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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第10章 越えられない溝
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第71話 道しるべ

 リュオンは、アイルや衛兵たちの目の前で、魔物が繋がれていた縄を切った。そうしてその手で、魔物を受け止める。


「何をして……!」


 衛兵が剣の柄に手を掛けながらそう叫び飛び出そうとするのを、アイルが右手をあげ制した。


「間違っている……か。なるほど、やはり君は……魔族の仲間なんだな」


 どこか憐れむように呟かれたその言葉に、リュオンは眉間に皺を刻む。アイルはゆっくりリュオンの側に近寄ると、淡々と告げた。


「グルソムは、北大陸を人間から奪うつもりだ」

「?奪う……?」

「ああ。魔法使いオルフがグルソム側の立場で北の王たちに告げた。死にたくなければ一ヶ月以内に北大陸から出て行けとな」


 アイルの言葉が飲み込めない。

 オルフとは……旅のはじめに出会った魔法使い。彼は、サラの呪いを解くためのヒントを教えてくれた。

 

 その人が、なぜここで出てくる?

 それにあの人は……


「何かの間違いだ。だってあの人は、魔族を倒した魔法使いの弟子だって」

「彼の真意なんて分からないが、師の教えに弟子が背くなんて良くある事だ。しかし、人間全体を敵にまわすとはな」

「そんな……」

「北大陸は、血の海になるだろうな」


 アイルの瞳は揺るがなく、リュオンを見ている。その事からも、彼女が言っている事は嘘でないと分かる。


 リュオンは魔族を手に抱えたまま、来た出口に向かい走り出す。


「どうする気だ?」

「決まってる。やめさせます、そんな事」

「今から北大陸に向かう気か?悪いがそれは無理だ」


 アイルの冷静な声に、リュオンは段々焦りが募る。


「今この地に魔法使いはいないのは事実だ。唯一魔法が使えたジェラルド王ももうこの地を出た。船に運良く乗れたとしても、間に合うはずがない」

「なんでですか、一ヶ月あればもしかしたら……」

「ジェラルド王が行っている。彼はグルソムは既に北大陸にいるはずだと言っていた。見つけ出すのも、時間の問題だ」


 リュオンは、アイルの言葉に昨夜のジェラルドの姿を思い出す。彼は、何をするつもりなのか。


 気づいたらリュオンは駆け出していた。


「リュオン様!!」

「いい、追うな」


 アイルが、追って来ようとした衛兵たちを制止し、冷ややかな声で告げる。


「どうせ、彼は何も出来ない」


 遠くからその言葉が聞こえ、リュオンの中にはやるせない思いが沸き起こる。前を見ずに、ただ道を走り続ける。城は広い。誰もいない暗い道が、延々と続く。


「おい」


 なんで、ジェラルド様は教えてくれなかったのか。分かってる。


 俺が、中途半端だからだ。


 姿とか、血とかそれだけじゃない。

 俺は、覚悟も自分の気持ちも、何も分かっていない。だから


「おいガキ!聞いてんのか!!」


 その言葉に、思考が現実に戻る。見ると、知らないうちに握りしめていた丸い生物が、バタバタ動いていた。


「何勝手に抱えてんだよ!」

「ご、ごめん。だって君あのままじゃ、死んでたよ」

「うるさい。それより離せ。さっきから矢が刺さってるところが痒いんだ」


 リュオンが慌てて離すと、その丸い生き物は自分に刺さった矢を躊躇う事なく引き抜く。その際飛び出た血にリュオンは悲鳴をあげそうになるが、その傷口があっという間に塞がっていくのを見て呆然とする。


「分かったか?俺はこれくらいじゃ死なねぇ」


 リュオンはその言葉に何も返せず、ただ呆然とその魔物を見つめる。すると魔物は居たたまれなくなったのか、お腹の辺りを両端二つの触角でおさえながら、もぞもぞ言った。


「……まぁ、あのまま火に落ちてたらさすがに死んでた。だから、癪だが礼は言う。ありがとな」


 そう言ってぽよんぽよん跳ねて去って行こうとする魔物の触角を、リュオンは慌てて掴む。


「待って!」

「ぐぇっ!!」

「教えてほしい。君は、サラについて何か知ってるのか?」

「だから知らねーよ!知ってても、誰がお前みたいな半人前に教えるかよ」


 その言葉に、リュオンは寂しそうに顔を歪める。


「そうか……君から見て、やっぱり僕は半人前なんだ」

「まぁな。オマケに、嫌いな奴にすごい似てる。お前、あのろくでもない奴の子孫だろ。なのに何でそんな色してんだよ」


 魔物は遠慮なしに、ズバズバと告げてくる。リュオンはそれに、首を振った。


「分からないんだ、俺は何にも知らない」

「分からないだぁ?お前、自分の事も分からないのかよ。本当に半人前だな」

「だから、教えてほしい。魔族のこと、北大陸のこと。サラに……何があったか」


 リュオンはそう言って、頭を下げた。魔物はぽりぽりと毛をかく。


「俺は、あの頃はまだ生まれたばかりだった。だから、何も詳しい事は覚えちゃいない」

「……そうか……」


 リュオンはそう言って、魔物の触角から手を離した。


「ごめんね、引き止めて。じゃあ」


 戸惑う魔物に微笑みかけると、リュオンはその横を通り過ぎ歩き出した。


 暗い道には、何もない。このままこの階をさまよい続けても、何もない。

かと言って、部屋に戻る気も起きない。


 これから、どうしたら良いのか。


「俺も、驚いてるんだ。グルソムが北大陸に攻め入るって聞いて」


 その声に振り向くと、小さな丸い魔物がリュオンの足元についてきていた。


「サラ様は、お優しい方だ。こんな事、本当に望んでるなんて思えない。それに、俺自身も、争うのなんて嫌だ。この前みたいに、仲間がいなくなるのは辛い」


 この前というのが、ゴーテラでの惨事だとすぐ気付く。あの地では、魔物たちがひっそりと暮らしていた事を思い出す。


「俺は、サラ様を励ました。でも俺じゃ、駄目だった。俺は、魔物だから」


 なぁ、と魔物は問いかける。


「お前なら。あいつに似てるお前なら……サラ様を、救えるのか?」


 リュオンは言葉に詰まった。魔物の目は、真っ直ぐだ。


「分からない」


 リュオンの言葉に、魔物は目をぱちくりさせる。そうして、ふっと笑った。


「お前は分からないばっかだな。でも、まぁ……なぁお前。北大陸に行きたいんだろ?」


 今度はリュオンが目をぱちくりさせる。魔物は丸いそのお腹を前に出し、ニヤリと笑った。


「俺が、連れて行ってやるよ」


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