幕間
ディアンが主役の過去話です。
「……お前……」
男はそう言って、俺を見つめる。俺はその姿を、静かに見下ろした。
「……お許しください」
声を震わせそれだけ言うと、外に出る。家から声が聞こえたが、振り返らず走り続けた。
外は、雨が降っていた。
冷たい嫌な感覚が、頬をつたう。
*****
「皆、今までお疲れ様でした!これでようやくこの美術館も、完成です!」
リーダーの声に、皆は声を張り上げた。その騒ぎの中、ディアンは顔をあげ完成した建物を見る。そこには、眩しい青空を背景にベージュ色の大きな円形状の建物がそびえ立っていた。
ここはサガスタ国。今回都市部に新たに美術館を作ることになり、短期間の建設作業が行われていた。
「マルク、この一年よく頑張ってくれた」
今回のリーダーはそう言って俺の側に近寄ると、貨幣が入った封筒を差し出した。周りを見ると、皆すでに受け取ってはしゃいでいる。封筒を、お辞儀をしながら受け取る。
「初めて会った時、お前の容姿を珍しいとか言って悪かったな」
そう言って頭を下げる彼に、笑顔で首を横に振って答える。そうすると、彼も微笑んだ。
「お前、これからどうするか決まってるか」
「いえ、特には」
「本当か?よかったら、うちでこれからも働かないか?」
彼の言葉が、思いやりと信頼からきている事が、口調から分かる。有難いと思いつつも、心は決まっていた。
「すみません、折角なんですが、お断り致します」
「そうか。残念だ。……まぁまた、何かあったらよろしくな!」
彼はそう言って手を振り去っていく。その姿を、お辞儀をして見送った。
給料が入り、仕事はなくなった。さて、これからどうするか。
近くの公園のベンチに座り、地図を広げる。北大陸は、まだほとんど行ってない。行こうと思えば、どこでも行ける。しかし……
顔をあげ、道行く人を見る。
皆、髪が茶色だ。ここでは、黒髪すら珍しいようだ。ディアンの容姿は、黒髪に紫色の瞳。紫の瞳は珍しいのは知っていたが、こんなに黒髪が少ないのには驚いた。このサガスタが特殊なのかと思ったが、北大陸は茶髪が最も多いらしいから、他も大差ないかもしれない。
下手に目立つのは避けたい。そうなると、やはり西大陸に戻るべきか。
道行く人は、どうしてか皆幸せそうに見える。その世界は、まるで自分がいる世界とは別物のようだ。
「もしもし、そこの人」
声をかけられ顔をあげると、腰が曲がった老人と、小さな子供が立っていた。
「はい?」
「すまない。地図を持っていたのが見えて。役所を探してるんだが」
老人はそう言って申し訳なさそうに頭に手を置く。
「ああ、それならえーと……これが、ここです。で、ここを出て右に曲がってずっと行くと、川の上に橋がかかってます。その橋渡れば、すぐですよ」
「おお、そうか。すまんな。有難う」
老人はそう言うと、頭を下げる。子供は楽しそうに鼻歌を歌いながら仲良く出て行った。その姿が見えなくなると、また視線を地図に戻す。
そうしていると、何やら足音が近づいてきた。
「こっちです!」
大きな声が聞こえたかと思うと、若い男が衛兵を連れてこっちに向かってくる。
「間違いありません。この男がさっき持ってるのを見ました」
男がそう言うと、衛兵たちがゾロゾロ来て、気づけば囲まれた。
「鞄、見せてもらってもいいだろうか」
ディアンは不思議に思いながら脇に置いていた鞄を取り、衛兵に差し出す。衛兵はそれを受け取ると、無遠慮に鞄の中を見る。
「あったぞ!!」
衛兵はそう言って、宝石があしらわれたティアラを取り出した。
*****
濡れ衣だ。
ディアンは鎖で縛られ、膝をつき座らせられた。衛兵が、両隣に立つ。
ディアンの主張を衛兵たちが聞くはずもなく、彼らはディアンを捕らえ城まで連れて来た。
あのティアラについては知っている。つい最近、国庫から盗まれた亡きサガスタ王妃の物だ。王が探し出した者には褒美を与えると言ったとかで、建設仲間の間でも噂になっていた。
ふと、室内の空気が変わる。見上げると、玉座に向かい王が歩いて来ていた。
「陛下!この者が罪人です」
先ほど衛兵をディアンのもとに連れて来た男が高揚した様子で告げる。ディアンはそれを、きつく睨んだ。だが誰も、その視線には気づかない。
皆が、王の言葉を待っている。
「その男の鞄から、ティアラが出てきたと聞いた」
「はい、そうです」
「まずはティアラが先だ。リアの物か、確認する」
王がそう言って手を差し出すと、衛兵がティアラを渡した。王はそれをじっと眺める。
俺は、あんな物知らない。しかし自分の鞄からティアラが出てきた以上、何と言っても信用されない。
標的にされた。そう思うと、やるせない気持ちになる。
サガスタでは窃盗罪にはどんな刑がついたか。それも今回は国宝だ。かなり罪が重くなるだろう。
鞭打ちは困るな……バレる可能性がある。小さい頃なら誤魔化せたかもしれないが、大きくなって更に傷の回復は速くなった。
「……間違いない。これだ」
王が告げたその言葉に、男は目を輝かせる。
「陛下。この者は今日、職を失ったようです」
「その上調べたところ、偽名を使っていました。恐らく素性を隠し、各地で盗難をしていたのでしょう」
衛兵の言葉に、王は静かに頷く。
「わかった。国庫に侵入し物を盗んだ罪は重い。……処罰は後で決める。連れていけ」
「はっ!」
衛兵は王の言葉に返事をすると、ディアンを縛った鎖を持ち立ち上がらせる。抵抗しようとするが、鎖に縛られた状態では自由に動けない。
「そなたには、褒美をやろう」
去りゆく中、王が男に語りかけているのが聞こえる。男は嬉しそうな声をあげている。
その光景を見て、ディアンは心にあった小さな怒りが諦めに代わっていくのを感じた。所詮自分は浮浪者だ。信じてもらえなくても仕方ない……
「待って」
その時、一つの声が場内に響いた。騒いでいた空間が、その者の存在により静寂に包まれる。王が、悲鳴のような声をあげた。
「リュオン!お前、何故ここに……!?」
「王子様、彼が噂の……」
男は言いかけた言葉を、慌てて止める。ディアンも王子の噂は、聞いた事がある。生まれてから一度も、公に姿を現した事がない王子は、いつしか生存さえ疑われていた。
だが実際目にして、何故姿を現さないか合点がいった。王も王妃も典型的なサガスタ人の容姿なのに対し、目の前の少年は違っていた。
銀髪に、水色の瞳。その容姿は、いろんな地を旅してきたディアンでさえはじめて見る。
少年は嫌そうに睨むと、すぐにまた口を開いた。
「その人は違うよ。悪いのは、そっちの人だ」
そうして睨まれた男は、子供をあやすように優しく告げた。
「何を仰るんですか、リュオン様。彼の鞄から出てきたんですよ?」
「何で貴方は、そんな事知ってるの」
「ですから、衛兵様たちにも告げたように、見たのです。公園で彼がティアラを満足そうに見ている姿を」
その言葉に、少年は黙る。
そうだ。鞄から見つかった以上、言い逃れのしようがない。
「ねぇ」
いきなり声をかけられ、ディアンは面食らうが、リュオンは構わず続ける。
「貴方は、今日誰か知らない人から話しかけられなかった?」
「い、いえ特に……」
ディアンの言葉に、男は気を良くし声を高くする。
「聞きましたか?彼も自分の罪を認めたのです。だから」
「本当にないの?物売りに声かけられたり、道を尋ねられたりさ」
ディアンは黙る。その姿を見て、男は叫んだ。
「ほら、何も思いつけないんです!だから」
「どんな人?」
リュオンは男を無視し、ディアンに尋ねた。水色の瞳が、ディアンを映している。
「ねぇ、教えて」
ディアンは気づけば、老人に道を尋ねられた事を話し始めていた。リュオンはそれを聞き、頷いた。
「うん、わかった。そのおじいさん、お兄さんの仲間でしょ?」
男の顔は、見る見るうちに青くなっていく。
「ち、違う!私はそんな人、知らない……!!」
「実はね、下におじいさんが来てるんだ。手柄を独り占めされないか、見に来たんじゃないかな」
リュオンのその言葉に逃げ出そうとしたその男は、衛兵たちの手によりあっさりと捕らえられた。
もがく彼の側に、リュオンは屈んだ。
「ごめん、さっきの嘘なんだ」
そうしてニッコリと微笑む。男はその言葉に一瞬ぽかんとした後、うなだれた。
*****
「すまなかった!」
ディアンは、目の前で頭を下げた王の姿に目を丸くする。
「リアの形見が亡くなり、全く冷静さを失っていた……!冷静に考えれば、分かったかもしれないのに」
「いえ。あの状況では、疑われても仕方ありません」
「どの罪人のリストにも、貴方の姿は見当たりませんでした。本当に、申し訳ありません」
衛兵たちも深く頭を下げる。その中で、一人微笑んでいる者がいた。王子、リュオンである。
彼はその状況を確認すると、部屋から出て行った。ディアンは、慌ててその姿を追いかける。
「リュオン様!」
リュオンは、ディアンの叫び声に驚いた顔をして降り向いた。
「何故、助けてくれたんですか?」
ディアンがそう尋ねると、リュオンは目をぱちくりさせた。
「なんでって。やってないと思ったから。あのおじさん、悪そうだったし」
そうだろうか?思い出すが、爽やかに微笑んでいた記憶しかない。
「ごめんね、酷いことして」
「いえ、そんな……」
そう言って黙るディアンを、リュオンは見つめた。
「何で、そんな顔してるの?」
「え……」
「何か、助かった事がよくなかったみたい」
目の前の少年にそう尋ねられ、ディアンは言葉につまる。
「……あの人たちが捕まって、私が解放されて良かったかと思いまして……」
「え?お兄さんもグルだったの?」
「いえ、違います!違いますが……」
あの老人と、一緒にいた子供を思い出す。あの子は、何も知らなかったのではないだろうか。
「何か知らないけどさ。お兄さんが罪を被るのは、違うでしょ」
リュオンの言葉に、ディアンは顔をあげて彼を見る。見ると、彼は優しく微笑んだ。
「話しかけてくれて嬉しかった。有難う」
リュオンはそう言って、歩き出す。ディアンは気づけば、その手を掴んでいた。
「え、何?」
「リュオン様。私をお側に置いてくださいませんか」
「へ?」
「助けて頂いたご恩を、返したいのです」
「いや、何もしてないし」
リュオンはそう言って首を横に振るが、ディアンはまだ手を掴んでいる。
「なんだ?どうした?」
追ってきた王の言葉に、ディアンは我にかえる。そうして、リュオンから手を離した。
「申し訳ありません、どうかしていました。……有難うございました」
立ち上がり、王たちに会釈をして歩き出す。ディアンは先ほどの自分の行動が、信じられなかった。
あの日。主人の元から逃げ出したあの日から、自分は誰のためにもならないと分かっていたのに。
一瞬、願ってしまった。見知らぬ自分の事を思いやってくれたあの人に、必要とされる事を。
「次、どこ行くか決まってるの?」
後ろからした声に振り向くと、リュオンが笑っていた。
「ねぇ。決まってないならさ。それまで僕の練習につきあってよ」
「……練習?」
「うん、僕剣習いたいんだ。それ、剣でしょ?」
リュオンはそう言って、衛兵から返され腰に掛けている短剣を指差した。
「俺こんな姿だからさ、外の人には習えないんだ。でも皆、教えるの苦手みたいで」
リュオンはそう言って笑う。彼の容姿は、噂は広まっているとは言え、世間にはまだ公表されてない。
「リュオン!いきなり何を言いだすんだ!そんな勝手は」
「父上。覚えてますか?」
「ん?」
「盗人を捕まえた暁には、その者に褒美をやると」
何が言いたいのか分かったのだろう。王は、嫌そうに顔を歪ませる。
「俺は、剣の師匠がほしい。ディアンさんに教わりたい。駄目かな?」
「……貴方は、いいのかな?ディアンさん」
王がしぼりだした言葉に、ディアンは困惑する。リュオンは、ニヤニヤと微笑んでいる。
「……私で、良ければ」
「やったーー!決まりだね!」
そう言うと、リュオンは表情を輝かせた。ディアンもそれを見て、自然と微笑んでいた。
その後、ディアンの教えのもとリュオンは剣を学んでいった。はじめはディアンをやっかんでいた城の人々も、いつしか彼の働きぶりを認めるようになった。
リュオンは剣の技術も、勉学も熱心に取り組む。そうして城の人々にも愛されている、良き王子だ。
そんな彼が自分の願いを受け入れ、側に置いてくれる理由を、ディアンはうすうす気づく。
でも、それでもいい。
彼は自分と同じだ。他者と違う事に怯え、人を心から信じられない。
いつか、彼が本当に幸せになるその日まで、自分は彼の側にいよう。彼がいつか信じ慕う人が現れる、その日まで。
そうしてある日。
人を信じられない彼は、一匹の黒い獣を連れてきた。




