第89話 遠いどこかで
リュオンが玉座についてから、早くも7年の時が過ぎた。
最初は色んな反論や異議を唱える者で溢れたが、この7年の間に大きな反乱が起こる事はなかった。起こる前に処理されたかどうかは謎である。
また、リュオンが行う政策は民にとっては過ごしやすいものだった。初めはリュオンへの反発を抱いている者も多かったが、次第に減っていった。
リュオンはジェラルドの協力のもと、貿易を強化した。その結果他国との取引などやりやすくなり、市場は栄えている。
問題は、魔族の存在である。
リュオンが受け入れる宣言をしたものの、いまだ結果は出ていない。
「まぁそりゃそうだ。そんなとこに行こうと思う魔族なんていねぇよ」
まんまるはクッキーをかじりながらリュオンの悩みをあっさり切り捨てる。リュオンはその言葉にショックを受けつつ告げる。
「衣食住について補助もする。学ぶ機会だって与える。医療も福祉も整えたんだぞ?なのに」
「そんな実際にあるかも分からないものがあるって言ったって、誰もこねぇよ。前例でもないかぎり」
「前例……うーん。ねぇまんまる、君がいる事をもっとアピールすれば」
「断る」
「ぐぉぉ……」
あまりにも早く断られ、リュオンは頭を抱える。まんまるはそんな彼を見もせずグラスに入ったお茶をストローで吸いながら尋ねる。
「つーか、何が問題なんだ?今国は安定してる。無理にやる必要ないんじゃないか」
「だめだ。だってこれじゃ、顔向けできない……」
言ってリュオンは髪をくしゃくしゃとかく。まんまるはそんな彼をじっと見た。
その時コンコン、とドアを叩く音がした。
「リュオン様。ディアンです」
「ああ、入って」
ディアンは部屋に入ると、リュオンの側に来る。リュオンはそんな彼に、一通の手紙を差し出した。
「じゃーん。ローザ様からお手紙が届きました!」
「はあ」
「これによると、結局お見合いする事にしたそうです!」
「へぇ……」
気の無いディアンの返答に、リュオンは不満そうに表情を変える。
「なんだよ、そのかんじ。ほっといていい訳?」
「いいも何も、私には関係ありませんから」
リュオンはそんな彼の頑なな態度にため息をつく。持っている手紙をハンカチ代わりに振りながら、告げた。
「仕事今落ち着いてるだろ?行ってきていいよ」
ディアンは、何も言わない。リュオンは腕組みをして彼を睨む。
「俺に遠慮とかしてるならいいから。いい迷惑だから」
「でも」
「ディアン、お前には後悔してほしくないな」
リュオンが彼の目を見て真っ直ぐにそう言うと、ディアンは小さく呟いた。
「……自信が、ないんです」
その声は、いつもの彼からは発せられないほど気弱な声だった。
「俺じゃ、きっと彼女は幸せにできません」
「そんなの分からないだろ。誰かに取られていいのか?」
その言葉に、ディアンは黙った。リュオンはクッキーに手を伸ばすが、まんまるにはたかれる。
「……嫌です」
リュオンははたかれた手をさすりながら、ニヤリと笑った。
「だろ?行ってこい」
ディアンは少しの間の後、深々とお辞儀をした。そうして慌てて部屋を出て行く。
リュオンはその背中を見て、ほっと胸をなでおろした。
「やれやれ、世話がかかる……」
「お前本当恐ろしいな」
まんまるはローザの手紙を見ながらそう呟く。ローザの手紙には「そっちに遊びに行く」とかかれている。
「いつまでも気をつかわれるのは面倒だからね」
「つーかお前それより自分の事」
「しかし、今日はいい天気だな〜!」
あからさまに話題を変えたリュオンに、まんまるは冷たい視線を送る。リュオンは窓の外を見て、ぽつりと呟いた。
「久しぶりに、行こうかな」
*****
まんまるも誘ったが、寝ると言って断られた。彼なりの気遣いだろう。
「別にいいのになー」
リュオンはそう言いながら、森の中を歩く。7年前は悲惨な戦いの跡が色濃かったこの場所も、今では穏やかな風がふいている。
その森の奥深くに、大きな石がおいてある。リュオンはそれに笑いかけた。
「久しぶり、サラ」
何も入ってない、ただの磨かれた石にリュオンはそう話しかける。石と向かい合う形で座り、持ってきた花束を添えた。
「1年くらいあいたかな。なかなか来れなくてごめん」
石は何も言わない。リュオンは明るい口調で話し続ける。
「今日はついにあの朴念仁が動いたんだ。2人が結婚する日も近いかもしれない」
そうして、この1年で起こった出来事を次々と話して行く。
「シアン、ああクウだっけ?クウたちも元気だよ。なんだかんだすごく働いてくれてる。逃げてもいいのにね」
それはまるで、昔サラに話していたように、起こったこと、感じたことを話していく。一通りのことを伝え終え、リュオンはしばらくの間口を閉ざした。
そうしてどれぐらいの時が過ぎたか分からない。少しのためらいの後、リュオンはぽつりと呟いた。
「……サラ。俺、今度結婚する事になったよ」
相手は会った事もない、新しく取引を始めた国のお姫様。
「まぁ、王様だしね。覚悟はしてたけど……お嫁さんの方が大変だろうね」
リュオンは不死身だから、先立たれる心配はない。そんな事を先方の王に言われた。
こんな化物に娘を預けるなんて、どうかしている。
リュオンはそう思い、自虐気味に笑った。
「ここにも、なかなか来れなくなるかもしれない。まぁ今までもあんまり来れてなかったけど」
リュオンはそう言って笑う。我ながら、薄情だと思う。それでも。
「もう少し頑張るから。……よかったら、待ってて」
リュオンは立ち上がり、歩き出す。
石は木々の間からさしこむ日の光に照らされ、小さく輝いていた。
*****
寒い。死んじゃう。
少女はかじかんだ手に、必死に息を吐く。息は白く、顔にかかる風は冷たい。足元は雪が降り積もっていて、裸足で来たのをひどく後悔する。
でも、もうこんな生活は耐えられない。
少女はこれまでの自分の人生を恨んだ。
物心ついた頃には、見世物小屋に売られていた。それからは色んな所に連れてかれ、色んな所で嫌な目にあった。褒美が少ないと殴られ、ご飯ももらえない。
なんで私がこんな目にあわないといけないの。
気づけば溢れ出す涙を、少女は慌ててふく。でもだって、恨まずにはいられない。こんな姿で生まれただけなのに。理不尽だ。
空腹で、足に力が入らない。
気づけばよろけ、倒れこむ。
起きないといけないのに、起き上がれない。遠くから、足音が聞こえる。もう見つかってしまったのだろうか。
生きても地獄、死んでも地獄じゃないか。
少女は全てを諦め、目をつぶった。
*****
「屋敷にいないと思ったら。ここにいたのか」
意識を失った少女の前で、少年はそう呟いた。隣にいた女性は、慌てて少女を抱える。
「ひどい怪我です……早く、戻りましょう!」
そう言って、2人は暗い夜道を走る。
「本当にそっくり……でも、間違いないんでしょうか」
「ああ」
女性の問いに、少年は答える。
そうして、少女を見た。
少女は、銀髪に黒い獣の耳の姿をしていた。




