第9話 探すもの
「な、何なのかしら、あの魔法使い……」
サラたち四人は、小さな魔法使いが去っていった道を、呆然と見つめていた。ローザの呟きに、リュオンは答える。
「とりあえず、今言われたものを集めればいいんだろう、ディアン。どれか知ってるか?」
「…そうですね……」
4人は改めて、ディアンがかいた文字を見つめる。
マーレイスの鎖
オディアスの翼
アザフスの涙
セディウスの糸
ナサイルの刃
「…うーん……」
皆特に覚えがなく、紙を見つめて思案する。やがてローザが、自信ありげに言った。
「オディアスは、翼というぐらいだから、動物ではないかしら?」
これがおそらく、今の4人が思いつく限界だ。ディアンがそれに頷く。
「確かに。丁度今は図書館の前ですし、動物辞典を開いてみますか」
「ああ」
図書館の中には、ローザとディアンが入ることになった。
「じゃあ少し入ってきます」
「悪い頼んだ」
*****
図書館に入ると、ローザはディアンに話しかけた。
「やはり一筋縄ではいかないのねー」
「そうですね」
「さあ、探すわよ!」
熱心に探すローザを見て、ディアンは驚いた顔をする。
「何かしら?」
「いや、貴方にとってサラ様は恋敵ですよね?のわりには、探すのにやる気があるなと」
「勘違いなさらないでくださる?私は、2人を応援する気なんて1ミリもありません。あの子をもとに戻して、私の方が何倍も素晴らしい女性だと、リュオン様に気づいて頂くために、私は今こうして旅してるんです」
「はあ」
「何よそのやる気のない返事」
そうして2人はそれぞれに本を探す。並ぶ本を見ながら、ディアンはローザに話しかけた。
「…貴方様は、リュオン様のどこにそんな惹かれているのですか?」
「貴方は?」
答える気はないのか。ディアンはため息をつき、本を見る。
「私は、あの方に仕えることが喜びなんです」
「ふーん……あ、ありましたわ、動物辞典」
ローザがそれを手に取り、急いでオディアスを探す。ディアンもそれを見つめ、2人は絶句する。
「…絶滅?」
「どういうことだ?」
「絶滅しているって……では、手に入らないの!?」
2人が絶望していると、1人の老人が後ろに立った。
*****
2人が入ると、サラはリュオンに弱々しく言った。
「…ごめんリュオン。私が図書館に入れないから……」
「え?いや、問題ないよ。気にするな」
そうしてリュオンは、先ほどオルフが座っていた椅子に座り、サラと向き合う。
「…私、わがままだったよね、さっきの」
先程、オルフにそのままでいるべきと言われ、自分はそれを拒絶した。
自分が何者か分かってないなら……
自分は、人間だ。記憶を辿っても、自分には人間だった記憶がある。でも、オルフの話を聞くと、不安になる。
「でも嬉しかったなぁ」
リュオンのうきうきとした声に、サラは顔をあげる。
「サラが俺と向き合いたいって言ってくれて。結婚に前向きだってことだよな?」
リュオンはにこーと笑い、サラはたじろぐ。
「サラがわがままなら、俺はもっとわがままだよ。国ほったらかして、こんな旅をしているんだ」
彼は国の話をする時、昔からどこか寂しそうな顔をする。その理由を、サラは聞いたことがない。
ただの幼い恋愛ごっこだ。
確かに、そうなのかもしれない。所詮私は、リュオンのことを何も知らない。いつも彼の城で学んだことや城下の話を聞いて、笑っていただけだ。
「リュオン。あのさ…」
「あ、戻ってきた」
リュオンの言葉に顔をあげると、ディアンとローザは思案した表情で帰ってきた。
「どうだった?」
「それが……」
ローザが次の言葉を言えないでいると、ディアンが本を開いた。そこには、青い鳥が描かれていた。
「確かにオディアスはかつて実在した鳥です。しかし、今はもう、絶滅したようです」
「…は?絶滅?」
「そうです」
その言葉に、リュオンは慌てて立ち上がる。
「じゃあ、もう手に入らないのか?」
「落ち着いてください。確かに、生きているものはありません。しかし、彼らの翼を、たくさん持っているものたちがいます」
「たくさん持っている…?」
「もともとオディアスは彼らの部族とともに生きていた鳥でした。しかし彼らが絶滅したため、彼ら部族はその翼を身につけ、今でもそれは伝承されているようです」
「なるほど。その部族からもらえばいいんだな!」
「うまくいけば、ですが」
「その部族はなんという名前だ?どこにいる?」
「シーザ族といって、リセプトという、ここから離れた国に現在は身を置いています。行き方は、船になりますね」
「問題ない!!さぁ、いくぞ!」
リュオンは盛大に言い、馬車を取りに戻った。港まではそれで行こうと思っていたが……
「な、ない!?」
リュオンたちは、先ほど確かに置いたはずの路上に立ち尽くした。近くを見渡しても、馬車の姿はない。
「ふっ、ジュールめ、いい度胸だ。この俺の馬車を盗むなんて…」
「まあ、わざと古びた車体にしましたからね。商人の馬車と思われたんでしょう」
「ここから港までどれくらいだ?」
「まぁ、乗り継いで、夜には着くんじゃないですかね」
「じゃあ、出発は明日だな」
「あ、あの……」
その声に3人が振り向くと、サラが背を向けて言った。
「皆様、私の背中に乗ってください」
「…え?」
「私の足なら、夕方には着きます。3人なら、つめて頂いたら乗れると思うんです」
「い、いえ、しかし。仮にもリュオン様の婚約者様にそのようなことは…」
「そうだぞサラ!ローザ様はともかく、こんなもさい男をお前に乗せるなんて!」
「もさいって」
ローザはゆっくりサラに近づく。
「すみません、姫様には、酷かもしれませんが……」
「…全くね。優雅な姫がすることではないわ」
その言葉にサラはやはり失礼だったかと顔を俯ける。しかしローザは、それに苦笑する。
「でも、私も早くこの地から離れたいし、賛成よ」
そうして彼女は、ふわりとサラに乗る。確かにリュオンの言う通り、ずっと森にいたとは思えない、綺麗な毛並みだった。
こんな姿ではあるが、彼女も1人の女性なのだ。獣のような振る舞いは、本来したくないのだろう。
それでも彼女は、自分が出来ることをしようとしている。己の願いを叶えるために。
「ほら、男性陣。早く乗って!」
2人は恐る恐る乗り、準備が整うと、サラは走り出した。
「おわっ!?」
すごい速さに、3人は最初叫ぶ。サラは揺れないように気をつけながらも、颯爽と走る。住宅街は避け路地を抜け、森を通り港へ向かう。
こんなに走ったのは、初めてだ。
自分は今獣だ。それを認めて、堂々と今は生きよう。
そうしていつか本来の姿に戻ったら、リュオンの痛みを、分かち合えるだろうか。
*****
「あの方たちは、行かれましたよ」
図書館の中で、老人は赤い石に向かって話しかける。
「そう、ありがとう」
「全く、オルフ様も人が悪い。助言するように私に言うくらいなら、教えて差し上げたらいいのに」
「そこまでしてやる義理はない。第一、完璧な助言ではないからな。たどり着けるかは、彼ら次第だ」
「…オディアスがいるということは、誰かをもとの姿に戻すということですね」
「ああ、でも、君が気にすることではない」
会話が終わると、オルフは石をポケットにしまう。
彼らを止める権利など、本当は我々にはない。それでも、両手を広げて助けるわけにはいかない。
「サガスタの王子とは。運命とは皮肉なものだな」
オルフは、窓の外を見た。
彼らの旅は、今始まった。