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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第10章 越えられない溝
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第74話 方法

「ユア……様……?」


 違うはずだと分かっていても、リュオンはそう呟いていた。


 ユアとは、海に住む魔物であり、人の血を飲み己の姿を偽って生きてきた者の名だ。結果として、リュオンはユアの命を縮める事になった。


 ガルと呼ばれたその魔物は、その大きな丸い瞳をリュオンの方に向けた。よく見ると長い首はユアと一緒だが、首の先は鴨のような姿をしている。


「グルソムの血を持つ少年とは、お前のことだな」


 その言葉に、リュオンの鼓動は大きく脈を打った。答えられないでいるリュオンに変わり、まん丸い魔物が返事をする。


「ガル。こいつは見た目だけだ。グルソムの方々のような力はまるで感じない」

「ああ、そうかもしれないな」


 まん丸の言葉にガルはそう返事をすると、その目を細めた。


「俺を……知ってるんですか?」

「知っている。ユアから聞いた」

「!ユア様は……」

「消えたよ。愚かなものだ。己を偽り、結果破滅したのだから」


 リュオンははっきりと告げられたその言葉に、顔を下に向ける。


 いつかこうなってしまう事は、気づいていた。それでも。


 リュオンは、知れず拳を握りしめる。

 

「……違うんです。俺が、彼女の魔力の源を壊して……」


 今でも思い出す。弱り果てた、今にも消えそうなユアの姿を。


「あいつは、お前たちにもし何かあれば救うように海の魔物に呼びかけていた」


 リュオンは、ガルのその言葉に驚き顔をあげる。


「もちろん、誰も聞かなかったがな。仲間を殺した奴なんて、助ける気などない」


 ガルの言葉に、まん丸は慌てた様子で叫ぶ。


「そう言わずに、頼むよ!俺こいつに借り作っちまったんだ。北大陸まで運んでくれるだけでいいから」

「……北大陸に、何しに行く気だ」


 リュオンに向け尋ねられた言葉に、リュオンは迷いながらも真っ直ぐ答える。


「戦いを、止めます」

「お前が?」

「こうなったのは、俺のせいでもあるんです」


 あの日、元の姿のサラに会った日。あの時間違わなければ、こうはならなかったかもしれない。


「……もうサラはきっと、俺の顔なんか見たくない。謝って許してもらえるなんて、思ってない」


 "どうせ、彼は何も出来ない"


 アイルの言葉が脳内にこびりつく。

 この旅で、嫌という程わかった。自分は、まだ何も成していない。それどころか。


 ユアの事も、サラの事も。自分に会わなければ、何もしなければ良かったのかもしれない。


「……それでも、行きたいんです」


 行きたいのは、ただの自分の我儘だ。リュオンはそれを自覚し、手を強く握る。


「……乗れ」


 ガルはそう言うと、長い尻尾をリュオンたちの足元に近づけた。リュオンはそれに、ただ困惑する。


「……え」

「やっほーー!ほらお前たち、ガルの気が変わらないうちに早く来い!」


 まん丸いのはそう言いながら尻尾に飛び乗ったと思うと、その尻尾につかまりガルの首から背中の間に降りる。

 

「リュオン様、行きましょう」

「あ、ああ」


 いつの間にか背に乗っているディアンに驚きながら、リュオンも同じように尻尾に乗せてもらい移動する。


 なんで、乗せてくれたのか。リュオンは混乱したままだ。


「全員、乗ったか」


 ガルのその言葉にまん丸が元気よく返事をすると、次の瞬間海に潜ろうとする。リュオンはそれに慌てて我に返り叫ぶ。


「え、ちょっと待って!ちょっと待って!死んじゃいます!」

「何だお前、エラ呼吸も出来ないのか」


 ガルはため息をつきながらそう言う。リュオンはなんだか、申し訳ない気持ちになる。


「速度は下がるが、お前たちの顔は海面から出るようにする」


 ガルはそう返事をすると、今度こそ泳ぎ始めた。


 リュオンはその速さに悲鳴をあげたが、そこは無視された。


*****


「港に行きたいの!お願い、乗せて!」


 そう叫び馬車を停めるが、皆首を振って去っていく。


「何よ、ケチ!」


 ローザはふてながら、長い道を歩く。悩んだ末、エマとトラスには内緒で城を出た。


 危険な場所に行くのに、2人まで巻き込むわけにはいかない。


 砂利道を、重いカバンを持ちながら進む。旅の疲れと寝不足が襲いかかり、目を閉じればすぐにでも寝てしまいそうだ。


 道は、どんどん険しくなっていく。この旅に出て、気づけば体は傷だらけだ。足くずれはして、気づかぬうちに出来た傷がたくさん。


 正直、ユーランで城にいる時間が、一番落ち着いた。


 砂利道に水が落ちていく。また、泣いてるんだ。ローザは自分に嫌気がさした。


 オーセルの城にいた時は、泣いたりなんかしなかった。叫んだりも、怒ったりも。我慢する事が出来た。


 全部、あの人たちのせいだ。あの人たちのせいで、自分はこんなになってしまった。


 会って文句を言わなくちゃ。言いたい事、言わなくちゃ。


「お嬢ちゃん。そんな大きな荷物抱えてどこに行くの?」


 後ろからかけられたその言葉に、ローザは背筋を震わせる。いつの間にか、人気がない道に出ていた。

 後ろから、複数の気配がする。


 まだ話し続けるその声に振り返ることなく、ローザはカバンを握りしめ前の道を走り続ける。


「ねぇ」


 聞こえない。何も聞こえない。


 ふいに、後ろから強い圧力がかかる。


「!いやっ……!!」


 その直後、鈍い音と、倒れていく音が聞こえた。顔をあげると、そこには見慣れた姿があった。


「エマ、トラス……!」


 エマは土埃をはわくと、にこりと微笑んだ。トラスは地面で倒れている男を見ながら呟く。


「あーあエマ、皆気を失っちゃったよ」

「ローザ様に手を出そうとしたそいつらが悪いわ」

「……なんで、ここに……」

「ローザ様。私たちが何回もただで置いてかれると思わないでください」


 何かローザが言おうとする前に、エマは仁王立ちで言い放つ。


「ローザ様の身を守ること。それが私たちの使命であり、願いです」


 エマはそう言って、優しく微笑みローザに手を差し出した。


「さぁ、ローザ様。行きましょう」

「エマはシアンの事もありますし」


 エマはいらぬ事を言ったトラスを、じろりと睨む。


「シアンは、関係ないわ。私はローザ様についていきたい。それだけよ」

「ローザ様。俺の家族も、まだ国にいます。もしかしたら入れ違いになるかもしれませんが…どうか、お供する事をお許しください」


 ローザは、そう言って膝をついた二人を見る。


 自分は今までも、ついさっきも、自分の事ばかりだった。そんなローザに、目の前の2人はついていき守りたいと言ってくれる。危険なのに。自分勝手で、足手まといになるかもしれないのに。

 こんな駄目な主なのに、この2人は守ってくれるのか。


「……有難う」


 ローザは、震える声でそう呟いた。


 エマとトラスの笑顔を見て、ローザは目をこすり、そうして姿勢を正すと言葉を発した。


「北大陸に、グルソムが侵攻します。私は、オーセルの姫として、そして……友人として、戦いを止めにいきます。ついてきて、くれますね?」

「はい、姫様」


 そう言い2人は礼をする。

 ローザはそこで、ようやく微笑んだ。


 まとまったところで、トラスはローザに尋ねた。


「それで。どうやって行くおつもりだったんですか?」

「決めてないわ!とりあえず港に行く気でいた!」


 はっきりとそう答えるローザに、2人は言葉を失くす。


「でも、目的地は決まってるの」


 ローザの言葉に、2人は首を傾げる。ローザは北大陸の方を見つめ、呟いた。


「サガスタの森。そこに、サラはいるはずよ」


*****


「……喋ったか」

「ああ、すまない」


 全く悪く思ってない様子で、アイルはそうジェラルドに告げた。それに、ジェラルドはため息をつく。


 ジェラルドは北大陸についてから、連日北大陸の王たちとどうするべきか、手立てはないか話し合っている。グルソムがどこにいるかも各国の衛兵たちが探しているが、見つかりもしない。


「まぁ許せ。一つ情報がある」

「情報?」

「グレゴール殿」


 アイルがそう呼ぶと、水晶玉に丸い眼鏡をかけた髭がふさふさのいかにも怪しい老人がうつった。

 以前どこかで見た顔だ。ジェラルドの思考を察知したのか、アイルが紹介する。


「学者のグレゴールさんだ」


 そこで、思い出す。以前の国連会議で、グルソムについて説明していた人だ。


「この度、一つの可能性に気づいたらしい」

「……可能性?」

「グルソム王を、滅ぼす方法だ」


 その言葉に、ジェラルドは目を見開いた。


「グレゴール殿、説明を」

「はい。いやはや、この説は可能性があるだけで、確信がある訳ではありません。それにまず可能性があるとしても、方法が……」

「それは分かったから。早く話してくれ」


 アイルの言葉に、グレゴールは咳払いを一つして話し出した。


「ええと、はい。グルソム王の体は人にとって猛毒である。それは何故か、私はずっと考えておりました。そして考えたのです。それは、身を守るためなのではないかと」

「……話が見えない」


 ジェラルドは、苛々した気持ちを隠しながら告げる。


「私たちにとってグルソム王が害であるように、グルソム王にとっては、私たちが害なのです」


 そう言ってグレゴールは話を続ける。


「グルソムの王の務めは、グルソムの皆に魔力を与える、いわばグルソムの柱です。その柱には、決して他の不純物を混ぜてはいけない。その身を守るためにグルソムの王は、害となる人間に立ち向かう毒を与えられた。……もうお分かりですかな」

「さっぱり分からん」

「王が純血なグルソムでなくなれば、王は柱である務めを失い滅び、そうしてグルソムは力を失います」

「……そんな事、どうやって」


 ジェラルドの問いに、グレゴールはためらい、小さく呟いた。


「グルソムの王に人間の血を、飲ませるのです」


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