第73話 何ができるか
バフォメットは、驚くローザを見て満足そうに笑っている。
「な、なんで貴方がここに……」
「いや、ちょっと知り合いを迎えに来たんだが、あんたが見えてな。面白そうだからご挨拶に」
「ご挨拶って……」
ローザは全く悪びれないバフォメットの様子に絶句した。ローザはかつてこの男に勝手に操られた過去があり、彼女にとってそれは黒歴史である。それなのにこの男は、謝るどころか何事もなかったようにニコニコしている。
「知り合いって誰よ?」
「あんたは知らない人だよ。それよりどうしたんだ?置いてきぼりくらっていじけてんの?」
ローザは言われたその言葉に、顔をこわばらせる。バフォメットはそれを見て、したり顔を浮かべた。
「まぁ、元気だせよ。これから北大陸は戦場になる。命が惜しければここにいた方がいい」
「貴方、何でそんな事知ってるの?ただの悪魔でしょ?」
「コキ使われてる身の上なんでね」
「……誰に?」
そう尋ねると、バフォメットは微笑み、移動しようと立ち上がる。
「!待って!貴方、サラの居場所も知ってるの!?」
ローザのその言葉に、バフォメットは一瞬目をぱちくりさせた後、微笑んだ。
「さあ?」
「教えて!あの子、一体どこにいるの!?」
「聞いてどうする気だよ。知ったところで、どのみちあんたは何もできない」
「そんなの、分からないじゃない!」
自分が無意識に発したその言葉に、ローザは驚いたが、言葉はまだ溢れ出てきた。
「確かに、私は何も知らない、何もできないけど……だからって嫌よ!このまま、何もできないなんて。行ったら何か、できるかもしれないのに!」
「できる事が一つも浮かばない時点で、行っても無意味だと思うがな」
「……あの子を、一発殴るの!」
やけくそ気味にローザが言ったその言葉に、バフォメットはぽかんと口を開けた。
「なぐる……」
そうして沈黙が続いた後、盛大に吹き出した。ローザは彼のその行動に、恥ずかしさが出てきて顔を赤くする。バフォメットはまだ笑いながら、ローザに向かって意地悪そうに微笑んだ。
「殴るために行くのか。グルソムの王を?」
「……そうよ。サラの分際で私を置いていったこと、怒らないと」
ローザは恥ずかしさを必死でこらえ、バフォメットの目を真っ直ぐに見る。バフォメットは口の端をあげると、小さく呟いた。
「いいよ。教えてやる。森の中だ」
「?森……?」
ローザは詳しく尋ねようと口を開いたが、バフォメットは次の瞬間にはもう姿を消していた。
彼が消えた部屋で、ローザは一人考える。
「森って、もしかして……」
*****
「まんまるさん、着いたよ。浜辺」
リュオンとディアンは馬から降りながら、丸い姿の魔物に話しかけた。すると、その魔物は毛を逆立てる。
「だから!なんだその力が抜ける名前は!」
「だって、名前を教えてくれないから」
「そうですよ。まんまるさん。この名が嫌ならお名前を教えて頂かないと……」
「やだね!人間に名前を教えたら、どう悪用されるか分からない!」
リュオンはため息をつく。この場所に来るまで、何度このやり取りをしたか。
「ま、とりあえず着いたな。ついてきな」
まんまるがそう言うので、リュオンたちはそのまま大人しく着いていく。
まんまるはリュオンたちに、海が見える場所に連れていくよう告げた。ここは港でもない、地元の人たちが訪れる場所だ。まんまるいわく、船がいては逆に邪魔らしい。
一体、どうする気なんだろう。
そう思っていると、まんまるは何か小さく呟いたと思うと、口笛を吹いた。
すると、どこからか大きな音が聞こえ、その音がどんどん近づいてくる。
「な、なんだ?」
戸惑いまんまるの方を見るが、彼は満足そうに微笑んでいる。
「来るぞ」
「え……」
その直後、大きな水しぶきが起こり、リュオンたちに直撃した。
「うわっ!!」
水滴で視界がぼやける中、リュオンは海に長く大きな生物を見る。
リュオンはそれに、ぽかんと口を開ける。色は濃ゆい灰色だが、首が長く大きな恐竜のような姿には、どこか見覚えがあった。
「ガル、いきなり呼び出してすまない!」
まんまるはそう笑顔で告げる。
ガルと呼ばれた魔物は、大きなその瞳を見開いた。




