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白百合ホテルの手紙  作者: 市川瑠璃子
11/12

秋本さんへ贈る言葉

それ以来、白百合ホテルの407号室には霊が出るようになった。

お客様は死んだ後もなお、テレビに映されたあの女子高生5人——いじめっ子たちを怨み続けている。彼女たちが死んだことを知らないまま。そして、宿泊客に取り憑いては松葉の火呪をやろうとして(彼女は本当に大量の松の葉と塩を持ち込み、隠していた。ただ、金属製のコップがなくて未遂に終わっている)、その度に私はマスターキーで407号室に入ってやめさせた。お客様には念の為、お祓いを受けてもらった。


何度も407号室のお祓いをしてもらったのだが、彼女はそれでも成仏しようとしない。……というのは嘘で、怨みが溜まりすぎて出来ないらしい。そして、ホテルの管理人は407号室の霊を信じようとしない。だから今、407号室には私が泊まっている。ホテルのフロントの仕事は辞め、清掃員にしてもらった。

407号室に隠されていた松の葉と塩は私が探し出し、神社に持って行って処分してもらった。


夜になると、体が重くなる。

「秋本さん」

こんな時に、霊に取り憑かれにくいと知り合いの巫女さんに言われた体質が役に立つ。

完全にとりつかれる前に、私は名を呼ぶ。

「貴方の手紙を受け取った、フロントの市川です。覚えていらっしゃいますか?」

すると彼女は勝手に私の口を動かす。

『どうして、貴方がここに?』

「貴方とお友達になりたくて」

勝手に彼女は私の顔をしかめっ面に変える。

『……本当に?』

「本当ですよ」

『……信じられない』

彼女の気持ちが自分のもののようにすら感じられる。でも、彼女の気持ちは彼女のもの、私の気持ちは私のものだ。

「信じなくてもいいですよ。ただ、一晩のあいだ、お話ししましょうよ。夜はまだまだ長いのですから」

彼女は考え込む。

長い間が開いて、

『……それなら』

と彼女は言う。


彼女が成仏出来ないのなら、せめて話し相手になろう。彼女はもう誰も、呪わなくていいのだから。少しでも、笑ってほしいから。少しでも、楽しい、幸せだと思ってほしいから。


いつか秋本さんに本当のことを話そう。

いじめっ子たちはみんな死んでいることを。いつか、秋本さんに信頼してもらえるようになったら。信じてもらえるようになったら……。


秋本さん。

貴方が幸せになることを、「純粋」に願っています。

百合の花言葉にかけて。

最終話の投稿が、終わった。

私は白百合ホテルの夜の407号室で、パソコンの前に座り、ずっと『白百合ホテルの手紙』と題した小説——本当は実話——を投稿していた。が、それも終わってホッとしている。

少しだけ重い体でコーヒーを飲む。


不意に、口が動く。

『あの子達は……死んでいたの』

「……ええ」

『……そう。教えてくれて、ありがとう』

秋本さんは、私の顔を笑顔に変えた。

今は人のことを信じられるようになった彼女の為に、そして、他の人に過去の彼女と今の彼女を知ってもらう為に、これを書いた。


——今の彼女ならきっと成仏できるだろうと思う。しかし、彼女は死後の世界には行こうとしない。

『私……もっと早く市川さんに出会っていれば良かった』

ある時、彼女はそう言った。

『そうしたら、生きている間に人を信じることを覚えられた——思い出せたのに』

悲しそうに、呟くように。


『……ねえ、市川さん。人の心って恐ろしいわね。私の心が6人の命を奪ったのだし……ま、そのうち1人は私自身ですけれど』

「そうね。でも……人を苦しめるのも人の心。人を幸せにするのも人の心。そうじゃない?」

『……そうね』

しばらく無言が続く。

『……ありがとう。本当のことを教えてくれて。そして——』

「そして?」

『——私の幸せを、願ってくれて』

不意に、両目から涙が流れる。秋本さんの涙が。

私は首を振る。そして、笑う。

「私が出来ることをしたまでです」


——そうだ。あとがきを忘れていた。

もう疲れたし、明日にしよう。

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