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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第10章 越えられない溝
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第72話 置いてきぼり

「おいガキ、どこに行くんだよ?門はあっちだろ?」


 肩に乗った丸い生物が、不審気にそう尋ねてくる。リュオンはそれに、前を見て進みながら答える。


「厩に行く。まずは足が必要だ」

「お前、馬乗れるの?」

「見えた!」


 リュオンはそう言い厩に駆け寄ろうとしたが、人影が見えて後ずさる。


 そこにいたのは、従者であるディアンその人だった。彼はリュオンと自分の荷物を抱え、そこに立っていた。


「ディアン、何でここに!?」


 驚く主人をよそに、ディアンは眉一つ動かさず答える。


「アイル様が、教えてくださったんです。リュオン様が、北大陸に行こうとしていると」

「アイル様が……?」


 リュオンは、予想外の言葉に呆然とする。


「何か、あったんですか?」


 その問いに、リュオンは言葉をつまらせる。だがディアンの視線に負け、口を開く。


「……グルソムが、北大陸を奪うつもりらしい」


 ディアンは、その言葉にわずかに目を見開き、その後考え込む。


「やめさせないといけない。だから、行くんだ。止めないでくれ」

「私も、一緒に行きます」


 ディアンがそう言うと、リュオンは首を振った。


「駄目だ。ディアンは、ここにいてくれ。ローザ様たちを、よろしく頼む」

「彼らなら大丈夫です。エマさんとトラスさんは有能な方ですし」

「いや、でもお前」

「それに。……あまり私は、ローザ様のお側にいない方がいい」


 リュオンはディアンのその言葉に、目をぱちくりさせる。


「え。ディアン、それってどういう」

「なー。どうでもいいから、早く出るぞ。時間がないんだ」


 ディアンはそこで、ようやくリュオンの肩にいる物体に気づく。


「……なんですか、リュオン様。その毛玉は」

「なに!?失礼だぞこの根暗!」

「でもそうですね。リュオン様、早く行きましょう」


 そう言って、ディアンは馬の手綱をリュオンに差し出す。リュオンはため息をつくと、それを受け取った。



*****



「行った……?」


 ローザは、そうぽつりと呟き、目の前に立つアイルをじっと見た。ローザの後ろにはエマとトラスがいるが、あとは衛兵しかいない。


 リュオンとディアンの姿がなく、何か知らないかとローザはアイルをたずねた。そうして、「北大陸に行った」という言葉が返ってきた。


アイルの表情は淡々としていて、彼女の心境は分からない。


「ああ、馬をかりて出て行ったよ。ほら」


 アイルは、真面目そうで丁寧な文字が書かれた紙を見せる。間違いない。ディアンの文字だ。


「…なんで……」

「……貴方だけに言わないわけにはいかないか。グルソムは、北大陸に侵攻すると宣言した」


 アイルの言葉が、遠くに聞こえる。


 どうして、なんで。


 ローザはいてもたってもいられず、ドアに向かって走り出した。しかし、目の前に衛兵が立ちはだかり、道は閉ざされる。


「あの2人からの伝言だ。君はここに残るようにと」


「……どうして」


「言ったろう?北大陸は危険だ。貴方の事を思ってだ」

「そんなの……!」


 ローザは、涙を目にためて、声を押し殺す。


「そんなの、嫌に決まってるじゃない……!私は、オーセルの姫よ!」

「貴方の父上、オーセルの王に連絡した。姫はこちらにいると」


 ローザは、その言葉に僅かに体を動かす。


「そこにいるようにと、仰っていた」


 アイルは立ち上がると、ローザの肩を優しく叩いた。


「貴方が北大陸に行っても、喜ぶ人は誰もいない」


 そのまま衛兵を連れ、静かに出て行く。


「…ローザ様……」


 エマの声に、ローザは彼女と、隣にいるトラスを見る。そうして、力なく笑った。


「……有難う、大丈夫よ」


 そう言って、部屋を出て、静かに廊下を歩く。感覚がないまま自分の部屋にたどり着くと、ドアに背をかけたまま床に座り込む。


 窓の向こうには、青い空が見える。


 分かってる。自分が行ったって、何の役にも立たない。むしろ、迷惑をかけるだけだ。


 でも、それでも。


「……どうしてよ……」


 旅をしてきて、ローザは勝手に彼らの仲間になった気でいた。自分も、役に立ってると。ここが自分の居場所だと。


 でも実際は、彼らにとって自分は置いてかれる存在でしかない。


 それに……


 "グルソムは、北大陸に侵攻する"


 信じたくない。


 ねぇ、サラ。貴方は一体どこにいるの?どうして私たちの所に来ないの?


 ……私のことなんて、忘れた?

 人間と仲良くする気なんて、もうないの?


 問いばかり溢れ出て、どうしようもない。答えなんて、返ってこない。


 気づけば、床には雫が落ちていた。ローザは懸命にぬぐうが、一度溢れたら、止まらない。


「やぁ、お嬢さん。お悩みだねぇ」


 ローザは、その声に耳を疑った。


 もう二度と会わないはずの、記憶の彼方に飛んだはずの姿がそこにいた。


 紺色のローブを着た、青く長い髪の男。


「……バフォメット!?」


 ローザがそう言うと、男はその青い瞳を細め、満足そうに微笑んだ。

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