第66話 再会と決別
リュオンは、目の前の人物を凝視する。
彼女は、間違いなくサラだ。優しいその声は、側にずっといてくれた黒い獣そのものだった。
「ごめんね、急にいなくなって。驚いたよね」
サラが申し訳なさそうに告げてくるが、リュオンはただ彼女を見る。黒い耳も、その赤い瞳もそのままだ。だがそれ以外は……
「リュオン?」
名を呼ばれ、意識を取り戻す。
「あ、ああごめん」
サラは、心配そうにこちらを見ている。何か言わなければいけないのに、うまく言葉が出てこない。
「サラ、なんだよな……?」
念のため、もう一回聞く。するとサラは目をぱちくりさせた後、答えた。
「うん、そうだよ。信じられない?」
リュオンはそれに首を強く横に振る。彼女がサラだと信じられない訳ではない。ただ、思考が追いついてないだけだ。
「……今まで、何があったんだ?」
そう尋ねると、サラは寂しそうに微笑んだ。答えたく、ないのか。
「知ってるんでしょう?じゃなきゃ、ここにはいないよね」
「……ああ、知ってる。でも、信じられないんだ。サラが人を殺すなんて」
リュオンのその言葉に、サラは表情をかたくする。
「……イーザさん……」
「え」
「亡くなったの?」
「……ああ……体が赤く染まって、亡くなったって……」
「そう」
サラはそう答えたきり、何も言わない。
「事故だろ?」
思わずそう尋ねても、サラは返事をしない。何故答えないのか。
「皆心配してるよ、サラの事。ローザ様も、サラがそんな事するはずないって言ってる」
「ローザ様が……?」
「ああ」
「……会いたいなぁ……」
「戻ればいるよ!一緒に行こう」
そう言うと、サラは静かに首を横に振った。
「もう、戻れない」
「どうして……」
「ねぇ、リュオン。一緒に行かない?」
サラからいきなり告げられた言葉に、リュオンは目を丸くする。
「え、一緒にって、どこに……」
「グルソムの皆に会いに。シアンやコバルトもいるの」
あの2人は、やはりグルソムだったのか。
「ね、リュオン行こう」
サラは、そう言って笑顔で手を差し出す。リュオンはそれを、ただ見つめる。暫く間があいた後、リュオンは口を開いた。
「……駄目、だよ。行けない」
「そうか、だよね」
サラは、あっさりと答えた。まるで、はじめから断られる事が分かっていたように。困惑するリュオンをよそに、サラは彼を見つめる。
そうして、まっすぐに尋ねてきた。
「ねぇリュオン。リュオンはさ、私の事好き?」
「へ!?」
そう言って、サラはただリュオンを見つめてくる。リュオンは、顔が真っ赤になっていくのを感じた。
「え、えと、あの、その……」
どうしてか、前は簡単に言えた言葉が出てこない。ふいに、サラが手を伸ばしてきた。白い手が、目の前に近づいて
気づいたら、後ずさりしていた。
その事実に気づいた時、頭が真っ白になる。自分は今、無意識にサラを拒んだ。
「サ、サラごめん。違うんだ、あの……」
サラは穏やかに微笑んでいる。リュオンはその表情を見て、心が痛んだ。
「謝らないで。リュオンは、何も悪くないよ」
そんな風に言わないでほしい。何もかも、分かっていたように言わないでほしい。
「……リュオン、はじめて会った時の事、覚えてる?」
サラは、穏やかにそう尋ねてきた。リュオンは何も言えず、ただ小さく頷く。
「あの時リュオンが私の手をとってくれて、すごい嬉しかった。あの時から、ずっと大好きだよ」
サラは笑った。その笑顔はとても綺麗で、リュオンは時が止まったような感覚におちいる。
「有難う、リュオン。……ばいばい」
そう言って、サラは指を鳴らした。その瞬間、強い風が巻き起こる。
「!待って、サラ……!!」
伸ばした手は、空をきった。すでにそこには、誰もいない。
リュオンは、サラの名を呼び、山の中を走った。
分かってる。もうサラはここにはいない。
リュオンは、自分の手を見つめ、その手を側の木に打ちつける。
いなくなって、分かった。
サラはきっと、本気でふれる気はなかった。ただ、俺の反応を見たかったんだ。
そうして俺は、間違えた。
*****
サラが再び目を開けると、そこは小さな部屋の中の、魔法陣の上だった。目の前には、杖を持ったオルフがいる。
「いいのか。まだ、お前の事探してるぞ」
「うん、もういいの。有難う、オルフ。わがまま聞いてくれて」
「……決心はついたか」
「うん、もう大丈夫」
サラはそう言って、笑う。オルフはそれに笑い返さず、杖を振る。サラがいる魔法陣が、消えていく。
サラは自分の手をじっと見つめ、強く握った。そうして、前を向く。
「始めよう」




