第65話 呼ぶ感覚
「サラ様。ご飯、食べませんか……」
クウは、サラダが入ったボウルと、豆が練り入れられたパンが盛られた皿をのせた盆を持ちながら、ドア越しに尋ねた。やや間があった後、「ごめん、後でもらってもいい?」という言葉が返ってくる。
「分かりました。すみません、いつでも大丈夫ですので」
そう言うと、一言「有難う」と返ってきた。クウはそれを聞くと、静かに盆を持ったまま一階のリビングに戻る。
「どうだった?」
戻ると、ギルがドアを開けてくれながらそう尋ねてきた。クウは静かに首を振る。それにリビングにいた皆も、そうかと残念そうに呟いた。
「なあオルフ。ノアたちはどこに行ったんだ?ずっと姿が見えないが」
カイがそう尋ねると、オルフはプリンを食べながら答えた。
「彼らは今とある人物に会いに行っている。うまくいけば、仲間になるかもしれない」
「いやだから、それが誰かって……」
「サラ様……!?」
クウの声に、カイは振り向いた。そして、言葉を失くす。
サラはリビングに入ると、頭を下げる。
「皆、ごめんね。心配かけて」
「姫様、それは……!!」
「ああ、ごめんナイフ借りちゃった」
サラはそう言って笑う。皆はそんなサラを、ただ呆然と見つめた。オルフだけは、黙々とプリンを食べている。
「ふっきれたか?」
オルフの問いに、サラは彼の方を見た。そうして、静かに首を横に振る。ある程度の覚悟は決まった。でも。
「……オルフ、貴方にお願いがあるの」
*****
「女の子、見つかったそうだ」
ジェラルドの言葉に、怪我を負い気絶している男を手当てしていたリュオンは振り返る。彼らは今、怪我をして倒れていた人々の手当てをする為ゴーデラを出て、近くの村の空き家を借りている。
「洞窟にいたらしい。彼女も間もなくこちらに運ばれてくるはずだ」
「そうですか……無事、だったんですね」
良かったと言いたいが、現状を見るとその言葉は言いにくい。ジェラルドも同じ気持ちなのか、ため息をついた。
彼女の仲間たちは、彼女を助けに行った結果重傷を負った。許婚を失い、そうして仲間まで負傷したと知れば彼女はより傷つくだろう。
「見つかってよかったがな。怪我をしていて、動けない状態だ。それに、彼女の側には魔物がいたらしい」
「?魔物が!?」
「ああ。手乗りサイズほどでかなり小さいらしいがな。一応今捕獲して一緒に連れてきている」
手乗りサイズ?
リュオンが混乱している中、ジェラルドは辺りを見渡しながら尋ねる。
「ディアンはどうした?見当たらないが」
「水を汲みに行ってくれてます。たぶん、もう少ししたら戻ってくるかと……」
「そうか」
言ってジェラルドは、リュオンの顔をじっと見る。
「大丈夫か?」
「え……」
「顔色が悪い。少し休んだらどうだ?」
「いえ、有難うございます。大丈夫です。動いてた方が、楽ですから……」
する事がないと、考えてしまう。サラは、どこに行ったのか。彼らの怪我に、彼女は関わってるのか……
ふと、小さな呻き声が聞こえたので視線を向けると、手当をしていた男が目を覚ましたようだった。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけると、男が目をうっすらと開き、こちらを振り向いた。そうして、怯えた表情を見せる。
「ひいいっ!!」
その叫び声は、辺りに響き渡った。他の人を手当てしてる衛兵たちの視線も集まる。
「来るな、来ないでくれっ……」
男はそう言いながら、怪我で動けない体を無理に動かそうとしている。ジェラルドは男に手をかけ言葉をかける。
「落ち着け。彼はグルソムではない。サガスタ国の王子であり、味方だ」
そう言っても、男の震えは止まらない。リュオンはとっさに、包帯をジェラルドに差し出した。
「すみません、ジェラルド様。俺ちょっとディアンの様子を見てきます」
ジェラルドはリュオンの方を見て、静かに包帯を受け取った。
「……わかった」
「すみません、お願いします」
ジェラルドに礼を言うと、その場を離れた。バケツを持ち近い水汲み場に行く。歩いていく中で衛兵たちがこちらを見ている事には気付いたが、振り返らないまま進んでいく。
人の視線には慣れている。そうしてそれを気にしない振りをするのも得意なはずだ。
道を抜けていくと、やがて水汲み場が見えた。だがそこに、親しい男の姿はなかった。
「あれ、ディアンいないな……」
違う水汲み場に行ったのか。あたりを見回しても、彼の姿はない。
「しょうがない、水だけでも持っていくか」
リュオンはそう言うと、水をバケツに入れる。そうしてふと、たまっていく水に自分の姿がうつる。
彼が怯えてしまうのも、無理はない。彼らの怪我を見れば、どんな恐ろしい状況だったかは理解できる。
そうして、衛兵たちが自分を見る視線にも気付いている。ジェラルドが裏できっと何か言ってくれてるから、きっと何も言われずにいられてる。
銀髪に、水色の瞳。
ジェラルドは、自分はグルソムではないと言った。それが本当なら。
「俺はいったい、なんなんだ……」
気づけば、バケツには水がいっぱいになっていた。慌てて蛇口を閉める。
その時、体に何か不思議な感覚がよぎった。
この感覚は、覚えがある。
リュオンはバケツをそのままに、気づけば走り出していた。
日は既に、沈み始めている。
途中、衛兵たちとすれ違った。おそらく彼らが抱えているのが、探していた女の子だろう。
「リュオン様。どうされました?」
「ごめんなさい。すぐ戻ります」
「!リュオン様!?」
衛兵の驚いた声が遠くに聞こえながら、リュオンは走り続ける。何故だかは分からない。ただ、何かどうしても、行かなければいけない気がした。
そうして恐ろしい惨事があった山に、足を踏み入れる。辺りは静かで、まるでここで惨事など何もなかったのような錯覚に陥る。聞こえるのは、リュオン自らが地を踏みしめていく音だけだ。
木々が生い茂る中を抜けると、そこに影を見つけた。その姿を、リュオンは見つめる。
黒い耳と、射るような赤い瞳。
肩の辺りで切り揃えられた銀髪と、白いローブが風に揺れる。
「……サラ……?」
気づかぬうちに、そう呟いた。その声に、目の前の彼女、サラはにこやかに微笑む。
「久しぶり、リュオン」




