。
しかし、私が崇拝と思っていた彼女らの感情は恋愛感情だったらしい。私が居なくなれば、アレックスのヤツは遠慮なく性欲の発散に興じるだろう。
精々溜まった鬱憤を晴らしてくれ。こんなにもパーティー全員から疎まれていたのなら未練も何もない。
さっさと準備して出ていってしまおう。
――準備が終わって、荷物を持って国境へ歩き出した。途中、町で色々と知り合いに会った。
「えー、お前がこの国から追放って本当かよ。鍛冶屋として、お前以上のセンスの奴は居なかったのに。お前の開発した武器の売れ行き未だに最高だぜ」
「あなたが診てくれたお陰で、息子が走れるようになったよ。ありがとうね。寂しくなるわ」
「おいおい、今度の弓矢大会に助っ人頼んだじゃんか。追放かぁ、仕方ないけど哀しいな」
「ユーの考えた振り付け、評判良いわよ。また、遊びに来てちょうだい」
町の人たちが別れを惜しんでくれたことが、私にとって唯一の救いだった。
――そして、私は国境を出る。
ふと、空を見上げると憎らしいほどに青く澄んでいた。おやっ、あれはなんだろうか?
私は空の上を凝視した。
「あれって、まさか――」
まさか、あれは人か? そんな馬鹿なと思いつつ、慌てて私は落下地点まで走っていた――。
「はぁ、間に合ったか……」
かなりの衝撃が私の腕を刺激したが、無事受け止めることに成功した。仮に怪我などしていても、治す手段はいくらでもある。
そんなことを思いつつ、私は腕の中を覗き込んだ。
「あっ、ありがとうございます。危ないところでしたわ」
ビックリするほど美しい銀髪で赤い目をした女性が私の胸に抱きかかえられていた。
健康的な褐色の肌、少しばかり露出度の高い純白のドレスを着た彼女は不思議な雰囲気だった。
「あっ、あなたは何者だ?」
2秒もかからず彼女が普通の人間ではないことが分かってしまい、私は思わず声が出てしまった。
――なんと、彼女の背中には黒い翼が生えていたのである……。