第90話 きっとまた
それからまた7年の時が流れた。
サラたちがいなくなってから、14年の時が過ぎている。
「こら、ジェード!城の廊下は走るなとあれほど」
「すみません、緊急事態です!」
ジェードは謝りながらも走るのはやめない。通り過ぎる人々は慌てて走る彼を見て、何があったかを理解しため息をつく。
ジェードは、小さな没落貴族の出身だ。城に仕えてまだ日が浅い。何故ジェードが城で働けているかと言うと、サガスタ王、リュオンが拾ってくれたからだ。
彼に感謝をしている。だが今はかなり腹が立っている。
「リュオン様、大変です!!」
ジェードはそう叫びながら、慌ててリュオンの部屋の扉を開けた。部屋の中にはリュオンと、ディアン、ローザがいる。
サガスタの人間にとってはすごい存在の3人だ。ジェードも最初見た時は心臓が飛び出しそうになったが、今ではすっかり見慣れた。
「王妃様が出て行かれました!!」
ジェードの言葉に、リュオンは見ていた書類から目線を上げ、ため息をついた。
「またか」
はーやれやれとでも言いたげなその態度にジェードは口をあんぐり開ける。
「王妃様が参列予定だったのはいかが致しましょう」
「仕方がない。俺一人で行くか」
ディアンとリュオンはさっさとこれからの話を始めるので、ジェードは慌ててつっこむ。
「ちょっと待ってください!追いかけてくださいよ!!」
「出ていったものは仕方がない」
「王妃様だって、リュオン様に追いかけてきてほしいんですよ!」
「そんな事ないさ。今頃あの若い商人と仲良くしてるよ」
ジェードはその言葉に何も言えない。商人の存在はジェードも薄々気づいていたが、リュオンも気づいているとは思わなかった。
確かにまぁそうかもしれない。いやでも。
「これで何人目と思ってるんですか……!!」
「えーと、8人?」
「9人目です、リュオン様」
「あ、そうか」
呑気な物言いにジェードは今度こそぶち切れ、リュオンが座っている机を力強く叩く。机に置いていた書類が反動で舞い、ディアンが冷静にひろっていく。
「こんなに王妃様が逃げるなんて、リュオン様一体何してるんですか!?」
リュオンはジェードの怒りように、困ったように頭をかく。
「そうは言われてもな。ちゃんとしてたぞ。定期的にちゃんと部屋にも行っていた。贈り物も欠かさなかったぞ」
リュオンはそう言って自分の頑張りを主張する。違う。うまく言えないが何かが決定的に違う。
「ああもうだから……!!ちゃんと愛情を示せとあれほど……!!」
「誠意は見せたがな。愛情を示せと言われても……」
ジェードはがっくりと肩を落とす。その姿に、今まで黙って座っていたローザは言葉をかける。
「諦めなさい、ジェード。この人たちは冷酷非情なのよ」
美しいその姿で、やんわりと毒をはく。言われたリュオンとディアンは全くこたえた様子がない。
「あはは!ディアン、奥さんあんな事言ってるぞー」
「心外ですね」
ジェードはこれからを思いため息をつく。
「はぁぁ……あと一ヶ月後には舞踏会もあるのに」
リュオンはその言葉に、顔を輝かせる。
「やめる?」
「やめませんよ!いいですかリュオン様、リュオン様の生誕祭とは建前で、これは外交のためのものです!またサボってたりしたらご飯抜きますからね!」
「ジェード、貴方もなかなかはっきり言うわね……」
ローザに言われた言葉を無視し、ジェードはリュオンの机に分厚い書類をのせる。
「はい、という事で!これが参加者のリストです!!頑張って覚えてください!!」
その書類を見て、リュオンは眉をしかめる。
「こんなにいるの?覚えられないって」
「問答無用です!」
「まったくもう、呼びすぎなんだよ……」
リュオンはそう言って、パラパラと紙をめくる。その手が、ふと止まった。
「どうしました?」
「彼女は……」
「前言いましたよね?飛び級して、ルーズル学院に今年首席で入った生徒です。リュオン様が呼ぼうって言ったんですよ」
「あ、ああ、知ってるけど、写真は初めてだから……」
リュオンは明らかに動揺している。
ディアンとローザも覗き見て、目を見開いた。
*****
「嬢ちゃん、まだ決まんないの〜」
「ま、待ってください!あと三十秒で決めます!」
サガスタ城下の市場のすみっこ。シートに並べられた写真たちの前で、黒い帽子を被った少女はずっと悩んでいる。
「こっちもかっこいい……でもローザ様たち夫妻のも素敵だな、欲しいな、ぐぬぬ、選べない……」
本当は欲しい物全部買えたら一番いいが、所持金には限りがある。悩み続ける少女の姿に、店主はにこりと微笑む。
「嬢ちゃん王様たちのこと本当好きなんだねぇ」
「はい、憧れてて……」
「明日は舞踏会。バルコニーから顔を見せてくれるといいな」
「は、はい、有難うございます……!」
その舞踏会に出席するとも言えず、少女はこくりと頷いた。
「……結局5枚も買ってしまった……どうしよう食費が……」
後悔しながらも、買った5枚をにやにや見つめる。この写真に写ってる人、ずっとずっと憧れてた人たちが、近くにいる。そうして、もしかしたら会えるかもしれない、
そう思うと、自然に顔がほころぶ。
「もうすぐ、会えるんだ……!夢みたい!!」




