第7話 魔法使いオルフ
「魔法使い?それがどうしたというんだ」
リュオンの間抜けな問いに、ディアンは肩をガクッと下げる。
「…いいですか?リュオン様。サラ様のお姿が、仮のものならば、何らかのまじないがかかってるのは確かです。我々には、それがどんなものか知る術はありません。しかし、魔法使いなら……」
そこまで聞いて分かったのか、リュオンが手をぽんと叩く。
「なるほど!!どんな術か分かり、運が良ければ解けるかもしれないということだな!さすがだぞディアン!」
「はあ。誰でも思いつくことかと思いますが」
「それで?その魔法使いとやらは、どこにいる」
「分かりません」
「へ?分からないのか」
「その魔法使いは、特定の住宅はもたず、流浪の旅をしているようです。今はたまたまこの地にいるだけで、何処にいるか、しいてはまだいるかすら定かではありません」
ディアンの言葉に、リュオンは肩を落とす。
「なんだ。では、すぐ探さないといけないじゃないか」
リュオンのその言葉に、ローザは人差し指を立てて提案する。
「でもまずは、ご飯食べません?私、お腹が空きましたわ」
「そうですね。では、ご飯場所を探しましょう」
そう言ってディアン以外の3人(うち一匹獣)は歩き出そうとした。ディアンは叫ぶ。
「ちょっと貴方たち!旅の目的を忘れてませんか!?」
「まあまあ。早くしないとおいてくぞー」
ディアンは頭痛を感じた。こいつらは、揃いも揃って能天気すぎる。俺がしっかりしないと…そう思っていると、目の前の3人(うち1匹獣※以下略)の姿ははるか彼方にいた。
「こらっ!ちょっと待ちなさい!!」
ディアンは慌てて追いかけた。
一軒の美味しそうな店の前にきたところで、サラはリュオンに告げた。
「リュオン。私、お腹空いてないし。外で待ってる」
そう言って去っていく。その背中を、リュオンはつまんだ。
「ここより、向こうに外の屋台があった。そこで買って食べよう」
「え、でも遠い……」
「仕方ないわね。早く行きましょう」
ローザもぶっきらぼうにそう言い、ディアンはただ微笑んでいる。皆の優しさに、サラは目を潤ませる。こんな大きな獣の姿では、飲食店には入れない。気を遣ったつもりが、暖かい気持ちにさせられた。
屋台には、小麦粉で作られたパンケーキが売られていた。
素朴な味だが、大変美味かった。お腹がいっぱいになると、ふたたび課題が浮かび上がった。
「ああ、どこにいるんだろー?魔法使い」
「どこだろうねー。今は3時くらいだから……」
自然と入ってきた返事に、一同は驚く。その声は、その屋台のおばさんだった。
「おばさん、魔法使いを知ってるの!?」
「ああ、オルフちゃんのことだろ?」
「オルフちゃん!?」
「皆そう呼んでるよ。今はたぶん、噴水の周りで野良犬と遊んでるんじゃないかなー」
おばさんのその言葉に、その屋台の常連らしいおじさんが反応する。
「あれ、今はおやつじゃないか?」
「あ、そうかな!そうしたら、ロアンの店だね」
犬と遊ぶ?おやつ?
どうもイメージしていた魔法使いとギャップがあるようだ。しかしこの情報は、確かめに行くしかない。リュオンは、即座に立ち上がる。
「取り敢えず、行ってみよう」
噴水の周りで犬を連れていたおじさんには
「ああオルフ?ロアンのとこに行ったよ」
ロアンの店では
「ダリーのおもちゃのお店に行ったよ」
ダリーの店では
「本を買いに大通りの図書館へ……」
「あーっもう!見つからない!」
先程からたら回し状態だ。リュオンは地団駄を踏み、ディアンは悩ましい顔をした。
「早いですね。移動魔法でも使っておられるんでしょうか?」
「俺の居場所を嗅ぎ回ってるっていうのは、あんたたち?」
振り向くと、そこに立っていたのは水色の髪の、少女のような顔をした男の子だった。紺色のローブを着ている。彼は腕組みをしたまま、4人に向かい合った。
リュオンが少年に、優しく話しかける。
「ああ、いや。私たちは、オルフという優秀な魔法使いを探していて。君も知らないかい?」
「だから。そのオルフが、この俺だって言ってるんだ」
皆は驚いてその姿を見る。まだ7歳くらいの、幼い姿だ。でも確かにその堂々とした姿勢と物言いからは、幼さを感じられなかった。ローザが、恐る恐る尋ねる。
「こんな子供が…?」
その呟きに、オルフは鬱陶しそうに答える。
「いろいろあるんだよ俺にも。あんたたちは、そんな事が聞きたくて俺を探していたわけ?」
その言葉に、気づいたらサラは叫んでいた。
「あ、あの、私、もとの姿に戻れますか!?」
彼は一瞥しただけでサラの質問には答えず、本屋の前のベンチにどかりと座った。そうして、買ったばかりの本を開きながら、ちらと4人を見る。
「まずさ。人を訪ねてきておいて、何も持ってきてないわけ?」
その言葉に、4人は呆気にとられる。オルフは口の端を、いやそうにあげた。
「全く。これだから王族は礼儀知らずで困る」
「え。俺たちが王族だってどうして……」
「見たら分かる。旅装の格好をしたところで、他なんもかえてないんだから当然だ。もう噂になってるぞ」
「う、噂!?」
「ああ。サガスタの王子が、獣の恋人の呪いを解くため旅していると。それはもう、壮大に」
ディアンはあああと頭を抱える。リュオンは特に気にした様子もなく、オルフに尋ねる。
「何も持ってこず申し訳ありません。後でお礼に何か持ってきます。だから話を…」
「嫌だね。俺は、後でという言葉は信じない。先にお代はもらう」
「では、一体何を…」
「そうだな。では、そこの通りにある、ワッフルを買ってこい。10個」
その言葉にディアンはずっこける。
「そんなものでいいんですか?金品などでは……」
「ワッフルをバカにするな。あそこは超人気で並ぶのに1時間はかかる」
「1時間も!?」
「そうだ。俺はそれが食べたい。俺に相談に乗ってもらいたければ、ワッフルを持ってこい」
オルフの妙なすごみに、ディアンはリュオンに耳打ちをする。
「……どうしますか、リュオン様」
「仕方ない。並ぶか」
「では、私が行ってきます。皆様はどこか……」
「何言ってる。王子も並ぶんだ。当然だろう」
「な…!リュオン様にそのような事は!!」
ディアンは慌てるが、リュオンは笑顔で応えた。
「ああ、いいさ。並ぼう」
「リュオン様!」
「お前はいちいちうるさいなぁ。ワッフルに並ぶだけで済むなら、安い話だ」
「分かったら、さっさと言ってこい」
「ああ、ちょっと行ってきます。2人はここら辺で休んでて」
歩き出そうとするリュオンに、サラは叫ぶ。
「リュオン、私も……!」
「あんたは駄目。いいからほら。さっさと行った行った」
オルフがしっしと手を振ったので、2人はワッフル屋の方に並んで行った。「10個全部違うトッピングなー」とオルフが叫ぶ。
そうして2人がいなくなると、ローザはオルフに向き合う。
「で?何であの2人を行かせたの」
「無論、ワッフルが食べたいからだ。あとは、獣の娘。お前に先に、聞きたいことがあったからな」
「は、はい!」
「お前、あの王子が好きなの?」
いきなりの恋愛トークに、サラは目を丸くする。
「は、はい…」
「あいつもあんたが好きだと?」
「そう…言ってくれました」
「ふーん。なら、このままでもいいんじゃない?」
「へ」
「だって、その姿でお互い相思相愛なら、姿を変える必要なんであるの?何のために?」
「それは…獣では、結婚出来ないから……」
「もとの姿に戻ったら、出来るの?」
オルフの質問の意図が分からず、サラは困惑する。
「は、はい…出来ますよね?」
「俺が聞いてるの。貴方は、ただあの王子についてきただけじゃない?」
その言葉に、サラは目を見開く。
「貴方は、自分を森から連れ出してくれるなら、誰でも良かったんじゃないかな?あの王子のことが、本当に好きなの」
誰でも……?サラはオルフの言葉に、体を硬直させる。対してローザは、オルフの物言いに眉間に皺を寄せた。
「貴方、一体何のつもり?そんな言い方、失礼よ!」
「悪いけど、これは大事な話なんだ。子供はちょっと黙ってて」
「なっ……!?あ、貴方の方が子供じゃ」
「誰でも良くなんてありません!!」
サラの叫びに、ローザとオルフは彼女を見る。
「リュオンだから、私は信じる事が出来たんです。誰でも良くなんてない……!」
サラはそう力強く言った後すぐ我に返り、大きい体を小さくさせた。ローザは、その姿を見る。オルフはただ、微笑んで本を閉じた。
「ふーん。分かった有難う」
「何が分かったのよ」
「君はまだ、自分が置かれている環境を分かってないね。そうして、リュオンという王子との結婚を、ただ望んでいる。それはもう、身を焦がれるような愛し方ではなく、ただの幼い恋愛ごっこだ。俺は、あんたの魔法は、とくべきではないと思っている」
「…?何でですか?」
サラの言葉に、オルフは微笑んだ。
「世界が動くからだ」
「……世界が?」
「ああ。君は、自分は何故、そのような姿にされたのかを、考えたことがあるかい?」
「……はい。でも、分かりませんでした」
「理由が分からないなら、やめた方がいい」
オルフはそう言い、目の力を強めた。
「それが、この今の世界を、壊さない」
**
リュオンとディアンは、ワッフルを抱え、オルフたちのもとに急ぐ。
「リュオン様。あの魔法使い、信用していいんでしょうか…姿形から、すでにうさんくさいんですが…」
「あいつは信用出来るだろう。何か含んでいるものはあったが、嘘は言わない奴だ」
「ならいいんですが…リュオン様。私は、貴方が何故このようなことをなさるのか、理解に苦しみます」
「ん?」
「貴方は、本当にあの娘が好きなのですか。王へのあてつけでは……」
「ディアン。口が過ぎるぞ」
滅多にないリュオンのすごみに、ディアンは頭を下げる。
「…失礼いたしました…」
「…彼女は私を救ってくれた。だから、私も彼女に返したい。ただ、それだけだ」
大図書館が見えてくると、3人の姿が見えた。
「…世界の平和のために、自分はこの姿でいるべきだと……?」
「そうだ」
オルフの発言に、リュオンは異を唱えようと叫んだ。
「!そんなこと……っ」
「そんなの、嫌です!!」
リュオンの叫びは、サラにふさがれた。
「…私は、私になりたいんです!!ちゃんと自分になって、リュオンと向き合いたいんです!」
リュオンは彼女の叫びに、呆然とした。彼女が、こんなに大きく叫ぶなんて、初めて聞いた。
「…ふうん」
リュオンはオルフに、ワッフルを渡す。
「お、有難う」
オルフはその包みをあけ、チョコがついたワッフルを食べる。暫く無言が続いていたが、ふと彼は呟いた。
「…一度しか言わない。よく聞け」
「…へ?」
「マーレイスの鎖」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ディアンは慌てて紙切れを取り出し、メモをする。オルフはただ、淡々と言っていく。
「オディアスの翼」
「アザフスの涙」
「セディウスの糸」
「ナサイルの刃」
「…これを集めて、もう一度私のもとへ来い。この国にはいないかもしれないがな。その時はまた私を探せ」
そう言って、オルフは去っていこうとする。慌てて、ローザは叫ぶ。
「あ、ちょっと!これ、どこにあるのよ!?」
「そんなこと、自分たちで調べろ」
そう言ってオルフは、背中を向けたまま、顔だけ4人に向ける。
「魔法に必要な材料は、それが解くべき魔法なら、必ず集まる。集まらなければ、解くべきではない」
「…集めてみせます。必ず」
リュオンの強い眼差しに、オルフは笑う。
「まあ。せいぜい頑張るんだな」
****
オルフは食べながら、彼の家に帰る。ドアを開けようとしたところで、中から開かれ、少女が「お帰りなさい!」と笑顔で言った。どうやら、オルフの姿が窓から見えたらしい。
「ああ、ほいこれ、ワッフル」
「うわぁ、私これ大好きなんです!」
「うん、手に入る機会があったから。食べろ」
「有難うございます!わーどれにしようかなー」
少女の楽しそうな様子に、オルフも微笑む。彼女はワクワクとした様子で、お茶の準備をする。
「そういえば。聞きましたか?隣の国の王子様の話」
「ああ。獣の恋人とやらと旅してるんだろ?」
「素敵ですよね!おとぎ話みたい!幸せになれるといいなぁ」
「幸せねぇ……」
「はい!出来ました!食べましょう〜あ、クリームもらってもいいですか!?」
オルフは少女がいれてくれたお茶を飲む。そのお茶は、甘いものに合う、少し苦いお茶だった。