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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第9章 ロキ
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第67話 間を生きる者

 痛い。


 やめて。


 そう叫んでも、男はぶつのをやめなかった。それどころか、力はどんどん増してくる。


「一体何が問題なんだ?お前の傷は、すぐ治る。その力は、何のためにあると思う?」


 男の声は優しく尋ねる。

 何て言いたいかは分かってる。でも、それに答えたくはなかった。


「分からないのか。本当にバカだな、お前は」


 答えないとまた来る。そう思っても、答えたくない。

 

 認めたくなかった。自分だけは。認めたく、ない。


 こんな人間のために、自分は生きてるなんて。


 男の腕が、高く振り上げられる。


 その光景をただ、呆然と見つめた。


*****


 ディアンは水汲み場で、バケツにたまっていく水を見ながら、気付けばため息をついていた。


 これから、一体どうなっていくのか。


 主であるリュオンの顔は、ずっとさえない。こういう時に、なんて声をかければ良いのか。


 昔から、ずっとそうだ。

 彼に助けられた分だけ自分も返したいのに、声をうまくかけることも出来ない。


「よっ!」


 後ろからすごい力で肩を叩かれ、ディアンは何事かと後ろを振り向き、目をみはった。


「……貴方は……」

「久しぶり」


 そう言って、大柄の男は人懐こい表情で笑った。彼は、以前島で迷っている時に助けてくれたり、リュオンの治療もしてくれた人物。確か名前は……


「ザン様……?」

「わっすげぇ、覚えてくれてたんだ!でもザンでいいよ、鳥肌たつから」


 そうしてまたニコニコ笑う。ディアンは、彼の後ろに立つ影に目を向けた。


「その方は」

「ああ、ノア様だよ。ノア様、こいつがディアンです」


 そうザンが言うと、彼女はディアンに向かって優雅にお辞儀をした。薄茶の髪が、さらりと揺れる。


「はじめまして、ディアンさん。ザンたちから話は聞いてるよ」


 たち?ディアンは、ノアの言葉に疑問を抱く。目の前の女性は、にこりと微笑んだ。


「私の名前はノア。ザンと同じ、ローレアのシーザ族の出身だ」

「ノア様は、族長なんだ!」

「元な、元」


 どこか誇らしげに言うザンの言葉を、ノアは淡々と訂正する。


「何故、貴方方がここに……?」

「ああ、仲間にならないかと誘いに来たんだ」

「仲間?」

「そうだ。……ここは危険だな。少し、向こうの方へ行かないか?」


 ノアはそう言って、皆がいる家とは逆方向の裏路地の方を指差す。ディアンはそれに、訝しながらもついていく。

 ようやく水汲み場が遠く見えない位置まで来た後、ノアは再びディアンの方を振り向き答えた。


「私たちは、グルソム側の人間なんだ」


 グルソム側……?予想していなかった言葉に、ディアンは目を丸くする。


「だから、良ければディアン、君もこっちに来ないかと思って」

「待ってください、どうして私を」

「君は、私と同じだろう?」


 ノアは、そう言ってディアンをじっと見つめる。


「一緒……?」

「ああ、私はずっと、自分と同じ存在はいないと思っていたんだ。だから、会えてとても嬉しい」

「何が言いたいか分かりません」

「お前は、私と同じでただの人間ではない」

「……何を言ってるのか」


 そう言って、ため息をつく。


「申し訳ないが、お断り致します。帰ってください」


 そう言って、戻ろうと歩き出すと、後ろから声がかけられた。


「貴方の事は、少し調べさせてもらった。過去に何があったかも、知っている」


 ノアの言葉に、ディアンは足を止める。


「知ってるか知らないが、貴方が受けたような事を、魔族たちもずっと受けてきた。力が衰えて、魔法や権力で良いように扱われてきたんだ」


 その言葉に、ディアンは振り向かない。


「……失礼します」


 そう言って歩き出すと、もう後ろから声は聞こえなかった。



 "貴方からね、魔族の匂いがするの"


 あれは、リセプトに辿りついた日の夜。リセプト城にある庭が見えるバルコニーで、セナはグラスとお酒を出しながら告げた。


「貴方も私と同じで、魔族の血を飲んだの?」


 セナはそう、世間話でもするかのように尋ねてきた。それに首を横に振って答える。


「じゃあ、貴方は……」

「……混血です」


 その言葉にセナは、「なんだ、そっちね」と残念そうに言った。どうやら血を飲んだ方を期待していたらしい。


「でも、混血も珍しいわよね。生まれても死産が多いし。そもそも魔族と人間が愛し合って子を宿す、そんな話聞いたことないもの」


 セナの言う通り、魔族と人間の子供が産まれる確率は、極めて低い。今まで自分以外で会った事はないくらいだ。


「貴方の両親てどんな人なの?」

「わかりません。俺は、気づいたら1人でしたから」


 小さい頃は確かに母に抱かれた記憶がある。しかし、気づけば売られ、そうしてあの男の元へいった。

 

「そう、そこは私と一緒ね」


 セナはそう言って酒を飲む。彼女は、魔獣に育てられたと聞いた。


「この事、皆知ってるの?」

「いえ。誰にも、話していません」

「そう……」


 いつかは言わないといけない。それは分かっている。


 だが、本当の事をディアン自身が何も知らない。


 分かってるのは、母が人間で、父が魔物ということだけ。

 そうして自分は、人より身体能力が少しあり、治癒能力が高いだけだ。


 それしか分からないのに、わざわざ人に自分の事を語りたくはないし、調べたくもない。


 戻ると、ディアンが水をためてたバケツの他にもう一個水がたまっていた。しかし、人の気配はない。

 ディアンはそれを不思議に思いながらもバケツを抱え、リュオンたちがいる家に戻った。


 しかし、リュオンがいたはずの場所に彼の姿は見えず、ジェラルドがいた。


「あー、お疲れ。有難う」


 ジェラルドはそう言って、バケツを受け取りタオルを洗う。


「あの、リュオン様は」

「会ってないのか?水汲み場に行ったはずだが」


 あれは、リュオン様だったのか。

 ディアンは来た道を思い出す。どこにも、リュオンの姿はなかったはずだ。もしかして、俺の姿がなかったから探してくれてるのだろうか。


「ジェラルド様!戻りました!!」


 ディアンの思考は、衛兵の声で断ち切られた。ゴーデラで捜索を続けていた衛兵たちだ。1人の背中には、女性が背負われていた。


「有難う。彼女が?」

「はい。洞窟で見つかりました」


 彼女は衛兵の背に担がれているが、意識はあるようでジェラルドの方を見た。


「とりあえず、急いでこっちへ」


 バタバタと動く中、一人の衛兵が振り返る。


「あの、ジェラルド様。サガスタの王子とすれ違ったのですが……」

「え」


 その言葉に、ディアンも驚いた。

 ゴーデラに?何故?


「見てきます」


 ディアンは早口でそう言って、ゴーデラの方へ向かう。


 一体、何があったんだ。

 変な胸騒ぎを抱えたまま山を駆けていくと、見慣れた銀髪の少年が見えた。


「リュオン様!!」


 リュオンは、ディアンの方をどこか虚ろな表情で見る。


「ディアン……」

「何故こんな所にお一人で!急いでおりて……」

「サラに、会った」


 ディアンは、リュオンを見る。その瞳に光はない。


「サラ様に?」

「ああ……はじめて見たけど、サラだった」


 リュオンはそう言った後、顔を歪ませる。


「俺、手を出せなかったんだ」


 ディアンは、リュオンを見た。彼はそれ以上、何も言わない。ただ、手を強く握りつぶしている。


「リュオン様……」


 何があったか、ディアンには正確な事は分からない。分かるのは、リュオンは、自分がサラを拒絶した事を後悔している事だ。でもそれは仕方ない。誰だって、触れれば死ぬと分かってるものが突如自分に当たりそうになれば、避けるに決まってる。


 あの人だって、それは分かってるはずだ。ディアンはそう思い、ここにはいないサラを思い出す。


 サラをはじめて見た時、ディアンは体の調子が悪くなった。あの時から、彼女の正体は何となく普通の人間ではない気がしていた。それでも、魔族の王とは思わなかったけれど。


 ずっと、願っていた。サラが元の姿に戻り、リュオンと結ばれるのを。


 それは主人の幸せを願うためじゃない。きっと、自分のためだ。


 ディアンは、親の顔も、自分が産まれた経緯も知らない。売られたくらいだから、望まれて産まれてきたわけではないかもしれない。


 だから、信じられなかった。

 魔族と人が、寄り添う未来など。


 でも、2人を見てたら、そんな未来もある気がしていた。人と人でないものが、共に生きる未来を。


 ……やはり、無理なのだろうか。


 山風が巻き起こる。

 ディアンは舞い散る葉を、静かに見つめた。

 

*****


「……どういう事だ?」


 サガスタ城の一室。王は、目の前の水晶を見て固まる。その水晶には、1人の小さな魔法使いーオルフがうつっている。


 オルフは彼の言葉に、肘をつき微笑みながら答えた。


「言った通りだ。北大陸から、出て行ってほしい」


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