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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第9章 ロキ
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第63話 外の世界

「ロキ、大分元気になりましたよ」

「……そう」


 カイの言葉を、どこか投げやりに聞く。カイはその反応に、不思議そうにサラを見る。


「どうかなさいましたか?」

「どうって?」

「いや、てっきりロキを気に入られてると思ったんですが、全然行ってないようなので……」

「だって、私が行っても無意味でしょ」

「それはそうですが……」


 カイに否定されなかった事に、サラは少し悲しい気持ちになる。でも本当の事だし、出来る事がなく会いに行くのも気まずい。


 ロキという人間を助けてから、何日経ったか。少なくとも、人間である彼の怪我が良くなるほどは経っている。

 人間はもろく、自分たちが一日で簡単に治るような怪我で死んだり、長い時間動けなかったりする。はじめて彼を見た時どこか親近感が湧いたが、やはりこうして見て、彼は自分とは違うと感じた。


 あの日彼が目覚めてから、一度も部屋には訪れていない。


「姫様ーー」


 そう言って、レイラが部屋に入ってきた。レイラは城の護衛隊長であり、サラやカイたちと同じ魔獣族だ。愛らしい顔つきにどこか色気もあり、大陸内でも人気が高い。


「レイラ。どうしたの?」

「ロキが、なんか仕事したいって言ってます」


 その言葉に、サラは目をぱちくりさせる。


「え?仕事……え、というかロキって」

「サラ様ご存知なかったんですか?あの人間、部屋を通り過ぎる皆にしょっちゅう話しかけてましたよ。最初は皆訝しんでましたけど、サラ様のお気に入りですし仲良くして……」

「ちょ、ちょっと待って!別にお気に入りとかじゃ……」


 サラは混乱する。てっきりロキはカイやクウとだけ交流してると思っていた。まさか、他の皆とも話して、しかもなんか仲良くなってるなんて。


 そして、なんか自分のお気に入りとして認識されている。


「今はギルやクウたちとゲームしてますよ」

「げ、ゲーム?」

「はい。彼の鞄に入ってたやつ……なんだっけ、トランプ……」


 サラは自分の顔が青ざめていくのを感じた。咄嗟にカイを、どういう事?という意を込めて見る。馴れ合わないようにと言ったのは、彼だったはずだ。なのに今ロキが皆と遊んでいたり仕事をしたいという話を聞いても、ビクともしない。


「カイ……どうしたの?前は、すぐ追い出そうって言ってたじゃない」

「いやなんと言うか、ずっと面倒見てたらさすがに親しみがわいて」


 サラはとうとう稲妻を受けたような衝撃を受けた。自分が任せといてなんだが、カイに裏切られたような気になった。


「……ちょっと行ってくる!!」


 サラは思わず、その場を飛び出していた。


*****


「やあ。久しぶりだね、サラ」


 サラを見て、ロキは何とも爽やかな笑顔を浮かべた。彼はレイラの言った通り、ギルたちと何やらゲームをしていた。魔物たちも数匹混ざっている。大きな肉体を持つ触角が動いても、彼は全く気にしていない。


 その光景に、サラは力が抜けるのを感じた。


 自分はロキの行動を思い出す度悶々とし今日ここまで来るのにも勇気を出したのに、彼は全く気にとめてない。それどころかいつの間にか皆と仲良くなって、それはそれは楽しそうに遊んでいる。

 喜ばしい事のはずなのに、何かが気に入らない。


「……元気になったらしいね。良かった」

「ああ、サラのおかげだよ。有難う。ああギル、それは駄目だよ、こっちのカードが強いってさっき言ったじゃない」


 カードを見ながら言われた言葉に、サラは腹が立った。


「……邪魔したね、失礼します」

「あ、待ってサラ!」


 ロキの呼びかけに、素早く振り返る。


「レイラから聞いた?俺になんか、仕事くれない?ただでずっと住まわせてもらってるし、何でもするよ」


 ゲームしながら言われても。そう思ったが、サラは考えを巡らす。


「……じゃあ、掃除をお願い。貴方なら細い所にも入りそうだから」

「そんなのでいいの?」

「大事な仕事よ」

「わかった。有難う……おー、すごいよクウ!!」

「まぁ、当然かな」


 あれ、会話終わった?サラは再びゲームの輪に戻ったロキを見つめて立ち尽くす。

 やがて部屋に帰るため、ドアに向かい静かに歩き出す。後ろを少し振り返るが、何かあったらしく盛り上がってる。いつもは気にかけてくれる皆も、カードに夢中だ。


 泣きたい。


*****


「……何しに来たの」

「いや、サラとも遊ぼうと思って」


 サラの部屋で、ロキはカードを手に持ちそう告げる。それをチラと見た後、そっぽを向く。


「いいよ、気にしてくれなくて」

「だって何か怒ってるよ。さっきはごめんね、構ってあげられなくて。ちょっとゲームが白熱してて」

「へーー」


 そう答えると、ロキは笑った。何故笑う。


「サラは可愛いねぇ」

「馬鹿にしてるでしょ」

「ねぇねぇ。やろうよ折角だから」


 そう言って彼はテーブルの椅子に座る。サラはそれを見て、静かに尋ねる。


「私としたら、死ぬかもよ?」

「大丈夫だよ。直接触らなかったら大丈夫なんだよね?じゃあ、カード配ります」

「え?ちょっと待って……」


 断ろうとしたが、結局ロキに言われるまま遊んだ。カードの意味もやりながら教わり、ルールも難しかったが、それでも楽しかった。


 それから、彼はちょこちょこ部屋に遊びに来ては、色んなゲームを教えてくれた。カードも同じ物でも色んな遊び方があったり、時には他の物を作って持ってきたり。


 そして城の掃除だけでなく、庭の手入れも手伝うようになった。はじめは城下の魔物たちは彼の様子を遠巻きに見ていたが、その姿にやがて見慣れ、気づけば彼に対して友好的なものが増えていった。


「ねぇサラ、あたり一面水色の綺麗な花畑があるんだって!?」


 ある日ロキは、いきなりサラの部屋に入ってきてそう告げた。


「ええ?うん、まぁ……」

「行きたい!」

「行ってらっしゃい」

「何言ってるんだよ、行こう!」

「ギルたちと行きなよ」

「男と花畑行っても虚しいよ。ほら、立って!」


 力強く言われ、サラはしぶしぶ歩き出す。


「サラ様とロキだ!」

「本当だ、一緒に歩いてる!」


 花畑に向かう道の中で、魔物たちがそう通りすがりに言っていく。ロキはそれに笑顔で手を振り、魔物たちも恐る恐る手を振り返す。


 ロキはいつの間にか、城の外でも人気者になっていた。人気者だね、と呟くと、ロキはこちらを振り返り笑った。


「そんな事ない。サラのおかげだよ。サラが俺を信用してくれてなかったら、皆だって信じてない」

「……私、ロキの事信用してるなんて言ってないけど」

「助けてくれたじゃん、有難う」


 ロキはそう言いながら、地図を見て歩いていく。サラはその地図に指を刺し道を教えようとしたが、距離を保つのを忘れていた事に気付き慌ててやめる。


 ロキと一緒に歩くのは辛い。


 いつか、手を伸ばしてしまうかもしれないから。



「おーー!すごいこれは!!圧巻だ!」


 ロキは、大きな感嘆の声をあげた。目の前には、絨毯のように一面に水色の小さな花が広がっている。空も晴れていて、風に揺れる花たちは嬉しそうだ。


「綺麗でしょ?私も、ここ好きなんだ」

「そうなんだ、面倒そうだったから、花とか興味ないのかと思った」


 ロキはそう言って、興味深そうに花を見つめる。その姿を見ていると、自然と笑みが浮かぶ。


「ここを見ると、思い出すな」

「思い出す?」

「俺の故郷にもあるんだ、花畑。黄色い花が咲くんだ」

「へぇ、そうなんだ!すごい、綺麗なんだろうね」

「いつか一緒に行く?」


 ロキのその言葉に、サラは言葉を失い、静かに首を横に振った。ロキは彼女のその様子を見て尋ねる。


「サラは、この世界の外に出たいと思ったことはないの?」


 純朴な瞳で尋ねられたその質問に、私はまた静かに首を横に振って答える。


「どうして?この世界も確かに素敵だ。でも、海の向こうにも素敵な世界が広がっている。それを見たいとは思わないの?」


 ロキの質問で、初めて気づいた。自分は、この世界の外に行く事など考えた事がない。

 彼は、自分をじっと見て答えを待っている。私は悩みながらも、心にある素直な思いを告げた。


「このままでいい。このまま……皆と、貴方がいてくれたらそれで」


 言って、すぐに後悔した。顔が熱い。

 ロキは、私の言葉に対し「嬉しい事言ってくれるね」とはにかんだ。しかし、どこか悲しそうに続けた。


「でも、それは少し寂しいよ」

「……寂しい?」


 彼は立ち上がると、サラの方を向いて告げる。


「ああ。だってサラ、世界は広いんだ。大陸から見る海も綺麗だけど、船に乗って見る景色とは違う。国によって色んな食べ物や伝統があって、街を歩くだけで色んな発見がある。そういう楽しさは、きっと経験してみないと分からない」

「それは、そうかもしれないけど……」


 ロキの言葉に困惑し、顔を俯ける。

 何故彼はこんな事を言うのか。自分が人間がいる大陸に行けば、どうなるか分かって言ってるのか。


 暫く、二人は立ち尽くしていた。


 先に口を開いたのは、ロキの方だ。


「サラ。僕はもともと、この地で隠れて生活をして、君たちの行動を探る事を目的に船に乗ったんだ」


 ロキの突然の告白に、サラは彼を見つめる。


「結局船が嵐にあって、こっそり観察は出来なかったけど。でもおかげで良かった。君たちの事が、よく分かったから」


 そう言って、ロキはサラとの距離をつめる。触れるのではないかと、心臓が脈を打つ。


「会ってこうして話してみて、よく分かった。君たち魔族と僕たち人間は、ほんの少し違うだけで、一緒だ。きっと、分かりあえる」


 彼が言いたい事はわかる。それは、サラも思っていた事だ。

 こうして話す事が出来れば、ロキだけじゃなく他の人間とも、仲良くなれるかもしれない。でも。


「……でも私、人間の言葉は分からない」

「大丈夫、僕が教えるよ。僕が教えるんだ、すぐ覚えられるさ」

「……すごい自信」

「ああ、これには自信がある」


 サラはロキのその言葉に目をぱちくりさせる。そうして、気づけば笑っていた。


 この大陸を超えて、違う世界を見る。そうして、人と話して、仲良くなる。


 そんな事、本当に出来るのだろうか。


「……私に、貴方たちの言葉を教えてくれる?」

「ああ。その代わり、僕にも君たちの事をもっと教えてくれ」


 サラはそれに、笑顔のまま頷いた。ロキも、笑い返してくれる。


 不思議だ。彼が笑うだけで、何だか本当に出来そうな気がする。




 それからサラは、ロキに文字や言葉を教わるようになった。


 難しいけど、楽しい。王としてある程度の知識を持って生まれてきたサラにとって、学ぶという行為はそれだけで新鮮で楽しかった。


 そうしてロキに褒められると、すごい嬉しい。


「サラは、こう書くんだ」

「わぁすごい!こう?」

「うん、あってる」


 ロキに言われ、サラは顔を紅潮させながら文字を見つめる。これが、私の名前。なんだか、可愛い。


「あ!ねぇ、ヴァナルガンドは?どう書くの?」

「?なにそれ?」

「産まれた時にね、言われたの。私にはね、二つの名前があって。サラが私独自の名前で、ヴァナルガンドは魔族の王が受け継ぐ名前なの。偉い人と会う時は、こっちの方がいいでしょ?」

「……ああ、なるほど。ええと、それは……」


 そうして、教えてもらった通りに二つの名を書いた。並んだその文字が、どこか愛おしく見える。サラは、胸の高鳴りを感じた。


 本当に、人間と仲良くなれるかもしれない。


 いつしか、そう信じるようになっていた。

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