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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第9章 ロキ
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第61話 名

城は石で造られた二階建ての建物で、大陸の中央に位置する。サラはその城の中の、一つの部屋の前で椅子に座って待っていた。


 暫くすると、扉が開かれカイとクウが顔を出す。カイはクウの兄で、クウより身長が高く、物静かな雰囲気が漂う。カイはサラに歩み寄ると、淡々と告げた。


「一応、処置は終わりました」

「大丈夫そう?」

「深い傷ですが、命に別状はないと思います」


 サラはその言葉に胸をなでおろし、椅子から立ち上がると部屋の中を覗き込む。石造りのベッドの上に、その人はいた。彼は旅装を身に着けていたが、汚れていたので城にあった白い衣服を身につけている。表情は先程見たものとは違い、穏やかに眠っている。


「良かった。……有難う。カイ、クウ」


 サラが振り向くと、カイは眉間に皺を寄せていた。


「どうされるおつもりですか。人間など助けて」

「……ごめん、あんまり考えてないの。ただ、放っておけなくて……」


 サラの言葉に、カイはため息をつく。それまで口を閉じていたクウは、二人のやり取りを見て笑う。


「仕方ないなぁ、サラ様は」


 それに対し、カイはクウを睨みつける。


「お前もだぞ、クウ。サラ様を危険からお守りするのが我らの役目。何で連れてくるんだ」

「だって仕方ないだろ。サラ様がその場から離れようとしなかったんだ」


 クウはそう言って顔を膨らませる。こうして見ていると、父親と息子のようだ。


「ったく……まぁいいでしょう。あの人間は力があるとは思えないし。人間が変な因縁をつけてまた来たら困りますから」


 カイの言葉に、サラは笑顔を見せる。それにカイも微笑んでみせたが、すぐに真顔になった。


「ただし。奴の面倒は私が見ます。だからサラ様は、どうかお気になさらず」

「も、もちろんよ。私がいても、何も出来ないし」


 サラの返事に、カイはサラを睨みつける。サラはそれに、微笑んで返した。


*****


 ……気になる。


 次の日サラは、部屋の前をウロウロしていた。カイの前ではああ言ったが、気になって仕方ない。カイの気配を感じると、サラは慌てて壁に隠れた。そうして暫く経ちカイが部屋を出て行く。


 ど、どうだったのだろう……まだ、意識がないのか。カイはああ言っていたが、やはりまだ危険なのか……


 カイの気配が完全に遠くなったのを感じると、サラは恐る恐る部屋の前に近づく。そうして辺りをキョロキョロと見渡す。


「……ちょっと様子を見るだけ。見るだけ……」


 誰もその場にいないのに言い訳しながら、扉を開ける。


「し、失礼します……」


 開けると、変わらず人はベッドの上で寝ていた。サラはそれを見てホッと息をつき、静かにドアを閉めようとする。


『……ないの?』


 突然声がし、サラは驚いて悲鳴をあげそうになる。見ると、人間がこちらを真っ直ぐに見ていた。

 なんで!?寝ていたのはではなかったか!?混乱するサラに対し、人間はどこか冷静だ。


『入らないの?』

「???」


 なんて言ってるか分からない。人間は、サラの様子を見て気づき、慌てたように何か呟いた。


『そうか、言葉が違うんだった』

「あ、あの……」


 サラが声をかけると、人間は微笑んだ。サラはその瞬間、顔が真っ赤になる。


「君が、助けてくれたんだよね。有難う」

「わ、私は何も……」

「記憶は曖昧なんだけど、海辺で君に出会ったことは覚えてる」


 覚えてくれてたんだ……つい感激してそう思った自分に気づき、サラは慌てて訂正する。


「ご、誤解しないでください。貴方を助けたのは、人間から余計な恨みを買いたくなかったからで、その、それだけなんです」

「そうなの?」


 サラの言葉に、男はのんびりと首を傾げて尋ねる。サラはそれに、ムキになって答えた。


「そ、そうです!怪我が治るまで、ここにはいてくださって構いません。でも、怪我が治ったら、すぐに出て行ってください」


 勢いよくサラはそう言い切るが、人間はそれを気にした様子はなく、次の質問をした。


「僕が乗っていた船は?」

「ふ、ふね?分かりません。大体貴方は、どうしてあそこで倒れていたんですか?」

「うーん、よく覚えていないんだ。嵐が来たところまでは覚えてるけど……僕のカバンは?」

「それなら、そこにあります」


 サラはそう言って、ベッドの隣にある棚の、下の方を指差す。そこには今にもはちきれそうな黒いカバンがあった。


「ごめんなさい。中一回見たんです。武器があったらと思って」

「いや、大丈夫だよ。本当に有難う」


 見つけた時、よく見れば彼はカバンを大事そうに抱えていた。クウには彼を背負うのを任せ、荷物はサラが運んだ。

 海で溺れそうになってる間も、ずっと抱えていたのだろう。彼はカバンを大事そうに抱えると、サラの方を向いて礼をした。


「本当に、何とお礼を言えばいいか。……君の名前は?」


 言われて、サラは一瞬、口を噤む。やがて間を開けて、答えを口にした。


「サラ。貴方は?」

「サラか……良い名だ。僕の名前は、ロキだよ」


 そう言って、ロキは微笑んだ。茶色い髪が、光に照らされて明るい。目を細めたその笑顔に、サラは胸がざわつくのを感じた。


 初めて、人に名を呼ばれた瞬間だった。

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