第56話 どうか許可を
森に迷い込んだ女性を保護して三日経った。まだ彼女の状態は万全ではないが、命の危機は脱した。
眠っているその姿を、サラは見つめる。はじめは苦しそうだったが、今は薬草を練って作った薬が大分効いて落ち着いているようだ。安堵の息をつくと、クライスがため息をつく。
「ったく。本当可愛くない。人間は、やっぱり嫌いだ」
サラはその言葉に、思わず笑みをこぼす。クライスは口は悪いが、懸命に彼女を看病している。
「クライス。本当に有難う」
「へ?」
「私一人じゃ、助ける事は出来なかった。それに、私の事も、ここに連れてきてくれて」
サラがそう言うと、クライスは毛を逆立てた。
「な、なにいってるんです!お礼を言うのはこちらです」
そうして、触覚をあちこちに動かしながら、高揚した様子で告げる。
「サラ様に会うまで、俺はほこりみたいな小さな生き物でした。貴方の魔力のおかげで、こんなに大きくなって、動けているんです。ここに連れてきたのは、皆が動けたらいいなと、思ったからなんです。だから、サラ様がお礼言うことなんてない」
クライスの懸命な言葉に、サラは微笑む。そうして、頭を撫でた。
「クライスは優しいね」
「えっ!えへへへへ」
サラに褒められたからか、クライスはすっかり機嫌がよくなった。
「よし!待っててくださいサラ様!おいしい木の実をとってきます!」
クライスはそう言うと、洞窟の外へ飛んで駆けていこうとした。だが、暫く行くとふいにこちらに戻ってきた。
「どうしたの?」
「あいつが来てる」
「あいつ?」
クライスの言葉に、サラは顔をあげ、洞窟の外を見る。かすかに見えるその姿に気づくと、慌てて立ち上がる。
「クライス、貴方はここにいて」
そう言うと、クライスは不満そうに膨らんだ。その頭をぽんと撫でて、サラは外に向かう。
そこにいたのは、少女の腕を噛んだ、六本の足を持つ魔物だった。
「どうしたの?」
サラはそう言って、魔物の前に立つ。あの時、サラはとどめをさせなかった。それは、この魔物は山を守ろうとしていた事が分かっていたからだ。この山には人は滅多に来ない。そんな所に人間が来れば、怯えるのは当然だ。少女の傷も致命傷には至らなかったので、見逃した。もう人間を襲ってはいけないと、言ったはずなのに。
「洞窟の中に、入りたいの?」
また襲いに来たのだとしたら、殺さないといけない。
サラは、魔物の胴体の、光る部分を見つめる。魔物は簡単には死なないが、一箇所致命傷となる部分がある。王であるサラには、それが見えてしまう。
魔物はサラの考えてることが分かったのか、首を振った。そうして、唸るように告げる。
「オウ、ドウカキョカヲ。コノママデハ、コワサレル」
「え……」
その時、遠くの方で銃声の音が鳴り響いた。ついで、魔物たちの悲鳴がこだまする。
「な、なに!?」
走り出そうとするサラの前に、魔物が立ちふさがる。
「オウ、イッテハイケナイ。ワタシタチガタイジスル」
人々の叫び声と、魔物の呻きが聞こえる。サラは頭が真っ白になっていく感覚のなか、目の前の魔物は告げる。
「オウ。ドウカキョカヲ」
その時、遠くの方で叫んでる声が聞こえた。
「出て来いグルソム!!イーザの仇をとってやる!!」
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「な、なんだ!?なにがあった!!」
外の異変に気づき、クライスは慌てて洞窟の外に向かい飛んでいく。
その飛ぶ音を聞きながら、女は静かに目を開けた。




