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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第10章 越えられない溝
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第79話 答えは分からない

 ジェラルドは傷を負ったまま、小屋に放り込まれた。木で作られたその小屋は中に何もなく、光もない。ジェラルドはこれからどうするべきか思案する。


「痛みますか?」


 ふいに聞こえたその声に、ジェラルドは驚き目を見開く。ドアの側に、サラが立っている。


「まぁね。でも思ったより傷は深くないよ。俺は少しなら回復魔法も使えるから、安心して」


 サラは何も言わず、ドアの側に立ったままだ。ジェラルドはそんな彼女に、にこりと笑いかける。


「驚いたよ。ここに来ていいのかい?オルフに怒られるんじゃないかな」

「大丈夫です。オルフは今それどころじゃないから」

「へぇ?」

「人間が、この森に押しかけてくるんです」


 サラは淡々とそう告げる。ジェラルドはサガスタの王たちの姿を思い出す。全くせっかちだ。


「ジェラルド様」

「ん?」

「その瓶は、なんですか?」


 サラの言葉に、ジェラルドはにっこり微笑んだ。


「何も持ってないけど」

「隠してもだめです。それ臭いますもん」

「え、うそ」

「人間にはわからないと思います」


 その言葉にジェラルドは苦笑し、瓶を取り出した。中には、赤く透き通った液体が入っている。


「これは、君に飲んでもらいたくて持ってきたんだ」

「毒ですか?」

「近いけど違うかな。これはね、人間になるための薬だ」


 その言葉に、サラは目を丸くした。そうしてまじまじと瓶を見つめる。


「うそ」

「嘘じゃないよ。覚えてるかい?セナのことを」

「……覚えてます。とても、素敵な人でした」


 セナとは、ジェラルドの従者であり、獣の耳をもつ女性だ。彼女は人と違う姿をしていながら、その中で生きようとしていた。


「じゃあこれも覚えてるだろ?彼女が何故あの姿になったのか」

「……獣の血を、飲んだから」


 そこまで言って、サラは瓶の中に入っているものが何か確信した。


「じゃあそれは……」

「ああ。人間の血と少し薬を混ぜているものだ。抵抗はあるだろうが、これを飲めば君は…」

「変なこと言わないでください。セナさんは言ってました。一緒にいた獣は、人間の血を飲んで死んだって」


 そう、この世界で他者の血を飲むことは禁忌だ。身を滅ぼしかねない、毒薬である。


「サラさん。君は、何故自分が触れたら人間が死ぬか考えた事があるかい?」

「?私の体に毒があるから…」

「そう、君は人間から身を守るため毒を持っている、外側にね。でも、内側は弱い。体内に人間の成分が入れば、その毒は効力を失う」


 ジェラルドの言葉に、サラは瓶を見つめる。


「もちろん、悪い事もある。君はきっと、魔力を失ってしまうだろう。生まれ変わる事もできないかもしれない」


 ジェラルドは、床に瓶を置く。サラはそれから、視線を離せない。


「君の一番の願いは、なんだい?」


 まるで悪魔が優しく囁くように、ジェラルドはサラに尋ねる。サラは瓶を見つめながら、小さく呟いた。


「私の、願いは」

「王よ、早まるな」


 その声に振り向くと、オルフがドアを開け立っていた。後ろには、ルカの姿が見える。


「そいつは嘘をついて、お前を殺そうとしている」


 オルフの言葉に、サラは呆然と瓶を見下ろす。オルフはその瓶をつまみあげ、そうして床に投げ落とした。ガラスが割れ、中の液体は床に流れていく。


「ひどいなぁ」


 ジェラルドの言葉に、オルフは彼を睨みつけた後、サラの方を向いた。


「王。魔法使いや衛兵が、大勢こっちに来ている。……覚悟は、決めたな」


 サラはオルフを、じっと見つめた。そうして静かに頷く。


「……ジェラルド様。有難うございました」


 サラはそう言うとお辞儀をし、その場を離れた。


「何をする気だ?まさか、皆殺しにする気か?」

「お前たち人間と一緒にするな」

「でも、今のサラさんの表情……」


 ジェラルドの言葉に、オルフは答えない。簡単な事だ。一番犠牲が少なく済み、簡単に国を取る方法。

 サラはそれをずっと、やりたがらなかった。でももう、人間たちの答えは分かった。


「ジェラルド。お前らしくないな。もう少しまともな方法をとると思っていた」


 流れていく液体を見ながら、オルフはつぶやく。この毒薬をうまく使えば、サラを殺せたのに。


「…そうだな、俺らしくない」

「お前も結局は甘いな。そこで見てるといい。国が壊れるさまを」


 ジェラルドはその言葉に、オルフの言葉の意味が分かった。衛兵や魔法使いは、この森に向かっている。


「まさか……」


 オルフはジェラルドに、優しく微笑む。


「お前は人質だ。…そして、おとりでもある」

「城が手薄のうちに、王を殺す気か。それをサラさんに……王は、リュオンの親だ」

「あいつが決めた事だ。サラにとってはさっき死ねた方が楽だったかもしれないな」

「……お前は、狂ってるよ。こんな事して、何になるんだ」


 ジェラルドの怒りを含んだ声に、オルフは冷たい声音で答える。


「全ての元凶はこの国から始まっている。それを壊さないと、何も進まない」


 その言葉に、ジェラルドはもう何も言えなかった。壊して壊して、そうして一体、何が残るのか。


*****


「リュオン様!」


 ディアンは、咄嗟に主の腕を強く掴んだ。リュオンはそれに、走っていた足を止める。


「……ああ、すまない。ディアン、無意識に走ってしまってた」


 リュオンはそう言って乾いた笑いを浮かべるが、ディアンの表情は心配そうに彼を見たままだ。


「大丈夫だ、うん。仕方ない。俺はこんなだし、父上を不安にさせるような事ばかりしていた。ここまで育ててくれたんだ。感謝しないといけない」


 そう自分に言い聞かせる。そうしないと、もう立っていられそうもない。


「リュオン様……」

「なぁ」


 その声が聞こえたと思うと、ディアンのローブの裾に隠れていた小さな魔物、通称まんまるが顔を出した。


「どうした?」

「近いんだ、気配がする」


 その表情はいきいきとしていて、リュオンは察した。


「ああ……サラの事か。森にいるからな、急がないと……」

「違う。近づいてきてるんだ」

「近づいて……?」


*****


「皆行っちまったな。ザプトのやつ、大丈夫かな」


 サガスタ城の門番のヘリーは、もう一人の門番ヨハンに話しかけた。森に向かった仲間が心配で、思わず彼に同意を求めた。


「私語はやめろ。勤務中だぞ」


 しかし、生真面目な相棒はいつもこう答える。この状況で喋らない方が無理がある。ヘリーはため息をつき、姿勢を正し前を向いた。すると、門に近づいてくる影が見えた。若い女のようだが、ローブのフードを深く被っていて、顔がよく見えない。


 女は彼らの前で足を止めると、静かに告げた。


「死にたくなかったら、門を開けてください」


 いきなり出た物騒なセリフに、ヘリーはビクっと体を震わせる。対して心強い相棒ヨハンは淡々と返す。


「用件は」

「言えないです」

「紹介状か、何か身分を証明するものは」

「ないです」

「ならば、お通しする事は出来ません。お帰りください」

「……分かりました」


 そう言うと少女は、静かにフードに手をかけた。

 瞬間、門番二人は息をのんだ。


 銀髪の髪と、ガラスのような赤い瞳。獣のような耳を持つその姿。

 それは、聞いていたグルソムの王の姿そのものだった。彼女は2人を見て、真っ直ぐに問う。


「王に会いたいんです。通してくださいませんか?」


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