第62話 予期せぬ手
「え、と……」
ロキの視線に、サラは思わず目線を泳がせる。
「サラ様」
後ろから聞こえたその声に、サラはびくりと体を跳ね上がらせる。振り返ると、顔を引きつらせたカイがそこにいた。
「何故ここにいらっしゃるのですか」
「ち、違うの!たまたま通りかかったら、ほら、あの……目覚めて!聞いて、ロキって言うんだって!」
カイはその言葉に、ロキを見る。ロキは、にこりと微笑んだ。
「ロキと言います。この度は、助けて頂き本当に有難うございました」
「……何故、我々の言葉が分かる」
ロキの態度に反して、カイの反応は冷たく、棘がある。そうされても、ロキは穏やかに告げた。
「私は学者で、言語を学ぶ事が好きなんです。だから、貴方がたの言葉も多少は分かります。難しい言葉は分かりませんが……」
「……そうか」
そうしてロキは深々と頭を下げる。だが、その彼にカイは重く告げた。
「目が覚めたのなら、すぐに出て行ってくれ」
「カイ!!」
「帰るには、船に乗らねば帰れないんですが……」
「悪いが、この地にそのような乗り物はない。泳いで帰るんだな」
「痛みがひどくあまり動けず泳げない場合、どうしたらいいですか?」
ロキが平然とそう尋ねた為、カイは眉間に青筋を立てた。それを見て、サラは慌てて割り込む。
「大丈夫!怪我が治るまで、ここにいればいい!」
サラの言葉に、二人の視線が彼女に集まる。
「それに、帰る方法が見つかるまで、ここにいてください。もしかしたら、貴方の仲間が探しに戻ってくるかもしれないし」
「良いんですか……?」
「ええ、もちろん!!」
「サラ様」
そう呼ばれ、気づけばカイに腕を掴まれドアの外に連れてかれる。ドアを閉めると、カイは表情を厳しくして告げた。
「あの人間は、危険です。直ちに追い出すべきです」
「どうして?悪い人じゃないと思うけど……」
「何か裏があるとしか思えません」
「でも、彼は刃物も何も武器を持ってなかったわ。荷物の中は難しそうな本ばかり。それに他に人間の気配はない。彼が悪い人なら、他に仲間がいたり武器を持ってたりするはずよ?」
「それは、そうですが……」
「追い出すのは、もう少し様子を見てからでもいいでしょう?」
サラは真っ直ぐに、カイの目を見て尋ねる。長い沈黙がおち、先に折りたのはカイだった。
「……分かりました、サラ様」
「有難う、カイ!!」
サラは喜んで、部屋に戻る。その姿に、カイは深くため息をついた。
*****
王が人間を匿っているという話は、瞬く間に大陸中に広まり、魔物たちは皆驚きの声をあげた。そうして、城の周りに魔物たちが集まってくるようになった。
「くれぐれも、体の調子が良くなっても城の外に無断で出ないでください、皆が驚くから。城にいる皆は貴方の事知ってるから出歩いても大丈夫です。何かあれば、私かカイ、クウを尋ねて」
サラが言う間、ロキはベッドで寝ながら呆然とその話を聞いていた。
「服もあと何着か持ってきますね。患部に巻く布も。ご飯は、人間って何食べるっけ……木の実とか食べられるかな……?どうしました?」
じっと見つめてくるロキに、サラはたまらず尋ねた。それに対し、彼は心底不思議そうに呟く。
「いや……どうして、こんな良くしてくれるのかと思って」
ロキの言葉に、サラはどこかムキになって答えた。
「だ、だから、人間に不要な恨みを買いたくないから!」
「でも、僕はこのまま帰れないかもしれないよ?何するか分からないし、殺すなら早い方がいいと思うけど」
「それは、私の勝手です。それに、その気になればいつでも殺せますから、変な真似はしない方がいいですよ」
そう言って、サラは部屋を出て行こうとした。
「それは……君の能力で?」
その言葉に、背筋が冷えるのを感じた。一瞬考え、静かに振り向く。
「……やっぱり、知ってるんだ」
だろうとは思っていた。人間たちは、来る前からサラたちの存在を知ってるようで、様々な策を講じて捕らえようとしてきた。そうして、サラもそんな彼らを能力を使い殺してきた。大陸の向こうでサラの能力が有名でも、何も不思議はない。
「有名だからね。グルソムの王には、毒があると」
「グルソム?」
「君たち魔獣族の呼び名だよ。残酷な、っていう意味かな」
その言葉に、サラはどこか冷めた気持ちになる。そうして、淡々と早口で答えた。
「そうね、貴方たちにとってはそうかも。私がそうしようと思えば、貴方なんて一瞬で殺せるから」
サラの答えに、ロキは笑う。
「はは、こわいなぁ……でも、それは無理だね。君には僕は殺せない」
「どうして?私の力は知ってるでしょう」
「君は僕には嫌われたくないはずだ」
ロキの言葉に、今度はサラが笑った。
「すごい自信ですね……」
「自信というか、直感かな?君は誰よりも、人に愛されることを願っている」
「私が?なにを言ってるの」
そう笑っても、彼は表情を変えない。その静かな瞳で、ただ見つめてくる。私はその瞳に、動揺を覚えた。
今まで出会った人間は、私を見たら恐怖で震えるか欲望にまみれた顔を見せるかだったが、この男はどちらでもなかった。
哀れんだのだ。この私を。
私は動揺を隠し、冷酷な笑みを浮かべて見せた。静かに、ロキの近くに歩み寄る。
「……貴方も私に殺されたいの?」
そう言いながら彼に手を差し出した。こうすれば、彼がどちらか分かる。
すると彼は、その手を掴もうと手を伸ばしてきた。
「……!!」
サラは、差し出した手をすぐに引っ込め、そうしてロキから逃げるように部屋の隅に移動する。それに、ロキは微笑んだ。
「ほら、やっぱり。君に僕は殺せない」
「なっ……!!」
サラは、顔が真っ赤になるのを感じた。馬鹿にされている。
だがロキは、なおも笑顔で告げる。
「大丈夫。僕はただの学者だよ。もし怪しいと思ったら、いつ殺されても構わない」
「……分かった」
サラの言葉に、ロキは笑う。サラはそれには笑い返さず、早足で部屋から出て行った。




