第81話 大好き
「陛下!?」
言葉を発したのは、リュオンの後ろにいたディアンだった。ディアンは王の側に駆け寄り、王の名を呼ぶ。
リュオンは、何も言わない。ただずっと、血を流す父親を見ている。
気づかぬうちに、サラは部屋を飛び出していた。
「!待って!」
リュオンの声がしたが、応える気はない。来た道を走り、声から逃れようとする。
階段を降り地下の長い廊下を走っていた所で、目の前で開いていた扉が突然閉じられた。叩いたりしても、ビクともしない。
「開かないよ」
振り返ると、少し離れた所にリュオンがいた。壁に取り付けられたボタンに触れている。あれで、扉を閉めたのか。
「……なんで、サラがここに……森にいるんじゃなかったの?」
リュオンはそう尋ねながら、近づいてくる。
「父上は……」
「こっちに来ないで」
ナイフの刃を向けそう告げると、リュオンは歩みを止めた。
「なんでついてきたの?貴方、自分の立場分かってないの?」
「え……」
「次は王子、貴方の番よ。……私たちに降伏するか、死を選ぶか。決めて」
リュオンは何も言わず、静かにこちらを見ている。
「……そんな選択は、できない」
そうしてリュオンは、右手を差し出した。
「一緒に生きる方法を、探そう」
真っ直ぐなその瞳と言葉に、一瞬言葉を失った。しかしすぐに、薄黒い感情が込み上げてくる。
手なんか差し出して、どうするんだろう。触れるなんて出来ないくせに。
「知ってる?貴方のご先祖様もね、私にそう言ったの」
ナイフをリュオンに向けたまま、そう告げる。彼は、何も言わない。怯えた表情すら、浮かべてくれない。
「昔は私もね、本当にできるんじゃないかと思ったの。その人の事を信じてたし、そんな世界に憧れてたから。……でもね、それは全部嘘だった」
彼は、魔法に必要なものを手に入れる為、優しくしてくれただけだった。私たちと一緒に生きる気なんて、ちっともなかった。
こう言えば、リュオンは戸惑うと思った。でも実際は、何かを考えるように黙るだけだった。
「なに?何か文句あるの」
「サラの事、きらってあんな事したんじゃないと思うんだ」
「……何言い出すの」
「命令でしなくちゃいけなくて。でも君を殺したくなくて。だからサラ、君の姿を変えて森に眠らせたんじゃないかな」
そんな事、考えた事もなかった。いや、絶対にありえない。それなのにリュオンは、まるでそれが真実のように言う。
「本当は、世界が良くなったら封印を解く気で、きっとサラの事」
「うるさい!!」
思わず、声を張り上げる。
「何も知らない、何も分からないくせに適当な事を言わないで!!貴方だって、私の事きらいなくせに!」
「きらいじゃないよ」
「うるさい!!!」
サラはナイフを振り上げリュオンに斬りかかったが、彼はそれをかわした。何度かそれを繰り返す。
「私は大っ嫌い……リュオンになんか、出会わなければよかった……!!」
サラはもう、訳が分からなくなっていた。ナイフを振りながら、叫ぶ。
「貴方が生まれなきゃ、会いに来なきゃ、私はずっと目を覚まさないでいられたのに!」
ナイフが突き刺さり、リュオンは壁に体を打ち付けた。そのままずり落ち、そうして、動かなくなった。
サラはその光景を見て、我に返った。膝から崩れ落ち、手を床につける。
リュオンの腹部のナイフが刺さってる所から、血が溢れてきている。サラは自分が刺したそれを、呆然と見つめた。
「あ……わたし」
瞬間、強い力で引き寄せられた。
「!」
「……嫌いなんかじゃない」
引き寄せたその手が、肩に触れている。サラは、何が起こったか分からなくて混乱する。
手は肩から離れ、頰に優しく触れる。リュオンも、目を丸くしていた。しかし何かに気づくと、にっこり微笑んだ。
「なんだ。……早く、こうすればよかった」
その表情はすぐに消え、リュオンは血を吐いた。そうしてそのまま、力をなくす。頭が肩によりかかり、手は頬から離れた。
それからリュオンは、何も言わなくなった。サラは、彼に恐る恐る触れる。
綺麗なままだ。どこも、溶けたりなくなったりしていない。
「……どうして」
肩にもたれかかった頭に、恐る恐る手を伸ばす。
「リュオン、なんで……」
なんでこうなったか、理解はできる。でも、いやだ。こんなの、今知ったってどうしようもない。
殺したのは、自分だ。ひどい事も、たくさん言った。
瞬間、涙が溢れ出た。
後悔したって、遅いのに。
「……っごめんなさい!嫌いなんて、嘘なの……」
触れる手に、力を込める。まだこんな、温かい。
「大好きなの……」
寄りかかったリュオンの頭を起こし、両手で触れた。そのまま、顔を近づける。
キスは、血の味がした。
*****
「ははっ、やっぱ人間は弱いなぁ」
かつてエマにシアンと呼ばれたグルソムの少年クウは、倒れた人間の背中に足を乗せ笑顔でつぶやいた。
「かわいそうになぁ、化け物に殺されるなんて」
今頃サガスタの王は死んでいる頃だ。衛兵の力は激減。そうすると、もうこの国は自分たちの物で決まりだ。
笑いが込み上げてくる。ざまあみろ。今度はお前たちが、虐げられるんだ。クウは気づいたら、高らかに笑っていた。
しかしその次の瞬間、何かが消えた気がした。体がズシンと重くなる。
「え……」
この感覚は、知っている。昔、あの方が封印された時と同じだ。
クウは、遠くにいるその名を呼ぶ。
「サラ様……?」




