第83話 絶望
「どうして……」
ディアンはこの場にいないはずの姿を見て、思わずそう呟いた。ローザの後ろには、エマとトラスがいて、三人とも、服はぼろぼろだ。
ローザはその言葉に、眉間にしわを寄せ告げる。
「親切な人が送ってくれたのよ」
「親切な人……?」
「そうよ、きれいでかっこいい女の人とガタイのいい男の人。港で会ったの」
その言葉を聞いて、2人組を思い出す。ディアンに、グルソムの仲間にならないか尋ねた2人を。
「それより、本当なの?」
ローザの言葉に、ディアンは彼女を見る。彼女の瞳は相変わらずまっすぐで、嘘をつくことを許さない。
「……すべて、ご存知なんですね」
「国中おおさわぎよ。王が死んで……サラも死んだって。でもそんな事」
「事実です」
その言葉に、ローザの瞳は見開かれた。そして、気づけば腕を掴まれていた。
「どうしてよ!?貴方たち、何やってたの!?止めに来たんでしょ!なのにっなんで……!」
彼女の言葉は途中で途切れた。
その視線は、まっすぐ自分に注がれていた。初めは理由は分からなかったが、頬をつたう感触に気づく。
気づけば、自分は涙を流していた。
「……なんであんたが泣くのよ、馬鹿じゃないの……」
歳が十も離れた少女にそう言われ、ディアンは自分を笑うしかできなかった。
*****
ディアンの足音が遠ざかり、部屋の中は静寂に包まれた。外には見張りの衛兵の気配がする。
リュオンはぼんやりと、窓の外を見る。門の外には、魔族の死刑を願い訴える者たちであふれていた。
それになんの感情も抱かず、ただ呆然と見る。そうしてどれくらい経っただろう。門の前の人数が減り出したのをきっかけに、ベッドから立ち上がる。
「……あの」
リュオンはドアを開き、衛兵に声をかけた。衛兵は驚きつつこちらを振り返ったが、その表情にはリュオンへの怯えも見えた。しかしその事など、今はどうでもいい。リュオンは優しく微笑む。
「ちょっと、行きたい所があるんだけど……」
*****
「薄暗いので、足元にお気をつけください」
「うん、分かった」
衛兵に案内してもらい、足を一歩踏み出す。石造りの細長い道の先に、牢屋が見えた。中には、グルソムたちがいる。
見た事ない人たちもいるが、二人は知っていた。
「シアンさん、コバルトさん」
一瞬の間のあと、二人は気だるそうに、こちらを見た。
「王子か……一体何しに」
「オルフさんと話がしたくて……」
「オルフさん!無事なんですか!?」
声がした方を振り向くと、少女が牢屋の柵をつかんで必死な形相をしていた。
「お願いします、オルフさんを殺さないでください!代わりに私がどんな罰も受けます!だから」
「ルカ!!」
隣にいた者が、少女を制止する。ルカと言うのか。
「……早く行ったら?」
シアンの言葉に、リュオンは一瞬悩んだが、礼をし足を進める。彼らの体には、既に無数の痣があった。
「……彼らは、大丈夫なのか」
「はい。もう魔力はないそうです」
尋ね方が悪かったのか、衛兵はリュオンが聞きたかった答えとは違うものを返した。リュオンは、自分の腹部を見る。
もう、痛みがない。
「着きました。ここです」
衛兵の言葉に、リュオンは顔をあげる。そこには黒く重たい扉が佇んでいた。
衛兵が鍵を開けると、その扉はゆっくり開かれた。
「……オルフさん」
そう声をかけても、目の前の小さな少年は何も反応しなかった。
彼は、牢屋の中で鎖に繋がれていた。痣が体中に数カ所にある。魔法が使えないよう、牢屋内には模様が描かれていた。目には、包帯が巻かれている。
「その声……王子か」
ぽつりと、だるそうに彼は言った。リュオンはオルフをまっすぐ見てつぶやく。
「目……見えないんですか」
「ああ。今お前のうざい顔見ないで済むのは、唯一の利点だな」
リュオンはそれに、何と返せばいいか分からない。オルフはそんな彼に、いやそうに尋ねた。
「何しに来たんだよ?そっちは今色々忙しいはずだろ」
「……話をしたくて来ました」
「俺はないね。殺すならさっさと殺せばいい」
「サラは、本当は生きてるんですか」
「……は?」
「サラは、不死身のはずです。グルソムの人たちだって、ひどい事をされても死ねない。だから、サラだって」
「王は死んだよ」
「そんな、どうして」
オルフの返答に、リュオンは思わず声を荒げる。オルフはそれに、ため息をついた。
「知らねぇよ。お前が最後一緒にいたんだろ」
「俺は、何も知らない……俺が、死んだはずなんだ。なのに……」
「お前……王に触れたのか?」
オルフの言葉に、リュオンは首を縦に振る。あの時、確かにサラに触れたはずだ。
「だから、死ぬのは俺のはずで……」
「お前には、グルソムの血が流れてる。免疫もできてたんだろう。でも王は違う。人間に初めて触れられた。それが、彼女にとっては毒だったんだ」
「……俺が、サラを殺したんですか」
「まぁ、結果的にはそうなるかもな」
オルフの言葉には、嘘はない。それに、リュオンは力をなくし跪く。
本当に、死んだんだ。
「良かったじゃねぇか。お前は英雄だ。国民の幸せは守ったんだ」
「俺はそんなつもりは……」
「いいから早く出て行け。罪人にこんな風にすがって、お前は恥ずかしくないのか?」
オルフの言葉に、リュオンの顔は朱に染まる。
「元はと言えば貴方が……!!」
「俺のせいにしたいならすれば?現に俺はお前を利用し続けてきたからな」
オルフは詫びれる気持ちもなくそう告げる。あまりにも淡々としたその態度に、リュオンは怒ってる自分が無様に思えてくる。
「安心しろ。お前は人間だ。今なら戻れる」
戻れる……?オルフの言葉に、リュオンは心の中で問いかけた。
父の顔が浮かぶ。彼はずっと、自分を大事な息子だと言ってくれた。後継にも、自分を選んでくれた。
リュオンは床に拳を打ち付ける。冷たい石に触れたその手は、傷みを感じなかった。




