第84話 壊す者
結局あの後何も言えず、部屋に戻ってきた。ずっと考えても寝られず、衛兵がうたた寝している間に部屋からこっそり抜け出す。
真っ暗な階段を上がり屋上に出ると、月が顔を出していた。月がでてる夜に森へ駆けた日々も、今では幻のように思える。
「しけた顔してるな」
振り向くと、丸いふさふさの魔物がいた。
「まんまる……お前、どこにいたの」
「よく言うよ、忘れてただろ俺のこと」
そう言って、まんまるはリュオンの側まで来て睨みつける。リュオンはそれに、素直に謝った。
「ああ、ごめん忘れてた」
「けっ。ディアンのポッケにいたんだがな、どっかの姫さんと話してて辛気臭かったから逃げ出してきた」
「ローザ様、来てるのか?」
「ああ、そんな名前だったかな」
「そうか……」
言って、それからまた沈黙が訪れる。まんまるは触覚でぽりぽり頭らへんをかきながら呟いた。
「お前も、いつまでおセンチになってんだよ。民は王子が目覚めたって大騒ぎだ。顔出さないとやばいんじゃないの」
分かってる。明日には、ちゃんとしなければならない。でも。
「……君に俺の気持ちなんて分からないよ」
もっと、そっとしといてほしい。自分が意識を失っていた間に時が過ぎていたのは分かる。でも俺はまだ、何も考えたくない。
「へぇそうかよ。それで、どうすんだよこれから」
考えたくないのに、隣の魔物は尋ねるのをやめない。リュオンは、半ばやけになりながら答えた。
「どうって……継ぐよ、王位。そうしなきゃ、いけないし」
「やめれば」
「……え」
「だから、やめたら。そんなんでなられても、皆迷惑だろ」
ぞんざいな態度に、リュオンは気づけば叫んでいた。
「……俺は、王になりたいんだ!ずっと父さんには憧れてたし、父さんが選んでくれたなら、応えたい!」
「なら継げば」
「でも、サラがいないんだ……!」
その言葉は、考えるより先に言葉になっていた。自分で言った言葉に、衝撃を受ける。
だって、信じられない。
そんな事、考えた事もなかった。
「俺がずっと、死なないでいられたのは、サラがいてくれたからで……いなくなったら、耐えていけるか分からない。こんな世界、生きてたくない……」
そう言って、腹部の裾を強く握りしめる。願いとは違い、傷はもう残ってない。
自分がもう、分からない。
「なら、変えればいいだろ」
こんなに叫んだのに、まんまるは何も表情を変えない。リュオンは彼の言葉に、ただ呆然とする。
「お前は、王になるんだ」
「……そんな簡単に言うなよ。王になったからって、何でも出来るわけじゃない」
「馬鹿か知ってるよ。それでも、何か出来ることはあるだろーが。甘えてないでコツコツやれ」
「でも……」
「はっきり言うけどな、お前は普通じゃない。見た目とかじゃなく、考え方とかも色々変だ」
分かっていたが、こんな毛のふさふさ丸い謎の生物にそう言われると、色々傷つく。
「でも。俺はお前だから出来る事はあると思ってる」
「……俺も、一度はそう思ったけど……でも、何も救えなかった。傷つけてばかりで……」
父もサラも、自分がいなければ、何もしなければ、こんな風に死ななかったんじゃないか。
「……まぁ、そうだな」
言われた言葉に、リュオンは顔を歪ませる。まんまるはそんな彼を、じっと見て言う。
「でも、やりたいんだろ?なら好きなようにやれ。どうせもうそんな体だ」
言えなかった自分の体の事に触れられ、リュオンはまんまるを見る。彼は月の方を見ていた。
そうして自分も月を見る。そう言えば、昔サラは、よくリュオンの髪を褒めてくれた。透き通ってるとか、お月様みたいとか。
自分だって、同じ髪色だったくせに。
リュオンは、気づけば小さく笑っていた。
「……そうかもな。ありがとう、まんまる」
「お。納得したか?」
「できるはずないだろ。でも、ちょっと楽になった。感謝してる」
リュオンのその言葉に、まんまるは毛をそばたてる。そうしてふるふる震えながら答えた。
「俺は別にはげますつもりじゃ……!ま、まぁサービスだ。聞きたいなら俺の名前そろそろ教えてやってもいいぞ」
「いいよ、無理に言わなくて」
「え?ああ、そう……」
どこか残念そうなまんまるの方は見ず、リュオンは振り返り歩き出す。
「お、おいいきなりどうした!?」
「君が言ったんじゃないか。やりたいよりにやれって」
「言ったか?いや言ったかもだが突然じゃね?」
「時間がないんだ」
まんまるは慌ててリュオンにしがみつき、ポケットに入る。リュオンはそれににこりと笑った。
「ついてきてくれるの?」
「お前やばいからな。責任感じたからなんかあったら止めないと」
「無理だよ。ディアンでも止められないんだ」
「あいつはお前に甘いだろ」
リュオンはその言葉に、また笑う。そうして、ドアを開け屋上を後にした。
*****
「……なんで、来たの」
夜中地下に訪れた足音に、シアンもといクウは、低く尋ねた。その声に、エマは牢屋の柵にしがみつき答える。
「貴方たちが、何も言わず消えるからよ。どうしてこんな事……!」
「早く帰れ。見られたら、誤解されるぞ」
こちらを見ようとしないシアンに、エマは今にも泣きそうに顔を歪ませる。身体中に痣がある。すぐに治るからって、あんまりだ。
そこに、カツンと靴音が響いた。
「うーん、うちの衛兵たちは駄目だね。平和ボケしてるのか、ツメが甘すぎる」
振り向くと、そこにはリュオン王子が立っていた。落ち込んでいると聞いてたが、目の前の彼は微笑んでいる。
きれいなその微笑みに、エマは背筋が凍るのを感じた。彼はそれも分かってるうえで、尚にこりと笑う。
「エマさん、女性がこんな夜分にうろついたら危ないですよ」
「すみませんリュオン様!私、どうしても会いたくて……!」
「そうですか。一緒に行動されてましたもんね」
「はい。あの……どうか、ご慈悲を頂けませんか」
エマの言葉に、リュオンは彼女をじっと見る。エマはそれに一瞬怯んだが、話し続ける。
「愚かな行為だとは重々承知です。この者たちは、大罪人です。しかし私は、彼らがむごい扱いをこれ以上受けるのは、見たくありません。私が責任もって見ます。だから、どうか釈放を……!」
「エマさん。残念ながら、貴方の言う事は聞けない。彼らが生きていたら、民は黙ってないだろう」
リュオンの迷いがない返答に、エマは絶句する。その冷たい瞳に震えながらも、言葉を告げることはやめない。
「はい。しかし、彼らは死ぬ事が出来ません」
「それが、出来るんだよ」
「……え」
思いがけない返答に、エマは思わず困惑の声をもらした。
「貴方も知ってるはずだ。魔物にも、心がある。それを壊せばいいんだ」
「は、はい……でも、その在り処を知るのも、壊せるのも王お一人……」
「はい、そうですね」
リュオンは、笑顔でそう言う。どう返していいか分からず、エマは言葉を失う。そんな時、シアンの後ろから苛立つ声が聞こえた。
「お前……何が言いたいんだ!?」
「王なら、ここにいると言いたいんです」
「ふざけるな。俺たちを殺せるのは、サラ様だけだ。サラ様が俺たちを連れて行かなかった。だから俺たちは」
言いながら、シアンは目の前の少年の表情に言葉を失った。
笑っている。
その微笑みにのせ、彼は優しく告げた。
「いいや。貴方たちには、死んでもらいます」




