最終話 僕らは出会うだろう
どうしよう、やっぱり場違いだった。
少女は早くも舞踏会に来たことを後悔しつつあった。舞踏会の会場は凄まじい広さで、天井には豪華なシャンデリア、テーブルの上にはブュッフェ形式でおいしそうな食事が並んでいる。
人々の衣装も華やかで、そこはまさに少女が想像していた舞踏会そのものだった。
ただ、周りの視線が痛い。
通り過ぎる人々の視線が少女の頭、つまり耳の方に向けられている。
やっぱり帽子を被ればよかった。
少女は後悔するが、自分が呼ばれた理由を考えると、やはりこれは隠すべきではない気がする。
ドレスも似合ってないのかと、少女は裾をつかむ。この日のために用意してくれた、淡い水色のグラデーションがかかったドレスはとても素敵だ。
「こんばんは」
急に話しかけられ、思わずビクッと震える。少女のその反応に、声をかけた青年は連れの男に向かって告げた。
「見たか?今耳がたったぞ」
そう言ってくすくす笑う。その瞬間彼らがどういう目的で声をかけたか理解する。
「君の噂は知ってるよ。突如現れた謎の獣耳を持つ天才少女!こんなに可愛いとは知らなくてびっくりした」
少女は何も返さず、視線を男がいない方に向ける。だが男たちは話し続ける。
「それで?ルーズル学院にはどうやって入ったの?」
「……実力です」
「どこでそんな勉強する機会が?」
「優しい人が、教えてくれたんです」
「へぇ?」
その声に揶揄が含まれていて、少女は顔を俯ける。
「その人とはどういう」
「あらいやだ。変な虫が紛れ込んでるみたいね」
その声に、男たちはすごい冷や汗をかきながら振り向いた。そうして声がした方を振り返る。
「ろ、ローザ様……」
ローザはその声に、冷たい視線を返した。緋色のシンプルなドレスがとてもよく似合っていて、見る者を惹き付ける。
「誤解ですローザ様。お一人で寂しそうだったんで、緊張をほぐそうと」
「あらそうなの?優しいのね」
そう言ってローザは微笑みかける。その美しさに、男たちは真っ赤になった。
「でもごめんなさい。私、この子と少しお話がしたいの。はずしてもらえるかしら?」
「は、はい!あの、良ければまた後でお話を……」
「いいから早くどきなさいよ」
ローザはそう言って侮蔑の意を込め男たちを睨みつける。男たちは真っ赤だった顔を真っ青にして逃げていった。
「ったく、誰が呼んだのよ」
ローザはそう言った後、何も言わない少女に気づき振り向いた。
「ごめんなさい。言葉が悪くて。引いたかしら?」
少女はぶんぶんと首を横にふる。
「あ、有難うございます……!」
少女は興奮気味にそう告げる。会えるかなとは思ってたが、まさかこんなに近くで会えて、お話できるとは思わなかった。
「写真よりきれい……」
心で発したはずが、口から出ていた。ローザの驚いたような表情を見て、慌てて訂正する。
「ごごごめんなさい!失礼なことを……写真写りが悪いとかそういう意味ではなく……!!」
もういやだ。
焦る少女を見て、ローザはくすりと笑った。彼女は笑いをこらえながら、少女に話しかける。
「ああ、ごめんなさい。あんまりにも似てたから……はじめまして。ローザって呼んで。ええと貴方は、レナさんだっけ?」
「は、はい!そうです!どうして名前……」
「そりゃーある程度は知ってるわ。主催者側だもの」
そう言って、ローザはレナをまじまじと見る。
「秀才って聞いてたから、どんな感じかと思ったら、大分ぽわんとしてるのね」
「え、ああすみません!」
「ほめてるんだけど」
ローザはそう言って、先程とは違う、明るい表情で笑った。
「貴方とも、お友達になれる気がするわ」
その表情に見惚れていると、場内がどよめいた。ローザはどよめきの方を見てつぶやく。
「王様のお出ましよ」
王、リュオンは従者のディアンと共に会場に足を踏み入れた。その姿は威厳があり、そうして美しく、レナは時が止まったような感覚を覚えた。
リュオンが挨拶をし終えると、場内は音楽が流れ出し、周りではそれぞれが手を繋ぎ踊り出す。
レナはそれに、どうしたらいいか分からず手拍子をする。ローザはそんな彼女の肩を叩いた。
「来てるわよ」
ローザが指差した方を見ると、リュオンがこちらに向かってきていた。それに気づいた瞬間、レナの心臓はばくばくと動き出した。
彼はそうして目の前まで来て、歩みを止めた。真っ直ぐにレナの方を見ている。
「陛下。レナ様です」
ローザはちゃめっ気まじりにレナをリュオンに紹介する。レナは状況が飲み込めないまま、慌てて挨拶をする。
「はじめまして!レナと申します!陛下におかれましては、本日もお日柄がよく」
「はじめまして……か」
色んなところに飛んでいた挨拶の途中で、リュオンはそう呟いた。その声は寂しそうだったので、レナは真っ青になる。
「すみません、どこかでお会いしましたか!?」
「あ、いやごめん大丈夫、初めましてであってる」
ローザはにまにま笑いながら、静かにレナの隣を離れ、ディアンの方に向かう。取り残され、レナはいよいよパニックになる。
何故王様がレナの元に来てくれたのか。レナは考え、そうして自分が何故この場所にいるのかを思い出した。
レナはサガスタではじめて学校に入学した存在だ。自分の態度が、これからの魔族の将来を決めるかもしれない。
焦る気持ちを抑え、レナはリュオンに優雅にお辞儀をした。
「陛下、お会い出来て光栄です」
リュオンはじっとレナの方を見ている。レナも彼をまっすぐ見て告げる。
「私、王様に会ったらお礼をずっと言いたかったんです」
「……お礼?」
「私小さい頃、自分は表では生きられないんだと思ってました。でも恩師が教えてくれたんです。魔族を歓迎してくれる国があるって」
だから、君はその国に行きなさい。
その人たちはレナに、そう言って生きる道を与えてくれた。
「現実は、厳しいところもあるけど……でも、学校に通えて、色んな知らない世界に出会えて、私とても幸せなんです。だから、有難うございます」
レナの言葉に、リュオンは顔を俯ける。失礼だったかとレナがおろおろしていると、彼はぽつりと呟いた。
「俺は……間違ってなかったのかな」
「?分かりませんが……少なくとも私は、王様に感謝してます」
「そう……良かった」
レナの言葉に、リュオンは顔をあげる。その瞳は潤んでいた。
レナはびっくりしつつ、慌てて言葉を加える。
「本当に感謝してます。いつかご恩をお返しできるよう、頑張りたいと思います!」
レナのその言葉に、リュオンは微笑む。その表情に、レナは見惚れ、動けなくなる。
曲が終わり、場内はがやがやとざわめく。リュオンはそれに気づくと、レナに手を差し出した。
「良かったら、一緒に踊りませんか?」
その手を、レナは凝視する。これは、受けていいものなのか。一瞬のためらいの後、レナは深く礼をしながら手を差し出した。
「は、はい!喜んで!」
リュオンはレナの行動に一瞬目が点になり、やがてふきだした。何故か分からず、レナはおろおろとしている。
リュオンは差し出された手をとると、強くレナを引き寄せた。そうして、小さく告げる。
「会いたかった」
「……え。それってどういう……」
レナがそう尋ねると、リュオンは少年のように無邪気に笑った。
その笑顔にレナは真っ赤になりながらも、何か懐かしいような不思議な気持ちがした。
「さぁ、踊ろう!」
「えっわわ!」
音楽はすでに始まりだし、レナはリュオンに手を引かれ踊り始める。
それは周りから見たら、魔族を王が歓迎している証であり、
彼らにとっては、小さな恋の始まりだった。




