表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第10章 越えられない溝
73/95

第70話 間違ってる

 西大陸にあるユーラン国、その国王であるアイルは、部下を連れて歩き、やがて一つの部屋に辿り着く。


「中には、私1人で入る」


 そう部下に告げると、アイルはドアを開け、中に入った。


「アイル様……!?」


 部屋にいた彼女ーーイリスは、アイルの姿を見ると驚き起き上がろうとした。しかし、傷が疼いたのか苦しそうに顔を歪める。


「いい、寝ていろ。どうだ?調子は」

「有難うございます。あの……本当に、申し訳ありませんでした」


 彼女の目には、涙が溜まっていく。その涙が流れるのを拒むように、堪えて震える声が続く。


「皆に、心配かけて……その上、こんな事に……」


 アイルは、震えている彼女の肩に優しく触れる。そうして、何も言わなくていいと告げたくて首を横に振る。


「すまなかった。お前の夫も、仲間にも」


 イリスの目から、涙が零れ落ちた。夫と、呼ぶべきではなかったか。彼女は、亡くなったイーザの許婚だ。

 アイルは、国内を巡回する中で、彼らの部族とも交流があった。イーザと彼女は、これから部族の中心となるはずだった。

 それを、グルソムの王はたやすく奪った。どれ程の悲しみがあっただろう。彼女は、その小さな体で大切な人の仇をとろうとした。


 しかしその思いは破れ、そうして自分のせいで仲間を傷つけた。


 何故、こうなった?

 彼らに罪など、なかったはずだ。


 グルソムという奴らは、彼らの運命を狂わせた。幸せに、過ごしていた人々を。


 その上今度は、北大陸を奪うという。泣きじゃくる娘の頭を撫でながら、アイルの心には言葉にならない黒い思いが渦巻いた。


*****


「え、帰った……?」


 リュオンは、目の前にいるアイルの言葉に、思わず聞き返す。ユーラン城の一室。リュオンたち5人は国王アイルに呼び出されていた。彼女は頷き答える。


「ああ。ジェラルド王は、リセプトに戻られたよ。何やら急いでたから、挨拶は出来なかったが、皆によろしくと言っていた」


 急ぎ……リセプトで、何かあったのだろうか。


「どうしますか?リュオン様」


 隣にいるディアンの問いに、リュオンはつまる。ここに来たのは、サラがいると聞いたからだ。今はもう、この国にいるか分からない。

 ここにいても、迷惑になるだけだ。


「帰るしかないな。北大陸に向かおう」

「残念だが、それは無理だな」

「え」


 アイルの言葉に、リュオンは思わずそう呟く。


「北大陸に向かう道は、今国民がストライキを起こして通れない。それにお前たちの姿は目立つ。今出たら、グルソムと勘違いして襲われるかもしれない」

「魔法は?ここに来た時みたいにパパッと!」


 ローザのその言葉にも、アイルは首を横に振る。


「悪いが、今この国には移動魔法を使えるような魔法使いはいない」

「そんな、じゃあどうしたら……」


 ローザがそう言うと、アイルは穏やかに告げた。


「気にするな。暫くここに居るといい」

「でも……」


 リュオンは、昨日自分の姿を見て怯えていた人の顔を思い出す。城の中にだって、自分の事をよく思わない人はいるはずだ。


「案ずるな。お前たちが悪い奴でない事は、見てたら分かる」


 その言葉に、リュオンは困惑する。有難いが、良いのだろうか。このまま、ここにいて。


「北大陸への道が開けたら、すぐに連絡する。それまでは、ゆっくりしてろ」


 アイルはそう告げると、部屋から出て行った。残された5人は、呆然と立ち尽くす。


「動けないんじゃ仕方ないですよ。ここは待ちましょう」

「そんな!こうしてる間にもサラはどっか遠くに行っちゃうかも……!」


 エマとローザのやり取りを、リュオンは黙って聞く。


 言うべきか。昨日、サラに会った事を。迷っていると、ディアンが口を開いた。


「今は、動かない方が得策です。アイル王にも、いらぬ迷惑がかかるかもしれません」

「うー。分かったわよ」

「と言うよりローザ様は、オーセルに行く心の準備をしていた方がいいかと。王様怒ってますよ」


 トラスの言葉に、ローザは真っ青になる。そう言えば、彼女は黙ってこの旅について来たんだった。


 リュオンは、今は側にいない黒い獣を思い出す。


 旅に出た時、こんな未来が来るなんて、夢にも思わなかった。


*****


 夜、眠れずに目を覚ます。


 何だろう。血が騒ぐ。気分が悪い。昨日ジェラルド様と飲んだ酒が、今になって効いてきたのか。


 リュオンはトイレに行こうと、横に置いていた短剣を上着に忍ばせ立ち上がる。


 部屋から出ると、廊下は燭台が灯ってはいたが暗く、冷たかった。リュオンはトイレに向かおうとしたが、ふと城下の方に何か悪寒を感じた。


 知らず、静かに暗闇の中の階段を下りる。


 そうして、暗い石造りの廊下に辿り着いた。どこからが、音が聴こえる。その音に向かっていこうと、歩き出した時、後ろから声を掛けられた。


「どうしました?リュオン様」


 振り返ると、衛兵が1人そこに立っていた。


「あ、すみません。ちょっとトイレに行こうとして……」

「そうですか、ここにトイレはありませんよ?」

「え、いや……」

「迷われたのでしょうか。一緒に戻りましょう」


 その時、何かが叫んでる声が聞こえた。


「今、何か声が……」

「気のせいです。さぁ、リュオン様」


 リュオンは衛兵が掴もうとした手をかわし、廊下の奥へ向かう。そこには、一つの重い鉄で出来たドアがあった。


 押すと、リュオンの目には、一匹の小さな生き物がうつった。その生き物は丸く、全身を毛で覆っている。


 そうしてその生き物の向かいには、衛兵たちが数人と、アイルの姿があった。


「リュオン」

「な、何ですか、これは……」

「ああ、魔族だよ。気にする事じゃない。部屋に戻りなさい」


 そんなの、無理に決まってる。

 その生物は、縄できつく縛られた姿で吊るされ、宙に浮いている。体には、無数の矢が刺さっていて、下には赤く揺らめく火が見える。さっき自分が聞いたのは、恐らくこの生き物の悲鳴だ。


「そうじゃない。何でこんな、ひどい事……」

「こいつは、グルソムの居場所を知っている。だから、言わせようとしているだけだ」


 グルソムの居場所……?


「俺は、何も知らねー……知ってても、誰が人間になんか教えるもんか」


 生き物は、辛そうな声ではあったが、そう強い意志で告げた。生きていた事に、リュオンは驚き目を見開く。

 その様子に、アイルは微笑む。


「ほら見ろ。こいつらはこんな事で死にはしない。だから、人間を簡単に傷つけられるんだ」


 その言葉に、頭を殴られたような衝撃を感じた。アイルは、優しい王だ。それは今まで見てきて、嘘でない事が分かる。


 彼女は、怒ってるんだ。

 無理もない。


 だけど。


 リュオンは、短剣で生き物を縛っている縄を切り裂き、生き物を抱えた。


「!?何をする!」


 アイルはそう叫んだが、振り向いた少年の瞳に、言葉を失くす。彼は水色の冷たい瞳で、真っ直ぐにアイルを見て告げた。


「こんなの、間違ってる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ