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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第10章 越えられない溝
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第75話 壊れた憧れ

 目の前には、自分を馬鹿にした者たちが倒れていた。オルフは我に返り、その状況に愕然とする。


 まただ。またやってしまった。


「いやぁ、見事だったね」


 声がした方を振り向くと、若い青年がそこに立っていた。このスラム街には不具合な、上等な黒地のローブを着ている。フードを目深に被り、顔がよく見えない。


「自分より大きな男たちを、指一本で倒すとは。いやぁ、いいものを見た」

「……あんたも、こうなりたいのか」

「いや、私は君を迎えに来たんだ」


 男の言葉に、オルフは耳を疑う。


「は?」

「君の噂は、城下まで聞こえてね。ぜひお会いして、その力を見たいと思った。そうして驚いたよ、想像以上の力だ」

「……失せろ」


 うきうきと話す男に、背を向け歩き出す。オルフの心は、変にざわついていた。今までオルフのこの力を見たものは、皆驚き怯えていた。それなのにこの目の前の男は、どこか楽しそうだ。


「その力を生かして、僕の力になってくれないか」


 その時、そのまま去ればよかった。でも何故か、振り返ってしまった。

 男はフードをとり、優しく笑っていた。淡い茶色の髪に茶色の瞳の、線の細い青年だった。


「君は、おかしくなんてない。君のその力は、人々を幸せにする力がある」


 目の前の男はそう言って、手を伸ばしてきた。その手を一瞥した後、きつく睨みつける。だが、男は怯まない。


「君が力になってくれれば、このひどい世界を変えられる」


 その言葉に、何故かオルフの心はとらわれた。今思えば、何故か分からない。


「僕と一緒に、こんな窮屈な世界を変えよう」


 オルフは気付いたら、その男の手をとっていた。


*****


 男の名は、ロキといった。

 彼は自分と同じ、魔法という力を持つためあらゆる苦労をしてきた。


 彼は、オルフに言った。

 人々のために尽くせば、僕たちの存在は受け入れられる。

 オルフも彼の言葉に頷いた。そうして、2人で魔術の研究に取り組んだ。


 他の人に出来ず、自分たちが出来ること。それが、魔族が住むため人間が住むことが出来ない、新しい土地を手に入れる事だった。


 ロキは北大陸を観察し、そうして計画を立て実行した。当初オルフはそんなにうまくいくはずがないと思っていたから、ロキが王を封印したと聞いた時は驚いた。


 そうして北大陸の土地は解放され、人間は新しい広大な土地を手に入れた。ロキは英雄と呼ばれ、オルフはそんな彼の弟子として敬われた。


 ロキは本当に、世界を変えた。

 人々が彼を崇める姿を見るたび、自分たちは認められる存在になったのだと実感した。


 しかし、何か胸にしこりが残った。


 魔族は、ほとんどのものが王が消えたと同時に魔力を失い消えるか、魔力を失い力のない存在となった。そうしてそんな彼らは、道具として使われるようになった。

 奴隷として、あるいは玩具として扱われる魔族。人々は彼らを異形と呼んだ。


 人々の生活は、確かに豊かになった。

 オルフ自身も、幸せだ。


 それなのに何か違和感があり、どうしてか胸がさわいでいた。


 そんなある日、オルフは道端で赤ん坊を見つけた。黒い獣の耳と尻尾を持つ魔族だった。


 何故かオルフは、その赤ん坊を拾い、ルカという名を与えた。理由は分からない。だが彼女を自分がもらった屋敷で隠し育てる事にした。


 そうして接してみて、気づけばルカはオルフにとって、誰よりも大切な存在となっていた。



「ロキ様。魔族の王の封印を解きましょう」


 ある日オルフは、ロキにそう相談した。


「……何を言ってるんだ?」

「私たちは、彼らを誤解していました。彼らも、私たちと同じなんです。だから、彼らに一部の土地を返し、彼らが住める場所をもう一度」

「同じ?」

「はい。何も違わない、彼らも」

「オルフ。お前は勘違いしている」


 低いその声に、オルフは背筋を凍らせた。


「あいつらは化物だ。恐ろしい力を持っている」

「だからそれは、私たちと同じで…」

「彼らの力は、破壊だ。私たちの力は、生み出す力。まったく違う」


 そうだろうか。そうなんだろうか。

 私たちがしてきた事は、生み出しただけだったろうか。


「オルフ。あまりつまらん事は考えるな。また辛い思いをする事になるぞ」


 ロキはそう言い、オルフの頭を優しく撫でる。オルフは気づけば、その手をはたいていた。ロキはいつもは崩さないその笑顔を、わずかに強張らせた。


「……計画の時から、貴方の魔力を支える手伝いをしながら、魔族を見ていました」


 そうだ。本当は、ずっと前から気づいていた。


「彼らは、私たちなんかよりよっぽど温かい……」


 優しい王を中心とした世界。彼らは人間の土地を奪う気はなかった。ただ、彼らの世界を守っていた。


「壊したのは、僕たちです!」


 気づけば、オルフはそう叫んでいた。ロキはそんな彼の姿を見て、優しく微笑んだ。オルフはロキのその笑顔に、恐怖を感じた。ロキは微笑んだまま、オルフに詰め寄る。


「今この世界になり、幸せを手に入れた者は多い。オルフ、お前にはこの世界が壊せるのか?」


 その言葉に、オルフは答えられない。ロキはそれを見て、口角を上げ告げた。


「壊せるなら壊してみればいい。お前が私に勝てる訳ないがな」


 その言葉と表情ではじめて、彼にとっての自分の存在の価値を知った。


*****


「どういう事だ!話が違う!」


 サガスタの前国王が、消したはずの水晶玉の向こうで怒りに震えている。


「ん?」

「約束と違う!グルソムの王を生き返らせれば、私たちへの呪いを断ち切る約束だったはず!だから協力したのに!こんな真似をするとは…っ」

「協力?よく言うよ、オーセルの姫を旅に加えたのは、君だろ?」

「…!違う、あれは、姫のご意志で…!」

「私へのただの反抗心からか、はたまた王子の気が変わればいいと思ったか?残念だな、あいつにはグルソムの血が流れてる。彼らの王への情は絶対だ」


 目の前の老人は、怒りに包まれ充血させた目をオルフに向ける。だがオルフは、気にせず笑い返した。


「でもまぁ、感謝してるよ。彼女がいたおかげでより物事がスムーズにいった面もある。約束通り、君たちの命は自由だ。まぁ、これからの戦いでどうなるかは知らないが」

「待て!おいっ…」


 まだ叫んでいるのを無視し、通信を切る。そうして僅かな間の後、オルフは笑い出した。


「いやぁ、これまで長かった……」


 グルソム王の封印は、ロキの血とグルソムの血が交わった子が産まれた時に解かれるという、ありえない細工をされていた。そうしてロキは、オルフがロキの一族に近づけないようにまでしていた。


 直接手を下せないオルフは、何度もあらゆる者に呪いをかけロキの一族の娘にルカの血を僅かに加えた液体を飲ませた。しかしグルソムの血が混ざった子は、産まれては来なかった。


 しかし、ようやく産まれた。それが、リュオン。血を飲んだ娘は死んでしまったが、産まれた子供は元気に育った。そうして、彼は自身でグルソムの王に会いに行った。


 しかし、グルソムの王が完全に元の姿に戻るにはまだ魔法が施されていた。その魔法を解くにも、かなりの時間を要した。


「やっとだ。これでやっと……」

「オルフ!」


 ドアが勢い良く開かれると、そこにはサラが立っていた。


「どういう事?」

「なにが?」

「北大陸一帯に攻め入る気なの?私はそんな事、したくない!!」


 サラは怒りに震えている。


「人間とは決別したんじゃなかったのか」

「したよ。でもまさか、そんな事……一部だけもらえるよう脅せば」

「サラ、だから君は駄目なんだ」


 目の前の悲しい王は、オルフの方を訝しそうに見た。


「一部だけ?そんなの、通用しないさ。じゃあ一体、どこをもらうんだ?そこを指定したとして、その土地にいる人はどうなる?」

「だから、森とかに……」

「別れて暮らすのか?それじゃ意味がない。第一、それじゃ人間は出て行かない。そうしていつか、必ず魔族を追い出す」


 オルフは、自分でも分からないまま言葉を発する。サラはそれに、首を振る。


「でも、だからってこんなの。オルフ、貴方は人間でしょ。こんな事したらもう人間の世界には」

「心配するな。俺は自分が人間だなんて、思っちゃいない」


 サラはその言葉に困惑の表情を浮かべる。それにオルフは、苦笑で返す。


 そうだ。俺は所詮、一度も人間の世界で人間として見られてなかった。


「それに、もう遅い」



 オルフの声とともに、森がざわつく。サラが辺りを見回してる間に、オルフは水晶玉を杖で叩く。


 そこに森の入り口に立つ、一人の青年がいた。オルフはそれを見ながら、不愉快そうに顔を歪ませる。


「ジェラルド王のお出ましだ」


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