第77話 すまなかった
オルフから届けられた紙を握りつぶし、サガスタの前王は怒りのままに叫んだ。
「ジェラルドが人質になっている!何を勝手に単独行動しているんだ!!」
そうして紙を机に叩きつける。部屋にいるサガスタの衛兵たちは、その様子に震え上がる。
「心配には及びませんよ」
その声に、前王は声の主を睨みつける。目の前にいる灰色のおかっぱ頭の青年の名は、ラグナス。あの忌々しいジェラルドの従者である。
彼は呼びつけられた人間とは思えないほど、けろっとした顔をしている。
「ジェラルド様は大丈夫です」
「奴の心配などしておらん!勝手に行動されたらこちらが困るんだ!」
そう言うと、ラグナスはにこっと微笑んだ。地味なくせに、主人に似てうさんくさい。
「どうか、暫くお待ち頂けませんか。失礼致します」
「!?待て……っ」
優雅な礼をした後、颯爽と去っていったその姿を見送り、前王はまた机に拳を叩きつける。普段温和な前王の変貌ぶりに、衛兵たちの目はもう涙目だ。
「……兵を出せ……」
ぽつりと言われたその言葉に、衛兵たちは目をぱちくりさせる。
「場所が分かった今、挙兵しその森に向かう。なんとしても、森で奴らを倒せ」
「し、しかしあの……」
「他国から集めた魔法使いもいる。勝てるに決まってる」
「お言葉ですが、ジェラルド様は何かお考えがあって、乗り込んだのでは……もう少し待ってみても……」
恐る恐るそう告げた衛兵は、前王の無言の視線に顔を青くする。
「わ、分かりました、すぐ出兵します!」
バタバタと部屋を出て行く衛兵たちの姿に、前王はため息をつく。こんな事になるとは思わず、衛兵たちは完全に平和ボケしている。不安は残るが、国を守るために戦ってもらわなければならない。
前王は部屋を出て、目的の部屋に向かう。そこには、疲弊しきっている息子の姿があった。
「ゼネス」
声をかけたが、彼はこちらを気だるげに振り返っただけだ。オルフによる宣告がなされてから、ずっとこんな状態だ。
「しっかりしろ、グルソムの居場所がわかった。挙兵するぞ。お前がそんな状態では勝てるものも勝てない」
「……」
ゼネスは、何も言わない。前王はため息をつき、踵を返す。
「もういい、お前はそこにいろ」
扉に手をかけると、後ろから声が聞こえた。
「……リュオンは……私とリアの子です……」
その言葉に、思わず手をとめる。後ろを振り返ると、ゼネスが縋るような目で見ていた。
「そうですよね、父上……?」
ゼネスは、我が一族にかけられた呪いの事は、何も知らない。オルフに逆らえず、私がゼネスの留守中に、リアにグルソムの血を飲ませた事も。
ずっと、言えなかった。
「……すまなかった」
絞り出したその声は、震え裏返った。ゼネスの表情は、強張っていく。
「何故謝るんですか、父上……?」
「……私は、お前の妻、リアにグルソムの血を飲ませた。結果彼女は死に、子は元々の姿とは違う形で産まれた」
ゼネスの目は、焦点が定まっていない。
「すまなかった」
例え彼女と中の子供が死ぬ事になったとしても、問題ないと思った。新しい嫁を迎えさせればいいと。
全ては、自分が死にたくなかったからだ。
結果、彼女は死に、子供は産まれてきた。それが、今こうした問題を引き起こしている。
ゼネスは、何も言わない。本当は、分かっていたのかもしれない。
前王は、ドアを閉じた。その後、部屋の中には叫び声が響き渡った。
*****
ベチっとした音とともに、頰に衝撃が走る。驚き目を開くと、そこには灰色の大蛇のような姿の魔物・ガルの尻尾があった。丸く、ふさふさの魔物も隣にいる。
「ついたぞ、北大陸だ」
リュオンは体を起こし、周りを見渡す。北大陸のどこかの国の、浜辺だろうか。隣で目を覚ましたディアンも、あたりを見渡しリュオンに告げる。
「ここは、オーセルですね」
「そうか……」
「グルソムはきっと」
「ああ、サガスタにいるな」
リュオンはそう言うと、ガルの方を振り向いた。
「本当に有難う。貴方のおかげで、早く着く事が出来た」
ガルは何も言わず、リュオンの方をじっと見つめる。リュオンはそれに、首を傾げた。ガルは小さく、ため息をつく。
「人間が魔物に礼を言うとはな。……いいから、早く行け」
「ああ、本当に有難う!」
彼らの去りゆく背中を見送った後、ガルは空を見上げた。そうして亡くなった友人に思いを馳せる。
空は夕日の色で、赤く染まっていた。




