第86話 愚かな者が選ぶ道
「ここにいたのか、呑気なもんだな」
いつか聞いたその声に、ぼんやりと目を開ける。すると、目の前に男が一人立っていた。紺色のローブに、長く青い髪。確か名前は。
「バフォメットさん……?」
「はいそうですよ、グルソムの王」
「なんで貴方が」
そう言って起き上がり床に手をつけたところで、違和感に気づく。周りには何もなく、黒い世界が広がっていた。
「ここはどこですか?」
「天国地獄の一歩手前」
何故ここにいるか、全く分からない。バフォメットの方を向き、尋ねる。
「私……」
「ああ、死んだな」
興味なさそうなその返答に、サラは絶句する。死んだ?え、だって。
「私、死ねないんじゃ……」
「人間に触れて、血も体内に入ったんだろ。だからだよ」
そういえば、ジェラルド様がそんな事を言っていた。でも、信じられない。死んだ時の記憶が全くない。
「皆は……リュオンは?」
「王子ならピンピンしてるよ。グルソムの奴らは、彼に殺されたみたいだ」
「え……」
「あんたが持ってた力を、継いでるって言ってたぞ」
訳が分からない。リュオンは生きてて、皆を殺した?サラは急いで立ち上がり、走り出す。
「どこに行くんだよ?」
「リュオンの所です!」
「何回も言わせるな。お前は死んだんだ、もう地上には行けねぇよ」
バフォメットの声を無視し、走り続ける。しかしどこを走っても叩いても、道は開かなかった。
「……っ」
信じられない。
ずっと、死ぬ事を願っていた。
でも今は、死ぬ時じゃなかった。
力をなくし、その場にへたりこむ。バフォメットはやれやれとため息をつくと、明るく話しかけた。
「王子は既に戴冠式を終えて、今から国民の前にお出になるそうだ」
「……そうですか……」
「見せてやろうか」
言ってバフォメットは、黒い空間に丸を描く。するとそこに、映像のように景色が映し出される。
城の上階のバルコニーに、リュオンが立っていた。城下には、人々が詰め寄せている。
「リュオン……」
彼は、無機質にそこに立っている。見た事ないようなその表情に、サラはぞくりとした。
リュオンは一度深呼吸をすると、話し始めた。
『国民の皆様、おはようございます。サガスタ国第一王子、リュオンです』
そう言って、リュオンは礼をした後、顔をあげる。
『皆様ご存知とは思いますが、先日父、ゼネスが息を引き取りました。最後まで、立派な君主だったと思います。……本日から、私が王となります』
決められた文であるかのように、リュオンは淡々と話す。そこに彼の感情はない。
『今回侵略行為を行った首謀者とグルソムは、本日明朝処刑致しました。もう、皆様に危害を加える事もありません』
国民からは、安堵の声と喝采の拍手があがる。
しかしその雰囲気は、次に発せられた一言で一変した。
『……しかし私は、思うのです。果たして、彼らは悪だったのかと』
突然の言葉に、皆が何事かと戸惑う。だがリュオンは動じず、あくまで淡々と話す。
『私はこのような容姿ですが、恵まれた環境に生まれ、人間として生きる事が出来ました。……しかし、一歩違えば、彼らの立場になっていたかもしれません』
そう言ってリュオンは一瞬の間のあと、微笑んで言った。
『噂になってるのではっきり言いますが、私は魔族の王を慕っていました。彼女を復活させたのも、私です』
今度こそ会場は大きくどよめく。リュオンの声はここでやっと、感情をもった。
『彼女は優しくて強くて、弱い人でした。最強の力を持っていながら、その力を嫌っていたんです。最後、憎い私の事も、力を使わず剣で殺そうとしました』
そうしてリュオンは、腹部に手を当てる。
『彼女は言いました。人間と魔族が共存する世界など、ありえないと。……現状では、それが真実だと思います』
リュオンは顔をあげ、はっきりと宣言した。
『しかし私は、私にしかできない国を作りたいと思っています。だから……魔族を国民として、歓迎します』
その言葉に、国民のどよめきは消えた。時が止まったような静寂さが訪れる。
破ったのは、リュオンの強い意志を持った声だった。
『魔族が望むなら、サガスタの民として迎え、全力で支えます。同じ、対等な存在として』
そうして、息をつき告げた。
『以上です。ご静聴、有難うございました』
リュオンはそう言って優雅に礼をした後、民衆に背を向け城内へと入っていった。
*****
「ふざけるな!!」
リュオンを迎えたのは、前王の憤怒の叫びだった。衛兵や使用人の前で、彼はリュオンに掴みかかろうとした。衛兵がそれを慌てて止める。
「お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか!?魔族を処刑したのはお前だろ!?なのに何故迎え入れるなど」
「はい。彼らは私が罰しました。それは、彼らが罪人だからです。魔族だからじゃない」
リュオンは迷いもなく、はっきりと告げる。
「今こうしてどこかで身を隠している魔族を、歓迎するんです」
その言葉に、前王は震え頭を抱える。
「そんな事を宣言して、何になると言うんだ……私が愚かだった。お前の事を、信用などして」
「嫌だなぁ。利用しようとしての間違いでは?」
「……お前など、国外追放だ!」
「今全決定権は私にあります。貴方に指図される謂れはない」
その言葉に、前王はカッとなり、衛兵から槍を奪う。そうしてリュオンに突き刺した。
「愚かな奴め、あの世で後悔……っ!!」
前王は、目の前の光景に驚き腰を抜かす。リュオンの身体には槍が刺さってるのに、全く痛がらず、微笑んでさえいる。
「愚かなのは貴方もです、お祖父さま」
そう言って、槍を身体から引き抜く。傷口は、みるみる回復していく。
「ば、化物……」
前王は、ぱたりと気絶する。リュオンはその姿を見ると、颯爽と廊下を歩く。衛兵たちは怯え、道を開けてくれる。
暫く歩くと、廊下で声をかけられた。
「リュオン様」
「ああ、ディアン」
「すべて、滞りなく終わりました」
「有難う、助かった」
そう言って、リュオンはにこりと笑う。彼の血だらけになった服を見て、ディアンは顔をしかめる。
「あまり、ご自分の身体を傷つけないでください。治りが早すぎるだけで、傷つけてる事は同じなんですから」
「うーん、気をつける。お互い用心しないとな」
そう言って歩き続けるが、ふと気づくとディアンは止まっていた。
「?」
「やはり、私の事、気付かれてたんですね」
「うん」
「……かないませんね」
ディアンはそう言うと、微笑んだ。そうして歩みを進め、リュオンに追いつく。
「これから、大変ですね」
「ああ」
城の者たちも、皆避けて歩く。
当然の反応だ。
リュオンは微笑む。
彼女がこの状況を見たら、何と言うんだろう。




